22.主従の絆

 俺とティコは兵士たちに取り囲まれた。


「武器を渡してください、アクセル殿下」


 やむを得ないな。

 俺は腰に差していた剣を外し、兵士に渡した。

 同時に他の兵士たちが飛びかかってきて、床に倒された。そのまま後ろ手に縛られる。ティコも同様にして拘束された。


「僕はともかくアクセル様は王族ですよ。罪人ではないんですから、貴人にふさわしい待遇をしてください」


 ティコが抗議すると、兵士たちは指示を求めるようにルシアの顔を見た。


「いいでしょう。その代わり抵抗しないと約束してください」

「わかった」


 ルシアの命令により、俺たちの拘束は解かれた。


「アクセル殿下、1つ聞いてもよろしいですか?」


 俺が立ち上がると、ルシアが声をかけてきた。


「なんだ?」

「エロイには、大切に思う人間がいるのですか?」

「なぜそんなことを聞く?」

「エロイを殺したいのですが、あの女の力が噂通りであれば、それは難しいかもしれません。ならば近しい人間を殺すことで、あの女に喪失の悲しみを味わわせてやりたいのです」


 やはりルシアはただの美少女ではなかったな。こんな冷酷な一面も持っているとは。


「エロイに家族はいない。彼女の心の内など俺にわかるわけがないが、まあ少なくとも親父のことは大切に思っているはずだ」

「なるほど、エルドール陛下ですか。王家に反旗を翻したからには、どのみち王は殺さねばならないでしょうね」




 俺とティコは地下牢に放り込まれた。空気がじめじめしていて、腐った水のような臭いがする部屋だ。

 窓はなく、明かりは天井からぶら下がる小さなランプだけ。これでは本も読めない。


 もっとも、本など一冊も用意されていない。

 部屋にあるのは排泄用の穴と、しらみだらけの布団が載ったベッドが1台だけ。まさかティコと一緒に寝ろとでもいうのだろうか。


 文句を言おうにも、鉄格子の向こうの廊下には誰もいない。

 貴人にふさわしい待遇とは言えそうにないな。


「ベッドはアクセル様が使ってください」


 ティコはそう言うと、冷たい壁に背中を預けて座った。


「こんな堅い床の上で寝たら体を壊すぞ」

「僕は若いから平気です」

「俺だってまだ17歳だ」

「そういえばそうでしたね。ああ、17歳で死ぬなんて、気の毒なアクセル様」

「縁起でもないことを言うな。きっとエロイが助けてに来てくれるさ、こんなことになったのはあの人のせいなんだから」

「あの薄情な人が、わざわざこんなところまで助けに来ませんよ。あの人は王都どころか、王城から出ることもないんですから」


 エロイは隠者をやめて俗世に戻ったとはいえ、引きこもり気味なのは今も変わらない。


「きっとエロイさんは王の名前で諸侯を招集し、シャコガイ家を討伐しようとするでしょうね」

「俺が人質になってるのにか?」

「アクセル様の命を惜しむ人間は、王家ではエメリア様だけです」

「ぐむむ」


 実の母親以外は俺が死んでもいいと思ってるのか。なんて家だ。


「まあエロイさんや王族はともかく、家臣たちはそれなりに忠義の心を持ってるので、まずはアクセル様を解放するよう要求すると思います」

「話し合いで解決すればいいが」


 可能性は低いだろうな。

 俺はため息をつき、ベッドに寝転がった。今はできることが何もない。

 それから2時間ほど経った頃だろうか、ティコが妙なことを言いだした。


「アクセル様は、本気で王になろうと思ってるんですか?」

「当たり前だろ」


 今さら何を言いだすんだ、こいつは?


「だったら、なんで抵抗せずに牢に入れられたんですか?」

「兵士たちに取り囲まれたんだから、どうしようもないだろ」

「あの場にいた兵士は20人ほどでした。その程度の人数なら、アクセル様なら勝てたんじゃないですか? 少なくとも囲みを突破して逃げることはできたはずです」

「…………」

「それをしなかったのは、僕がいたからでしょう。いくらアクセル様が強くても、僕を守りながら戦うことはできません」

「考えすぎだ。いくら俺でも、20人と戦うような無謀なことはできない」


 そう言っても、ティコは納得しなかった。


「僕はアクセル様を王にするためなら、命を捨てる覚悟でいます。アクセル様も覚悟を決めてください。たかが従者1人のために死ぬなんて馬鹿らしいですよ」


「死ぬつもりなどない」


 俺はベッドから起き上がった。そしてティコの前まで移動し、向かい合って座る。「あの時逃げなかったのは、そうするのがベストだと判断したからだ。今ここでおまえを失ったら、カーケンやレイスに勝てなくなる」


