第24話 心配ごかしの進路情報

 これでもかと申しておりますけど、高校時代の3年間は、もう、本当にあの家に行くことが苦痛になっていました。

 何の権限もない者が心配ごかしたことばかり並べてくれたあかつきにはなぁ。

 朝こそは皆さんそれなりに忙しいからそうでもないし、昼もまあそんな感じでさほどでもないが、夕食ともなろうものならなぁ、本当に苦痛だったね。

 今更だけど、そこで聞かされる話なんて、もう、大学の先輩や定時制高校関係者あたりから聞く程度で十分間に合うほどのどうでもいい内容。むしろ、そちらの方が必要な時に必要なものが得られるから、よほどましってものだ。過去の大昔の、それもなまかじりの域を出ないような、そんな情報がためになんかなるかよ。

 気休めになれば上出来の部類でしかないが、気休めにさえもならねえよ。

 まあ、人の適性も何も見境なしにホザきにホザいてくれよりましたな。


 母親はそんな人間だとわかったからもう、丁重に敬遠。

 だけど、この頃一番そういう言動をしてくれたのが、下のお兄さんでしたな。

 彼の弁の何に、最初反感を持ったか。これも、忘れもしないよ。

 定時制高校に行くことになって初めて行った夏休みの時期だったと思う。


「友だちはできたか?」


ってね。幼稚園や小学校の1年生でもあるまいし、さあこれから何とか大学に向けてやっていかねばならんその時に、そんなことを言われてもね。

 どう答えたかなんて覚えていないが、とりあえず、波風立てぬようにして何とか無難に言葉を返した記憶はある。

 このお兄さんや、まして母親なんかといちいち話しても何の解決策にもならないし気休めにもなりっこないことは、もう私にはいやというほどわかっていた。

 他にも彼は、こんなことを言ってきたな。


「受けなおすよりも、4年間定時制高校でみっちり勉強して、云々」


 これから国立大学に向けて何とかやっていかねばならんときに何だ。それは。

 どれだけ勉強できる環境かという視点も度外視して、学校に行ってジュギョーさえ受けて定期テストでいい点を取っていれば勉強ができているね、みたいな見立てをする人間の話なんか、聞けたモンじゃねえし、聞く必要もない。

 他にもこのアンチャン、好きなことをホザいてくれるわ、ホザいてくれるわ。

 母親もまた、敗けず劣らず燃料投下してくれるわけ。

 ええ加減にせえよと言いたいが、こちとら被保護者的な立場にあるからそうも言えんのよね。いまさらながら悔しい思いばかりが頭をもたげるばかりだ。

 あの二人のおかげで、わし、岡山弁を本気で抹殺しようと思った。

 あのコギタネエ言葉をホザく連中と同じ言葉がしゃべれるか。

 わし、意識してあの頃から言葉を変えるようにしたのよ。実は、わしが岡山弁を抹殺しようと思ったきっかけ、この人たちやったのよね。ズバリもズバリ。

 心配ごかしの進路情報は他にもいろいろあったけど、いちいち詳しいことを言うつもりはない。


 どうせ、わしには用事のないゴミ情報や。

 そう思ってやり過ごしていました。

 

 当時の某園はどうだったかと言えば、何とか高校を再受験させて確実に1年余分に私を在園させようと目論んでおったが、うまいことやってそこは交わした。そうこうしているうちに、高1が終った。

 実はこの段階で、私にとってはやりやすい状況がやって来た。まずは、当時の純担当的な立ち位置にいた男性児童指導員が弾除けよろしく私を担当させていた保母が退職しました。こうなってしまえば、もう彼女との接点などないわな。

 こちらはひとまずメデタシだが、彼女の存在は思い出すのも不愉快だ。なんでも短大の二部を紡績会社で働きながら出たそうだが、それなら私のような人間もいい指導ができると思った某園の幹部の見立てが如何に浅はかだったかってことよ。


 かのネエチャンの話はまあええとして、まだまだ、この年は急激な変革が待っていました。この4月の年度替りを境に、某園の寮編成が、横割からまた移転当初のような縦割に戻されたのです。

