第4話 帰属意識

 記憶を上塗りする気力もなく、土日は自堕落に過ごし、あっという間に月曜日がやってきてしまった。何があっても仕事は容赦なくやってくる。いつものようにワイシャツを着て、ネクタイを締め、ジャケットを羽織り、家を出た。

 会社まで慣れた道のりを進んでいく。歩いているとき、電車にいるとき、たまに視線を向けられる。社会人になった頃に戻ったみたいに、その視線をいやに意識してしまう。週末の自分を引きずっている。よくない傾向だ。

 全てを振り払うために、今日はあえて自分が勤めている階まで階段を使った。

「おはざいまーす」

 多少の息切れと共に挨拶をする。ちらほら返ってくるそれを聞きながら、デスクにカバンを置く。フロアは空気がこもって蒸していた。ジャケットを脱ぎ、ロッカールームに向かう。

「ねぇ、あの人さ……」

 直前でそんな声が耳に入る。嫌な予感がして立ち止まる。

「どの人?」

 どうやら朝の身支度ついでに会話をしているらしい。声からしてフロアが同じの部署が違う人だ。問いかけた声にはロッカーを指先で叩く音がした。おそらく名前の部分を叩いているのだろう。

「ああ、その人がどうしたの」

「男なのかな?」

「えー知らないよ、聞けないしさ。見る限りそうなんじゃないの」

「でもロッカールーム私たちと同じじゃん」

 ジャケットは椅子にでもかけよう。だから回れ右をすればいい。

 そう考える頭はあっても、脚は言うことを聞かない。

「なんか手術? とかしないと、生まれた時の性別のままなんじゃないの?」

「うーん、なんか怖くない?」

「かっこいいからなんでもいいわ」

「目の保養?」

「そういうこと」

 片方がロッカーの扉を閉める音がする。体の強張りがやっと解け、私は慌ててデスクに向かう。

 椅子に投げるようにしてジャケットをかけ、右手側にあるフロアの窓を開ける。ふわりと入ってきた風に混ざり、

「きっつ」

 私の声が霧散していった。


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