第6話 酩酊
「だから新規事業を頑張るぞぉって部署で、大変そうなんだよ」
「美莉奈って意外と仕事できるんだ」
「なにそれぇ」
目についた居酒屋に入って、思い思いに酒を飲んでいる。離れていた時間などなかったかのようだ。心地いい会話のテンポに酒が進む。
「顔もよくて仕事もできる。うんうん、いいこと」
「あたしの美貌は言わずもがなだけどー」
美莉奈が両手を伸ばす。私の両頬に手を添え、ぎゅっと押す。美莉奈の頬が赤い。多少は酔っているのだろう。
「ちょっと言い方雑だぞ」
美莉奈がわざとらしく頬を膨らませる。相も変わらず可愛い。
私は頬にある手を握る。その手はすごく熱かった。その熱で自分の行動を自覚する。自然な動作で頬から美莉奈の手を外す。どうやら私もかなり酔っているらしい。
「愛ゆえの雑さだー」
大仰な言葉を吐いて、天井を見る。美莉奈がくすくすと笑う。
「君ってそうやって酔うんだ」
君。
高校生の頃、よく聞いた言葉。
当時のみずみずしい感情が一気に胸に広がる。彼女が私を見て、笑っている。
「高校の頃さ、二人で卒業式さぼったの、覚えてる?」
脳に靄がかかっているようで、自分の声もどこか遠い。酔っている。私は、酔っているのだ。
「そんなこともあったねぇ」
美莉奈は変わらず笑顔。楽しそうだ。
「その時、私、髪の毛切りたいって言ったじゃん」
「うん」
「結局、切れたのは大学生になって、親から逃れられてからだったけど」
「ふふ」
美莉奈の返事は笑い。また、私の頬に両手を添える。
「どんな髪型でも、服装でも、君は君だから」
顔の向きを固定されているから、美莉奈から目を逸らせない。
「大丈夫、大丈夫だよ。あたし、大好き、君のこと」
ああ、これだ。
私はずっと、この言葉が欲しかった。
他の誰でもない彼女に、彼女だけに、言ってほしかった。
頬が熱い。目が熱い。
この苦しみは彼女にしか癒してもらえない。そんなものだったのだと、今更になって気づいた。
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