 それ自体はあまり私としては歓迎すべきことではなかった。

 小さい子もいるわ、女子もいるわ、いちいち騒がしいだけところにおらされたあかつきには、気持ちのいいものではなかった。

 それも家庭の側面だと言っても、物事には限度があるわ。

 ちなみにそれ、某園生え抜きの児童指導員さんの発案だろうね、あれは。

 横割りの弊害というか、ダレた雰囲気を何とかしたいと思われたのでしょうか。

 なんせ当時、彼は大学の同窓生と結婚して某園敷地内の職員住宅の2棟のうちの1棟に住まれるようになった。

 隣は上司の園長宅ですよ。そのことの是非はあえて今は述べません。

 これまたよいときはよいが、のパターンです。

 あれ、なんか既視感あるなぁ。


 確かにこの児童指導員、尾沢さんという方ですが、新婚で家庭の良さというものが身にしみてわかり出したちょうどそんな時期でして、その良さをやたらに吹聴されるのには正直辟易しました。彼の言動にはふざけるなで済まない問題点も多々ありましたが、直接担当してくれたことで、それまでのような若いだけで無能な職員を弾除けにあてがわれるような真似をされなくなったのは助かりましたよ。

 むしろ、彼はそれまでのしりぬぐいをこのあと2年間やる羽目になったようにも思われる。


 そうこうしているうちに大検という制度がどんなものか、職員各位もわかり出したようで、しかも定時制高校自体がその受検を勧めてさえいるわけよ。

 わしの力を見くびっておった盆暗どもも、これでちっとは目が覚めたようであったなと申し添えておく。


 高校のほうも、校長が変わったこともあって私のような生徒にとってはものすごくやりやすくなった。少なくとも妨害されることはない。学校に来るか来ないかとか、そんなことは基本不問。大学に向けてしっかり勉強しているかどうかだけが判断基準で見てくださったから、当時の校長・教頭両先生には感謝以外ないです。

 そんな調子で、大検経由で大学に行く道筋ができたことはありがたかった。

 これが、国鉄最後の年の1986年や。昭和61年ね。


 増本さん宅の話に戻します。

 私が今述べた方向で進み始めたことで、あの母親も少しは観念したような、そうでもなかったような。下のお兄さんの対応も、前ほどはひどくなくなりつつありました。いや、その後も断続的に好きなことはホザいておったとは思うが、もう、右から左に聞き流せばいいやと思っていたからね。コギタネエ岡山弁ともども、抹殺対象ってわけよ。本人じゃないよ、その言動内容を、だからね。


 もっとも、この家に行くことは必ずしも苦痛の塊だったわけでもない。

 それが増本さん宅の親父さんとお会いできること。

 この頃からですよ。あの家に行ったときの話ですけど、それまで以上に親父さんとの会話が増えたのは。

 この親父さんはものすごく静かな方でしてね、声を張り上げて怒られたような覚えはまったくと言っていいほどありませんでした。

 少なくとも私が言っていたときに限っては。

 お若い頃、子どもさんたちが幼い頃や少年少女期についてはわかりません。

 私が見ていた限りにおいては、母親のように、人の領域に土足で入り込んでくるような言動もありませんでした。目の前の状況をじっくりと見極めて、一歩も二歩も引いて物を言ってこられる方でした。

 この親父さんのことは、後にしっかり話させてください。


・・・・・・・ ・・・・・ ・


「その家のお父さんのこと、これまであまり触れてきてないわね、確かに」

 メルさんの指摘に、作家氏が頷く。

「うん。あの親父さんの話は、本当に役に立った。今でも思い出してみれば、糧となるような話はたくさんある。無論、人生観なんかにおいて相容れるかどうかという点については話がまったく別だろうけど、それはそれ。前にも申し上げておったように、旧制の商業学校を出ておられて、戦時中は国策会社に就職して大陸に、確か満州だったと思うけど、そちらに行かれていた方だよ。それから、私が世界史を大学受験で洗濯していたこともあって、その素養があるという前提で、いろいろなお話ができたのは、大きかった。母親のわかったような押しつけがましさに辟易していたときだけに、あの親父さんとお話しできたことは、ぼくにとっては実にありがたいことでした。それには本当に感謝しています」

「なるほどね。せーくんはもともとしっかりした愛情を受けて、それなりの素養もあった中で、あの養護施設という場所への「措置」って言うの、そういう目に遭ったわけだから、あなた自身もそうかもしれないけど、職員の皆さん、特に若い女性職員なんか持て余したでしょう。特に成長するほどに」


 そこまで話して、両者とも目の前の飲み物を口にした。時刻はちょうど、9時に差し掛かろうとしている。朝のラッシュ時間帯もそろそろ終わりを告げ、データイムのダイヤへと移行し始めている。

 二人とももう1日このホテルに宿泊するため、まだ在室可能である。

「もう少し、進めておかない?」

「そうしよう。じゃあメル姉、もう少し進める。ちょっと増本さん宅から離れて、某園側のことを言わせておいて。嫌な話は早めに済ませてしまいたい」

「わかったわ。じゃあ、よろしく」


・・・・・・・ ・・・・・ ・

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