ラストシーンは永遠に

@zawa-ryu

第1話

 とあるビルの屋上から地上を見下ろし、俺は思案していた。


 高層ビルの隙間をぬって吹く風が、俺の体を通り抜けていく。

 断わっておくが、これは比喩では無い。

 文字通り、そう、そのままの意味だ。

 風だけでは無い。虫も鳥も、世の中のありとあらゆるものは、この半透明になった俺の体を全てすり抜けていく。

 何故って?

 答えは簡単。俺は死んだからだ。

 一度死んで、そしてたった今、また死んできた。

 さっきから、もう何回死んだか分からない。

 意味が分からない?まあそうだろうな。

 とにかく俺は今、生き返るために文字通りなのだ。


「……だから、無理なんだって」

「うるさい。やってみなきゃわからないだろ」

「わかるんだって。結果は決まってるのさ。もう何回も言ってるだろ?だからもう諦めて、オイラと一緒にさっさと逝っちまおうよ」

「嫌だ。絶対に俺は諦めないぞ」

「あぁもうっ!」

 今話しかけてきたコイツ。そうコイツが現れてからだ。こんなおかしな話になったのは。


 今から、体感でおよそ1時間前。俺は彼女(に今夜なる予定だった人)と小洒落たレストランへ向かっていた。

 そして、このビルの角を曲がった先で飛び出してきたバイクに衝突し、あえなく命を落とした。俺はそのままフワフワと魂だけの状態になって、現場の前に立つビルの屋上へと浮かんできた。


「やあ」

 そんな俺に話しかけてきたのがコイツだ。

「なんだこれは?何がどうなってる、俺はいったい?お前はだれだ?」

「……質問はひとつずつにしてくれないかな。アンタは今さっきバイクに轢かれて死んだんだよ。御愁傷さま」

「死んだ?俺が?」

「そう、ほら見て」

 ソイツが指さした道路には血まみれになった俺の身体が転がっていた。

「本当に俺は死んだのか?こんなにあっけなく?」

「うん。で、普通人ってのは死んだらまっすぐに、そうだな、アンタらの言う“あの世”に向かって魂が昇っていくんだけど……」

「ふざけるな!俺が今日この日をどれだけ待ちわびたと思ってる!ここまで来るのに丸3年。誰がどう見ても冴えないブサイク営業マンの俺が、会社のアイドルである受付嬢の彼女に毎日毎日アプローチして、やっとの思いでデートにこぎつけたのに、なんでそんな日に俺が死ななきゃいけないんだよ!俺のプランでは今日俺たちは恋人になる予定だったんだぞ!だいたい今まで俺がどれだけ血のにじむような努力を重ねてきたのか分かってるのか!」

「わ、わかったよ。わかったから落ち着いて」

「これが落ち着いていられるかっ」

「うんうん、わかる。わかるってば。いきなりそんな現実突きつけられてもね。で、さっき言おうとしてたんだけど、ごくまれにアンタみたいにあの世に行けずにここで彷徨ってしまう人がいるんだ。オイラの仕事はそんな人たちを導いてあげることさ」

「嫌だっ!俺は絶対にあの世になんか行かないぞ。おいお前、何とかしろ。今すぐだ。さっさと俺を生き返らせてくれ」

「そんなこと出来ないよ。オイラはアンタを連れに来ただけなんだから。さぁとにかく行こうよ。あの世も行ってみりゃ意外と気にいるかもよ」

「うるさいっ俺は行かんと言ったら行かん!」

「はあ。ハズレ引いちゃったなぁ。あっゴメン、声に出ちゃった。何でもないよ」

 コイツ今完全にハズレって言いやがったな。

 やれやれといった調子でソイツは何やらボタンのようなモノを取り出し俺に差し出した。

「じゃあ、これを使ってみて。これは亡くなる1分前に戻ることが出来るボタンさ。1回押せば、1度だけ戻ることが出来る。だけど、先に言っておくよ。1分先の結末は変えられない。どんな行動をとろうが、アンタは1分後の19時21分に死ぬんだ。絶対にね」

「お前、そんないいモノがあるならさっさと出せよ。ほら、よこせ。よし、このボタンを押せばいいんだな?」

「いや、だからさっきも言ったけど、結末は……」

 ソイツが話し終わる前に俺はボタンを押した。

 なんだこれは?視界がグニャグニャと歪み、渦のような空間に、俺は巻き込まれていく。

「うっうわあぁぁぁぁっ」



「むっ?ここは?」

「えっ?どうかした?」

 おおっ本当に戻ったぞ。隣には眩しいほどに輝く美しい彼女。よし、俺はもう絶対に死なんぞ。この彼女と付き合って明るい未来を手にするまでは、絶対に死なん。

 腕時計を確認する。時刻は19時20分を少し過ぎたところ。

 ……この角を曲がるとバイクが飛び出して来るんだな。

 ならば。

「すまない、靴紐がほどけてしまった」

 俺はその場にしゃがみ込んだ。

 ふふふ、こうして1分ここで時間を稼げばいい。

 何が結末は変えられないだ。楽勝じゃないか。

 靴紐を結ぶフリをして時計を確認する。

 時刻は19時21分。

 ほらな、チョロイもんだ。

「よし、行こうか」

 ガシャン!

