第5話 美少女後輩と部活動紹介

 始業式が終わった次の日。

 今日から本格的に授業が始まっている訳だが、クラスには浮足立った空気が流れていた。

 まあ仕方ないだろう。

 まだ新年度が始まってから二日しか経っていないのだから。

 それに……


「今年の新入生はテニス部に入ってくれる人いるかな?」


「流石に何人かはいると思うよ。うちの高校のテニス部は強豪なんだしね。むしろ僕の入ってるバスケ部の方が心配だよ」


「えーバスケこそ人気あるスポーツだし問題ないでしょ」


 休み時間、俺の机に集まっているゆりと直哉は自分の部活に新入生が入ってくれるのかについて話し合っていた。


 つまるところ今日の放課後、新入生に向けた部活動紹介が体育館で行われるのだ。

 部活動紹介は新入生全員が体育館に集まり、まず新入生全員の前で一通り全ての部活が自分たちの部について軽く紹介する。

 それが終わった後は体育館内にそれぞれの部のブースを作り、新入生はそれぞれ興味のある部に話を聞きにいくといった流れだ。

 もちろん部活動に興味ない新入生は全体での部活動紹介が終われば、自由に帰宅してかまわない。

 かく言う俺も、新入生だった去年はどこの部活の話も聞かずに帰った気がする。


 とはいえ部活動紹介は基本的に生徒会と各部活の代表者数人が出ればいいため、どの部活にも所属していない俺には全く関係のない話だ。

 そう思っていたのだが……


「そういえば基樹、ちょっとお願いがあるんだけど」


 そう言って直哉が俺に話しかけてきた。


「なんだ?」


 なんだか嫌な予感が……


「今日の部活動紹介も一昨日の入学式みたいに手伝ってくれないかな?確か基樹は帰宅部だったよね。僕は生徒会副会長兼バスケ部で忙しくてね……」


 嫌な予感は見事に的中した。

 だが今回こそ俺の答えは決まっている。


「断る。俺は早く家に帰って読書したいんだ」


 一昨日の入学式だって嫌々手伝ったのだ。

 まあ入学式の手伝いに行ったおかげで星崎さんとの仲が深まったという嬉しい出来事はあったのだが、それとこれとは話は別だ。


「そこをなんとかならないかな?」


 断ったものの直哉も粘ってくる。


「ならゆりにでも頼んだらどうだ?ゆりは好きそうだろ、こういうイベント」


 俺は矛先をゆりに移そうとする。

 しかし……


「私は元々テニス部に顔を出す予定だからね」


「そういうことなんだ。改めてお願いできないかな」


 そう言って直哉は頼りにしてると言わんばかりの視線を俺に送ってくる。

 ああ、くっそ……


「分かった、手伝ってやるよ」


 俺は折れて手伝うと表明すると……


「ありがとう。基樹なら引き受けてくれると思ってたよ」


 そう言って直哉は最初からこうなることが分かっていたかのような笑みを浮かべているのだった。

 


 放課後になり、俺は部活動紹介の手伝いをするために体育館に来ていた。

 そして開始時刻に近づくにつれて、続々と新入生が体育館に入ってくる。

 ひとまずやるべき仕事を片付けた俺は、舞台裏から新入生たちを眺めていた。


「あっ……」


 すると俺はとある一人の生徒が目に入った。

 星崎さんだ。

 クラスメイトらしき女子二人と三人で、何やら話している姿が見える。

 相変わらず整った可愛らしい容姿をしていることが、この距離からでもはっきりわかる。

 さらにもう一つ俺の目に映ったのは星崎さんの周りにいる新入生の反応だ。

 男子は同じクラスの生徒も他クラスの生徒も関係なしに、星崎さんの存在に目が釘付けになっていた。

 女子は何やら不満げな表情を向けている人もいれば、男子同様目が奪われている人もいるようで、反応は様々なように見える。


 この様子を見ると、新入生の間ではすぐに星崎さんに関する情報が回るんだろうな……


 なんてことを考えていると、部活動紹介が始まる時間帯になった。



 新入生全体に向けた部活動紹介の最中は特に仕事がなかったため、読書に熱中していると、あっという間にそれは終わりを迎えた。

 そしてブースごとに部活が分かれて行われる説明会の時間がやってくる。


 この時間にする俺の仕事は見回り。

 何か困っていそうな新入生がいたら声をかけて相談に乗ってほしいとのこと。

 だが明らかに困っているような生徒はいないし、みんながみんな自分が興味のある部活に話を聞きにいっているように見える。


 こんな仕事放り出して早く帰りたい……などと心の中でぼやいていると、どの部活のブースにも足を運ばずにその場で立ち尽くしている生徒を見つけた。

 俺はその新入生に近づいていき、


「どうしたの?そんなところで立ち尽くして」


 と背後から声をかけた。

 

「え?あっ……」


 咄嗟にその新入生が振り返ると、俺の見知った顔がそこにはあった。


「なんだ、星崎さんか。それよりもどうしたの?こんなところで立ち尽くして」


 なんと立ち尽くしていたのは星崎さんだった。

 まさかの人物だったことに内心驚きつつも、とりあえず立ち尽くしていた理由を聞いてみる。


「いえ、ただ一つ一つの部活のブースを眺めていただけです」


 と言って星崎さんは再び部活のブースに視線を向けた。

 どこか部活のブースを見つめる星崎さんの目には諦観が含んでいるように見える。

 だがその答えだけでは、当然星崎さんの真意は見えてこない。


「なかなか入りたい部活が決まらないとか?星崎さんが興味のある部活はなに?」


 そう聞くと星崎さんは少し考えてから、


「文化系なら料理部、スポーツ系なら卓球部ですかね」


 まさか料理部とは、なかなかに珍しい部活に興味があるんだなと内心驚きながらも俺は質問を続ける。


「ならその二つの部活で迷ってるのか?」


 そう思い俺は質問したのだが、それ以降なぜか星崎さんから答えが返ってくることはなかった。

 黙り込む星崎さんの表情を見ても、その真意を読み取ることはできない。

 そして少しの静寂の後、星崎さんは口を開いた。


「藤村先輩はどこかの部活に所属しているんですか?」


 星崎さんは突然俺に質問を飛ばしてきた。

 なぜここで俺のことを聞くんだと混乱しながらも、


「いや、帰宅部だけど」


 と俺は正直に答えた。


 すると星崎さんはどこか決心のついたような表情に変わり、


「私も帰宅部になろうと思うんです。だから先輩と一緒ですね」


 そう言って星崎さんは俺に微笑んだ。


「なのでもう帰りますね、気にかけてくれてありがとうございました」


 そう言ってペコリと一礼して、星崎さんはすぐに体育館を後にした。

 俺は星崎さんが体育館を出ていく後ろ姿を、ただただ見守ることしかできなかった。


 ……なあ星崎さん、本当は部活に入りたいんじゃないのか。

 星崎さんが俺に微笑んだときの表情を見て、彼女が帰宅部になれて嬉しいと本気で思っているようにはとても思えなかった。

 だが同時にその思い浮かんだ言葉をかける気にもなれなかった。

 これは俺の勘だが、彼女と俺はどこか似ている気がする。

 彼女も何か大きな問題を抱えているのだろうか。


 







 



 


 

 


 



 

 

 



 


 


 


 

 

 

 

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