子供たちと初めての戦い
第1話 子供たちと修行の日々
「よし、じゃあ始めるぞ。足を肩幅に開いて立ち、ゆっくり息を吸うんだ」
そう声をかけた俺。目の前には可愛い息子と娘が言われた通りに立ち、息を吸い始める。
場所は庭先だった。希少な植物などを栽培したりしているので、そこそこに手入れされている。
田舎だから土地は好きなだけ使えたという事もあり、奥にはガラスをつかった室内栽培の小屋も用意していて、かなり手広くやっている。
ともあれ、今は子供たちだ。ゆっくりと息を吸って、少し留めたあと、またゆっくり時間をかけて息を吐いていく。
息を吐ききったらまた吸う。この繰り返しをさせている。
「そうだ、いいぞ。息を吸うときに必ずイメージする事を忘れるな。吸った息は肺という場所に集められ、それを沢山のおわん型をした小さな細胞が血管を伝って体中に巡らせて行く。それは体の中心だけじゃない、指先、足の先に至るまで全てだ」
俺の言葉に、うなずく代わりに目を閉じてイメージを巡らせる子供たち。
そんな子供たちの姿に、少しうれしくなり、目じりを下げながら続ける。
「次は、その巡らされた空気を体中の細胞が受け取り、食べ物から得たアミノ酸と糖質を材料に魔力を産みだす。そうして体中に魔力がみなぎってくる。感じるはずだ、繰り返していると指先が軽く痺れるような、びりびりした感覚だ」
子供たちの顔には理解の色が広がっている。
「よし、そうして体中に魔力が満ちてきたら、さっきのおわん型の細胞が、体中から古くなった空気を回収して肺に集めてくる。これをゆっくり吐き出すんだ。この古くなった空気は毒になる、ちゃんと全て吐き出すように」
この世界には魔力が存在する。前世には無かったものだ。
前世の記憶を引きずる俺からすると、魔力と聞くとまずは魔法を思い浮かべてしまう。
だが、この世界の魔法という存在はかなり理系で、専門技術と知識、計算力が必要になり、誰でも使えるというものではない。
長年この異世界に居て、前世の世界も知っている俺の見解だが、この世界は魔力で満ちているが、これはあるものと置き換わっているとも言える。
生物の体内における電気エネルギーだ。
前世の世界では、ATP産生という働きでもって体内で電気エネルギーを作り出し、筋肉を収縮させる事で運動が可能となっていた。
転生した世界では、どうやらATP産生で魔力を発生させているらしい。そしてその魔力は、筋肉を収縮させるだけではなく、細胞や筋肉組織をコーティングして強化したうえで運動させることができるようだ。
つまり、本来の筋肉の強度を超える力を発揮することができるし、刃物を肉体で受け止める、なんて事も可能だ。
俺がこの事に気付いたのは、勇者の一行をクビになった後のことだった。もっと早くこの事に気付いていれば、と今でも思う事がある。
けれど、息子や娘に、最高の英才教育ができると考えればそんな後悔もどこかに行ってしまうのだが。
「父上、魔力が十分に満ちてきました」
息子のヨハンだ。黄金のような金髪に、透き通るような碧い目で10歳の少年が、真っすぐにこちらを見据えていた。
「お父様、私もです」
こちらは娘のシモン。双子のため同じく10歳。兄のヨハンと同じで透き通るような碧い目をしており、黄金の金髪を腰まで伸ばしている。
どちらの容姿も母親に似て、まるで作り物のように顔立ちがとても整っている。
俺は人知れず、胸中で天に向かって彼らの母親に語り掛けた。
(どうだ。お前の子供たちは、こうして素直でいい子に育ってるぞ)
彼らの母親は、二人が産まれて間もなくこの世界から去ってしまったため、男手一つで育てたが、本当にいい子に育ったと思う。
そんないい子の片割れ、シモンが少し不満そうに口を開く。
「でも、なんだかおかしい。この練習で魔力のイメージができて強くなれるのに、他の人たちに絶対言っちゃダメなんて」
