第5話 再会
何とか一日の仕事を終え、今日は無理やり定時で上がることにした。色々考えてしまっては残業をしたとて、効率が悪い。
革靴を鳴らし、エレベータールームに行く。いつものバーが頭に浮かぶ。週末にしか行かないように努めているが、早めに違う女の子と遊んでおきたい。
女の子が好きなかっこいい私。
ただそれだけ。それだけでいい。ほんの少し、確認できたら、いい。
逸る気持ちとは裏腹に、エレベーターの動きは緩慢だ。人が詰まっているから、誰かが障がい者用のボタンを押したらしい。
売店のフロアで人が下りる。喫煙所のフロアで人が下りる。一回一回ゆっくりとした動きでドアが開き、閉まっていく。グレーのドアを凝視してしまう。
何回か止まったあと、やっと一階にたどり着く。いの一番に出て、足早に出口に向かう。定時で上がる人々など、みなそんな人ばかりだ。
「あれぇ、久しぶり」
誰に向けられたかしれない言葉。そのはずなのに、私の足は止まる。今の声は私に向けられたものだ。
頭のどこか遠いところで、年数が経っても声は変わらないものなのだな……と、考える。
振り返る。
彼女が、いた。
ふわりとした長い髪の毛。大きな瞳。薄くメイクをしているが、彼女の美貌はそんなものを吹き飛ばすくらい輝いている。
「美……莉奈……」
呆けたように言葉を発する。
「偶然だね」
あの頃と一つも変わらない口調。美莉奈は軽やかにヒールを鳴らしながら近づいてくる。自然消滅してから会うのは初めてだった。
「なん、え、どうし、て」
胸の鼓動を抑えようと声を発するが、間抜けな言葉しか出なかった。
「あらら、珍しく慌ててるぅ」
美莉奈は楽しそうに笑った。服装やメイクは多少変わっていても、その笑顔は紛れもなくあの頃と同じだった。私が一番好きだった人の笑顔だった。
美莉奈は後ろで手を組んで、私の顔を覗き込む。
「最上階に別会社が入ってるでしょ? あたし、そこの部署に異動になったの」
久々の再会でも自分のペースを崩さない美莉奈を見て、徐々に私も落ち着いてくる。
昔もそうだった。美莉奈はいつだって自分のペースを崩さない。おっとりとも、ゆっくりとも違う。美莉奈には美莉奈だけの時間の流れがあるような気がした。それに振り回されることもあったが、当時のわたしはそれすら愛おしかった。
私の口から笑いが漏れる。一人で慌てているのが馬鹿らしくなる。
「ね、この後時間ある? 飲み行かない?」
このタイミングで美莉奈と再会したのは幸か不幸か。いずれにせよ、美莉奈ともっと話したいという気持ちは確かだった。
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