 立ち上がった俺の頭に何かが落ちてきて、凄まじい音を立てて割れた。

「きゃああああああっ」

 頭に強烈な痛みが走り、意識が遠のいていく。

 倒れ込む俺の耳に、彼女の叫び声が響いた。



「ハッここは?」

 気づけば俺はまたビルの屋上に浮かんでいた。

「ねっ。だから言った通りでしょ」

「うるさい。ちょっと油断しただけだ」

 まさかビルの上から植木鉢が落ちてくるとはな。だがこれで学習した。もう同じ手は喰わんぞ。

「よし、もう1回だ」

「何回やっても同じなんだから、痛い思いするよりも……」

 俺はまた話しを遮りボタンを押した。


 だが、忌々しいことにアイツの言う通り、何度やっても結果は一緒だった。

 角を曲がらず、植木鉢の当たらない場所にいても、突然ビルの窓ガラスが割れ、飛び散った破片で俺の身体は串刺しになる。ビルの中に逃げ込むと、たまたま居合わせた強盗に胸を刺された。思い切って彼女を置いて反対方向に走り出してみても、今度は車にはねられた。

 それから何十回と俺はボタンを押し続けたが、何度やっても、19時21分に俺は死んでしまうのだ。



「クソ、どうなってる!」

「オイラも色んな人見てきたけど、アンタみたいにしつこい人は初めてだよ」

「おいお前。どうしてだ、何故こんなことになる。何で俺は必ず19時21分に死ぬんだ」

「そうだなぁ。うーんとアンタ向けに分かりやすく言うと、プログラムされてるんだよ、全部」

「プログラム?」

「そう。だからね、えっとアンタたちの言う神様みたいな存在がいて、その存在が作ったプログラミング通りに全ては実行するようになっているのさ」

「そんなバカな」

「まあ納得はできないだろうけど。とにかく、そんな訳でアンタはもうどうやっても死ぬしかないんだから、もういい加減あきらめようよ。さっき渡したボタンも、本来なら2,3度やって諦めてもらうように作られたモノなんだよ。それなのにアンタときたら……」

 ひとりで喋り続けるソイツを置いて、俺は考える。

 プログラムされているだと?この際本当にそんなことしてるヤツがいるかどうかは置いといて、もしそれが本当なら、俺はプログラミングされた指示通りに動いていることになる。 

 いや、俺がと言うよりは、俺に仕組まれた19時21分の結果に向かって、それが実行されるべく世の中がプログラミングされているということだろうか。

 ならばどうすればいい?。

 考えろ、考えるんだ。

 ビルの屋上に浮かびながら、俺はしばし目を閉じて思案した。

「ねえ、もう諦めようよ」

「うるさい、ちょっと黙ってろ」


 どれぐらいの時間、考え込んだだろうか。途中、何度か言い寄ってくるソイツの手を払いのけ、やがて俺は、ある一つの結論に達した。

 ……エラーを起こすしかない。

 神だか誰だかが作ったプログラミング。その想定している範囲外のデータを演算処理させて、バグらせるしかない。

 問題はそれをどうやって引き起こすか、だ。

 何か、何か無いか。

 エラーを引き起こすための手段。

 そのためにはプログラムを組んだ側のがあればベストなんだが。

「ねぇ、そろそろ逝かないと。オイラも時間外労働なんて嫌だし。最近は残業代も渋られるんだから。ほら、そのボタンも返しておくれよ」

 世知辛いこと言いやがる。あの世の方でも景気はよろしくないみたいだな。

 ボタンを返せなんて催促までしてきやがって。

 ……いや待てよ、あるじゃないか、このボタンだ!

 これだっ。これに賭けるしかない。

「おい、お前。確かこのボタンを1回押せば1度戻れるんだったな?」

「ああ、そうだよ。何十回もやっといて今さら何言ってんのさ」

「そうか、なら次で最後だ」

「ホントかい?やっと諦めてくれるのかい?」

「ああ、お前の仕事もやっと終わるぞ」

 ホッと安堵の表情を浮かべるソイツに向かって「じゃあな」と言い放ち、

 俺は思い切りボタンを連打した。

「ああっなんてことをっ!」

 俺はソイツを無視してボタンを叩き続ける。

「そんなことしたら$#%&‘$!されたアンタがっ」

 歪んでいく世界。

 聞き取れなかったアイツの叫び声に満足し、渦に飲み込まれながら俺は笑みを浮かべて手を振った。


 時刻は19時20分。

 舞い戻った世界で、合わせ鏡のように何十、何百と増えていく俺の身体。

 そして、それに合わせて彼女も、周りの景色も増えていく。

 辺りを見回して、数百人に膨れ上がった俺たちは満足げに頷いた。

『さあどうだ!』

 俺たちは高らかに叫ぶ。

『この世の支配者ヅラしてる神め!お前には予期できたか?たった今お前のプログラムを破壊してやったぞ!俺の勝ちだ、ザマーミロ!』

 数百人の俺が一斉に雄叫びを上げ、拳を振り上げた。


 その瞬間だった。


 ガシャーン!

 俺の頭に、いや数百人の俺全員の頭に、また落ちてきた。


 そう、植木鉢が。


 激しい痛みが襲い、頭頂部から吹きだす大量の血液。

 薄れていく意識のなか、彼女の叫び声が響く。

 そんな、そんなバカな。

 まさか、これも想定内だったと言うのか……。

『ち……ちくしょう』

 そう言い残して、俺たちはまたその場に倒れこんだ。




「……ねえ、どうすんのさ」

 宙に浮かんだ数百人の俺の横で、ソイツが途方にくれる。

「こんな人数、オイラ連れていけないよ。こんな事になっちゃって。オイラにゃ嫁も子供も、住宅ローンもあるんだよ。クビになったらアンタ責任とってくれるんだろうね?あぁ、どうしてくれるんだよ本当に。ねぇ聞いてるのかい?」


 ブツブツと恨み節をたれるソイツの横で、

『……すいませんでした』

 俺たちは項垂れたまま、そう呟くよりほかなかった。

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