「確かに、これもそうだけど、これだけじゃない。医学だって、魔法だって、剣術も戦術も……もっともっと父上の考えが広まれば、世界中に父上の凄さが伝わるのに」
ヨハンもそうだそうだとばかりに続く。
俺は「いや、無理なんだよな」と胸中で独り言ちながら、困った顔をして言う。
「そうだな。そうかもしれない。けれど、難しいんだ」
「どうしてでしょうか、父上」
食い下がるヨハンに、諭すように言う。
「理由は複数ある。1つは、必要と感じてないからだ。魔力を使うという行為を、結局みんな出来ている。それの効率がいいのかどうかなんて、みんな考えもしないのさ」
「でもお父様、世界に魔王軍はいて、魔物もいて、怖い動物だって居る。強くなれるならその方がいいと思うけど」
シモンも納得いかないようだ。
気持ちはわからないでもない。彼らは若いのだ。そして才能もある。
若く才能がある者が、こんな何もない田舎の、それも外れで燻っているのは辛いのだろう。
自分の力を、自分の学んでいる事をもっと広い世界で試したい。そう思うのは自然の事だと思う。
「そうだね。だけれど、俺が今までの人生で学んだすべては、他の人たちには確認しようがない知識なんだ。つまり、理解できないんだよ。だから、今まで自分の信じてきた、実際に体感してきた事の方を信頼する。他の人に言ってはいけないというのは、何も意地悪したいわけじゃないし、知られたくない訳でもない」
「では……」
何かをいいかけるヨハンを制し、続ける。
「あまりにも違い過ぎる価値観は、排除される。父さんはね、ヨハンやシモンに俺にできる最高の教育をしたいと思ってる。だって愛しているから。でも、その教育の考え方はこの世界には相容れないかもしれない。そう思うと、俺は間違った事をしているのかもしれない」
「そんな事は……」
再度何か言いかけるヨハンを再び制して、俺は続ける。
「ヨハン、シモン。お前たちの夢はなんだ?」
「僕は、父上と母上の意思を継ぎ、勇者と共に世界を守りたい」
「私も、お兄様と一緒です」
「……まったく、父さんの意思なんて考えず、自分の人生を生きて欲しいんだが……まあ、お前たちの夢がそうだというなら、俺はそれに向けた最高の教育をする。実際、10歳だというのにお前たちの魔力は、当時俺が同行した勇者一行の誰よりも強く、大きい」
これは事実だった。親バカだと思われるかもしれないが、俺の息子と娘の魔力は俺なんかとは桁違いに高く、剣でも弓でも、格闘術や魔法でも、すべてにおいて才能がある。
こんな規格外な存在は、当時の勇者一行に存在しなかったとはっきりと言える程だ。
だから、卑屈かもしれないがこんな言葉が口をついて出てしまう。
「二人とも、既に父さんを超える実力をもっている。だが、世界は広い、もっともっと強くなるんだ。さあ、次の練習を始めるぞ」
その言葉を聞いて息子と娘が、なんだか少し困った顔をした。
言葉にすると、「そんなわけねえじゃん」という顔のように見えるが、二人の魔力や才能が俺を超えているのは事実だし、世界が広い事も事実だ。
俺の心の隅に、「一体どちらがそんな事ないと感じたのだろう」という疑問が持ち上がったが、それは言わないでおくことにした。
【Tips】
この世界のエルフには3種類あります。
ダークエルフ、ハイエルフ、エルフです。
ダークエルフは肉食で、1日1食程度。狩りの時以外はあまり動きません。
ハイエルフは草食です。1日のカロリーを植物だけで補うため、1日5食以上は食べます。食べている時以外はほとんど活動しません。
エルフはダークエルフとハイエルフの混血と考えられており、雑食。1日2~3食です。エルフは殆ど人間と変わらず、とても活動的です。
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