冷たい決意は春風に乗せて
幸崎 亮
消えた異世界と消えゆく世界
また、ひとつの世界が消えた。そのことに気がついたのは、地と炎の元素が勢いを増し、生暖かい風が有機的な
この世界に居ながらにして、数多ある異世界を
「なぜ? 私の術があれば、
自室のベッドで
私は光の一点を指さしながら、じっと意識を集中させる。すると星の映像が急激に拡大され、やがて世界の内部を映し出した。
特に魔術を使うまでもなく、外へ出れば
いちど意識を
そして別の光に狙いを定め、再び意識を集中させた。
次に映し出されたのは、機械化された金属の世界の様子だ。別の光を覗き込めば、見たこともない奇妙な生物たちの暮らす世界が見える。そして、ひときわ深い闇の先には、巨大な植物によって支配された、緑一面の世界が存在する。
ひと通りの世界を見てまわり、私は深い
ああ、やはり大好きだった世界は、
「とても冷たくて、鋭くて。そして、熱く優しい世界……」
その世界の名前は知らない。雪と
しかし、その世界は消え去ってしまった。世界の創造主の意志か、それとも抗いようのない災厄か。光り輝いていた美しい世界は春先の
私は魔法陣から指を離し、集中させていた魔力を霧散させる。耳障りな雑音と共に、空中の微生物らの焦げた臭いが顔面へと降り注いでくる。
「春なんて、嫌いだ」
生ぬるく
「明日だっけ。はぁ……。行きたくないんだけどなぁ……」
じつにチープなパンフレットだ。この作品は
私はベッドから足を下ろし、靴も履かずに机の
「桜並木とピザ野郎? これ、絶対つまんないやつじゃん……」
映画のタイトルを口にした
「仕方ない。行ってやるか」
翌日に思いを
明日は特別に、あいつの好きな姿で会ってあげようか。
◇ ◇ ◇
次の日の朝。私は友人との約束のため、外出の準備を整える。
まずは簡易食糧を魔術で分解し、元素化されたエネルギーを
「あー、やめやめ。もう考えるのは、やーめたっ!」
どうせ、もうすぐ世界は終わる。
あの美しい世界のように、
私は寝巻き用の
「こんな格好の、いったい何が良いんだか」
新たに生まれ変わった服に
「うえっ、やるんじゃなかった……」
自身の行為に吐き気を催し、赤面した顔を水と風の元素で冷ます。春はどうしても火の元素が強く、こうしないと汗が流れてしまいがちだ。
◇ ◇ ◇
ともかく準備は整った。部屋に侵入防止用の魔術結界を張り、私は窓から身を乗りだす。ここは古びた集合住宅の、とても小さな一室だ。その五階部分から飛び降りながら、
暖かい春風を全身に浴びながら、私は建物の隙間を
今日も青空には大穴が
なるべく
◇ ◇ ◇
私が映画館前の
彼も私と同じメイド服を着ており、無邪気に笑いかけてくる。
「おっすー! マパリタにしては早いね! それにその格好、ぼくの大好きなやつじゃん! あっ! さては、ぼくのこと好き……」
いきなり好き勝手に話しはじめたミルポルの口を、私は魔術で封鎖する。こうして黙っていれば可愛げがあるのに、いつも余計な軽口を叩いては、つまらないことで喧嘩する。
「
そう言ってミルポルを
「ぶっはー! 今の術って、死んじゃうやつじゃん!――そりゃあ、ぼくの方が可愛いし! ほら、似合ってるでしょ?」
ミルポルはスカートの
「はいはい、さすが優等生くんは格が違うね。あんた、仕事は? 私なんかに構ってる暇なんてないでしょ?」
「うーん。いまさらやりたい仕事なんて無いからさ、最初から選択しなかったよ!」
ミルポルの呆れた回答に反応し、私の顔が
「――もうすぐ終わっちゃうからね! 最後くらい、ぼくの好きなように過ごしたいな、って!」
「あんたにも見えてたの? あの空の〝大いなる闇〟が」
周囲の人々は普段通りに天を見上げ、青空を喰らう黒点の
気づいていないのか、気づかないふりをしているのか、それとも気づかせないようにしているのか。魔術大学の担当魔術士にも、お役所の熱心な下っ端にも、どれだけ〝世界を終わらせる闇〟に関する説明をしても、理解してはもらえなかったのに。
「まーね! あれだけ目立ってるし!」
「そう……。でも、私は諦めないよ。たとえ世界が終わるのを止められなくても、私だけでも生き抜いてみせる」
なぜだろう。ここへ来る前までは、私も諦めていたはずなのに。なぜかミルポルと話した
冷たい両手に力が
「あはは、ぼくだって諦めてないもんね! ささっ! それじゃとりあえず、とっておきの映画でも観て――それから作戦会議をはじめよう!」
「あー、このつまんなさそうなやつね。ふふっ、こんなのが最期の思い出になってしまわないように、最後の悪あがきといきましょうか」
冷たい決意は春風に乗せて 幸崎 亮 @ZakiTheLucky
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