第7話 美少女後輩と夜の公園②
「俺に話してくれないか。星崎さんが抱えているものを」
覚悟を決めて、俺は星崎さんに踏み込んだ。
俯いているのに加え、さらに周りが真っ暗闇なことも相まって、星崎さんの表情はよく見えない。
俺と星崎さんの間に静寂の時が流れる。
そんな静寂に内心緊張しつつも、俺は星崎さんが口を開くのをじっと待つ。
だが冷静に考えてみれば、俺たちは出会ってからまだほんの数日しか経っていない。
星崎さんは会って間もない俺に果たして打ち明けてくれるだろうか。
そんな思考を巡らせていると、ようやく星崎さんは口を開いた。
「藤村先輩は、幼い頃からの夢ってありますか?」
突然の質問に困惑しつつも、正直に答えを返していく。
「夢かどうかは分からないけど、目標みたいなものはあるよ。いや、正確にはあった……かな」
これまで過去と向き合ってこなかった俺には、それが夢なのかなんなのか、話しながら自分でもよく分かっていなかった。
そして星崎さんは質問を続ける。
「その夢は先輩にとって大事でしたか?」
「ああ、何よりも大事だった」
そう言いながら、胸がチクりと痛んだ。
これまで向きあうことすら避けてきた過去の記憶が嫌でも蘇ってくる。
「私にもあったんです。幼い頃からの夢が」
それを言いながら、ようやく星崎さんは顔を上げて俺を見た。
「でも分かったんです。その夢は決して叶わないことに」
そう言った星崎さんは泣きそうで苦しそうで悲しそうで……
ああ、そうだったのか。と俺は思う。
彼女も俺と同じだったんだ。
夢はあったがもう叶わない。どうやっても叶えられない。
そんな絶望を味わっているから耐えられなくなって、夜の公園のブランコに一人座っていたのだろう。
だが本当にその夢は叶わないのだろうか、と俺はふと思う。
俺の夢は決して叶えることはできない。
それこそ叶えるには偶然の力が必要だろうし、仮に今更叶えてもらえると言われたところで俺はおそらく望まない。
結局のところ俺の夢は過去の夢でしかなかったのだと、星崎さんとの会話ではっきり理解したからだ。
だが彼女はその夢を今も叶えたいのではないだろうか。
俺の夢は過去のものでしかないが、彼女の夢は現在進行形のもののような気がする。
ならばもし星崎さん一人では叶えられない夢だったとしても、俺が協力することでほんの少しでも夢がかなう可能性が出てくるのであれば、俺は全力で星崎さんを協力したい。
「よければ話してくれないか。星崎さんの夢を」
俺は真剣な眼差しで星崎さんを見る。
決して単純な興味本位なのではないことを星崎さんに伝わるように。
あまりに俺がド直球に聞いてきたことに星崎さんは驚きつつも、どうやら星崎さんは話すことに抵抗はないようで、素直に話し始める。
「私は青春を謳歌してみたかったんです。私は幼い頃から読書が大好きでした。そして特に青春恋愛系のジャンルの本を読むのが好きで、子供の頃からキラキラしていてとても眩しい何十何百もの物語に触れました。そしていつしか、私も高校生になったらこういう生活を送ってみたいなと強く思うようになったんです」
「…………」
俺は無言で星崎さんが続きを話し始めるのを待つ。
だがここまでの話を聞くに普通にこれから青春を謳歌すればいいのでは?と言いたくなってしまう。
おそらく次からが本題なのだろう。
「でも中学生になっても青春らしい青春を送ることはできませんでした。部活動で仲間と汗水を流したり、放課後友達と道草して夜遅くまで遊んだり、休日誰かと一緒に遊んだり、誰かと恋人同士になったりなど、私がしたかったことは何もできませんでした。そして高校生になったら何か変わるのではないかと思いましたが、結局何も変わりませんでした。やはり問題の根本的な部分が変わらない以上はもうどうしようもなかったんです」
「その問題の根本的な部分というのは……?」
「私にはずっと家にいなければならない事情があるんです。だから学校も出来るだけ早く帰らなければいけなくて部活には当然入ることができません。部活動紹介の時に立ち尽くしていたのは、高校でも部活に入ることができないという事実が恥ずかしながらなかなか受け入れられなくて……話は以上です。結局私に青春を送るというのは無理な話だったんです」