「ずいぶん僕の力を買いかぶってくれてるんですね」


「おまえは自分の力を過小評価している。普通の従者は主人の身の回りの世話をするだけだが、おまえは違う。

 俺が命令しなくとも、自分の頭で考えて最善の行動をとってくれる。俺が間違っている時は、遠慮せずにいさめてくれる。さらには、俺を王にするために命を捨てるとまで言ってくれる。それはもはや、ただの従者とは言えない」


「じゃあ、何なんですか?」

股肱ここうの臣」


 自分の手足のように重要な家臣という意味だ。

 ティコは顔を伏せた。


「でも、ここで一緒に死んだら意味がないじゃないですか」


 声が震えている。前髪に隠れて見えないが、ひょっとすると泣いているのかもしれない。


「いや、そんなことにはならない」

「なぜ、そんなことが言えるんですか?」

「俺には知恵がある、体力もある、強い意志もある、優秀な部下や仲間もいる。だがそれだけでは、王になるには足りない」

「他に、何が必要だと?」


「運だ」


 きっぱりと答えた。「自分の能力だけで事を成せると考えるのは思い上がりだ。歴史に残るような偉人は、ことごとく運にも恵まれている。もし俺が王になる器なら、この状況でもきっと助かるはずだ」


「フフッ」

「おい、何がおかしい」

「いえ、やはりあなたは人の上に立つ人間だと思っただけです」


 その時、廊下からコツコツと足音が聞こえてきた。


「シッ、誰か来たぞ」


 どうせ見張りの兵士だろうと思いきや、鉄格子の向こうに現れたのは意外な顔だった。


「えっ? 君は……あの時の?」


 背が高く、胸が小さく、さち薄そうな顔の女。髪はボサボサで目付きも悪い。

 シャコガイ公に最初に会った時、彼は若い女を10人並べて誰が好みかと聞いてきた。その時に俺が選んだのが彼女だ。


「私のことを覚えていてくださいましたか」


 女は無表情でそう言うと、ガチャリと鍵を外して扉を開いた。

 そして中に入ってきて、「これを」と言って剣を差し出した。取り上げられていた俺の剣だ。


「どういうことだ?」

「逃げてください。出口まで案内します」


 俺は剣を受け取った。


「君はシャコガイ家に仕えているんじゃないのか?」

「いえ、一時的に雇われていただけです。雇い主のブレンダンが死んだので、もうここにいる意味はありません」

「だったら1人で出て行けばよかっただろう。俺たちを逃がしたことがバレれば――」

「殺されるでしょうね」

「だったらなぜ?」

「私が殿下のことを愛しているからです」


 淡々とした口調なので、すぐには言葉の意味を理解できなかった。俺が黙っていると、彼女は続けた。


「あの日、殿下は私を選んでくださいました。私を選ぶ男なんているはずがないと思っていたので、驚きました。あの日以来、ずっとあなたのことを考えています。女は自分を愛してくれる男性にかれるものです」


 俺は容姿で選んだだけで、愛しているとまでは言ってないが。


「その割には、あまり嬉しそうな顔には見えなかったぞ」

「感情を表に出すのは苦手なのです。それより急いでここを出ましょう。ぐずぐずしていると兵士たちが目を覚まします」

「見張りの兵士たちは寝ているのか?」

「飲み物に薬を入れて眠らせておきました。眠らなかった兵士は刺し殺しておきました」


 さらりとすごいことを言った。何者だ、こいつは?


「アクセル様、行きましょう」


 ティコにもうながされたので、俺たちは牢を出た。廊下に人の姿はない。


「ところで、君の名前は?」

「タラサンと申します」

「変わった名前だな」

「さあ、ついてきてください」


 俺たちはタラサンの後をついていった。眠っている兵士や刺し殺されている兵士の姿を見かけたが、黙って通り過ぎた。

 地下牢を出たところで、タラサンは物騒なことを言った。


「ここから先は巡回中の兵士がいるので、殺しながら進みましょう」


 俺はその通りにした。少人数の兵士など俺の敵ではない。声を上げさせる前に仕留めていく。


 タラサンも短剣を手にして戦った。非力そうに見えるが、まったく怖れる様子もなく敵に向かっていく。殺すことにも躊躇ちゅうちょがない。


「たいした度胸だな」

「別に」

「あ、そう」


 コミュニケーションが得意な人間ではないようだ。


 俺たちは領主の館を出た。夜の街は真っ暗で、人の気配がない。王都ならこの時間でも、それなりににぎわっているのだが。


 シャコガイ公領の領民の貧しさがよくわかるな。油は高いから、夜に明かりをつけるような余裕はないのだろう。


「君も俺たちと一緒に来るんだろ?」


 街路を走りながらタラサンに確認した。


「よいのですか?」

「もちろんだ」

「ではお供させてください」


 俺たちは城門を守っていた兵士たちを殺し、さらに厩舎から馬を3頭盗み出し、公都トリダンシアを脱出した。

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