そう言って、星崎さん自嘲気味に笑った。
だがどうしてだろう。
俺には星崎さんの話がどこか腑に落ちない。
確かに自宅に縛られいれば、そう簡単に遊びに行ったりすることはできないだろう。
星崎さんが例に出した、部活で仲間と汗水を流したり、放課後や休日に友達と夜遅くまで遊ぶということを実現することは難しいのかもしれない。
だが星崎さんの話す青春っぽいことというのは、別に青春の全てではない。
「これはあくまでも俺考えなんだけどさ、青春なんて人それぞれ違うんじゃないかな?」
「それはどういう……」
急に話し始めた俺に対して星崎さんは困惑しつつも、俺の話に耳を傾ける。
「思い出してほしいんだけどさ、星崎さんがこれまで読んできた青春系の小説の主人公は、みんながみんな部活に入ってた?」
「それは……多くの人は所属していたとは思いますが……」
「全員が全員そうじゃない。その主人公たちは何か不自由があったり、何かの壁にぶつかりながらも、全力で青春を謳歌していたはずだ。自分自身の青春をね」
「自分自身の青春……」
「だから星崎さんは一般的に言われている青春っぽいことに囚われなくていいんじゃないかな。俺は星崎さんの家庭の事情は分からないし、それをこなす星崎さんの心境も分からない。でもこれだけは言える。星崎さんは星崎さんなりの青春を謳歌すればいい」
言いたいことを言い終えた俺は星崎さんを見ると、
「…………」
どこか呆気にとられた表情をしていた。
「ま、まあ俺も青春らしい青春を送っているとはとても言えないから、俺が言ったことが正しいかどうかなんて分からないし、全然聞き流してくれても……」
冷静に自分が話した内容を振り返ってみると、なんだか恥ずかしくなってきて言い訳みたいな言葉を並べてしまった。
「ふっ、ふふふっ」
その俺の様子が可笑しかったのか、星崎さんは小さく笑った。
「な、なんだよ……」
「いえいえ、ただ藤村先輩の言葉はきちんと私の心に刺さりましたよ。私自身の青春……そんなこと、考えたことなかったです」
そう言い終わると、星崎さんはブランコから立ち上がった。
そして俺の方を向いて口を開く。
「ありがとうございます、先輩。私は私なりの青春を目指してみようと思います」
そう口にした星崎さんの表情は、さっきの落ち込んだ表情とは大違いで、霧が晴れたような表情をしていた。
「そっか、頑張ってね」
きっと星崎さんはもう大丈夫だろう。
「先輩には、借りができてしまいましたね……」
「別に借りっていうほどじゃないよ」
今回は俺もかなりの読書家だったおかげで、まともな話をすることができただけであって、星崎さんの悩みを解決できたのは本当に偶然だ。
「でも私は先輩の言葉で救われました」
そう言って俺に微笑みかけてくれる星崎さんは、身長差も相まってまた自然と上目遣いになっており、それがあまりにも可愛すぎて……
耐えられなくなった俺は顔を逸らして、
「じゃあ帰ろうか」
と言っても前を向いて歩き出した。
「はい!」
そう言って、歩き始めた俺の横に星崎さんも並び、こうして俺たちは自宅まで一緒に歩き出した。
少し歩いたところで、星崎さんが突然口を開いた。
「そう言えばなんですけど、藤村先輩の下の名前ってなんですか?」
「どうしたんだ急に」
「いえ、そう言えば下の名前を知らないなと思いまして……」
本当に突然の質問だったが、特に隠す必要もないだろう。
「基樹だよ、基本の基に大樹の樹と書いて基樹」
「いい名前ですね、基樹先輩!」
「っ……」
名前呼び先輩とか反則だろ……
俺は鼓動が高鳴りながらも、ふと疑問が浮かんでくる。
名前と言えば、それこそ俺も星崎さんの下の名前を知らない。
「そう言う星崎さんの下の名前はなんなのさ」
「私の名前は…」
俺がそう聞くと、星崎さんは立ち止まり、
「……
「えっ?」
「私の名前は花奏です。花に奏でると書いて花奏ですよ、先輩!」
そう言って、星崎さんは笑顔を浮かべた。
その笑顔は花のように綺麗だ……とふと俺の頭にはそんな言葉が思い浮かんだ。
「花奏、いい名前だな」
そう言って、俺も星崎さんに向けて笑いかけるのだった。
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