21.名誉の問題

 俺とティコは馬に乗って、再び公都トリダンシアに向かっている。

 前回と違うのは、ブレンダンの棺を載せた馬車が同行していることだ。


「はあ……ロイドになんて説明しようか」


 ロイドは自分がシャコガイ家の当主になることは承諾したが、兄のブレンダンの命は奪わないことを条件にしていた。


「だからエロイさんを利用するなんて、やめた方がいいって言ったじゃないですか」


 ティコは呆れたように言った。「今回の謀略はアクセル様が考えたにしては不用意でしたよ。ルシアとの婚約の話に舞い上がってたんじゃないですか?」


「ぐむむ……そんなことは……」


 ないとも言い切れない。


「他人を意のままに動かすなんて無理なんですよ。ましてや相手は300年も生きた元隠者です。常人とは思考回路も違っているでしょう」

「それにしても、まさかいきなり殺すなんて思わないだろ」

「あの人にとっては虫をつぶしたようなものなんでしょうね。今回の件はすべてエロイさんが悪い、ロイドさんにはそう説明しましょう。アクセル様が仕組んだ謀略のせいだなんて、向こうは知りませんから」

「そうだな」


 ティコの言う通り、エロイに責任を押し付けることにしよう。彼女に対しては誰も文句を言えないのだから。




 ブレンダンの遺体を納めた棺は、領主の館の大広間に運ばれた。


「そんな……兄上……!」


 ロイドはブレンダンの遺体を見て泣き崩れた。周りにいる家臣や兵士たちも沈痛な面持ちだ。

 そんな中、気丈な態度で説明を求めてきたのはルシアだ。


「アクセル殿下、なぜこんなことになったのかをお聞かせください」

「ああ。シャコガイ公を接待するために酒宴を開いたんだが、その席で公はひどく酔い、エロイ殿の胸をもみしだくという暴挙に出た。そして怒ったエロイ殿によって殺されたんだ」


 嘘は言っていない。そうなるように仕向けたのが俺であることを黙っているだけだ。


「そうですか……伯父上ならばありそうなことです。酔うと見境がなくなる方でしたから」

「すまない。俺もその場にいたのに、止められなかった」


「謝らないでください。殿下の責任ではありませんから」


 そう言って俺をなぐさめたのはロイドだ。まったく俺を疑っていないようだ。


「そう言ってもらえると、少しは気が楽になる」


 俺は言った。「不幸な事故が起こってしまったが、いつまでも嘆いているわけにはいかない。ロイド殿、あなたが亡きシャコガイ公の跡を継ぐべきだと思うが、どうだろうか?」


 これを引き受けてもらえるなら、多少の計算違いはあったにしろ作戦は成功だ。


「そうですね。ですが私にそんな大役が務まるかどうか……」


 ロイドも覚悟はしていたはずだが、兄の死にショックを受けていて、即答できないのかもしれない。


「父上、しっかりなさってください」


 ルシアはロイドを叱咤しったするように言った。「殿下がおっしゃるように、父上がシャコガイ・ヴァランサード家を継ぐのが筋だと思います」


「うん……」

「そして新たな当主として、やるべきことをやってください」

「やるべきこと?」

「まずは伯父上の葬儀を盛大に執り行うこと」

「そ、そうだね」


 俺はルシアの気丈さと冷静さに感心した。彼女の方が父親よりも当主に向いているかもしれないな。


「そして王家に対し――」


 忠誠を誓ってください、と言うのだろうと思いきや――


「戦いを挑んでください」


 俺は叫び出しそうになった。ルシアは何を言ってるんだ!?


「これは、まずいですよ」


 後ろからティコがささやいた。ああ、確かにまずい。

 予想外の言葉に、ロイドも口をポカンと開けている。


「なぜ?」

「なぜ、ですって!? 私たちの当主が殺されたのですよ! まさか、その殺した相手に忠誠を誓うつもりではないでしょうね!」

「で、でも、悪いのは兄上だし」

「どちらが悪いかは、この際関係ありません。ここで戦わなければ世間の笑いものになり、後世の歴史家からも糾弾されるでしょう」

「む、無理だよ。王家と戦って勝てるはずがない」

「そんなことはありません。今はエルドール王が意識不明の重体で、その跡を継ぐべき者たちは互いに争い合っています。そんな相手は怖れるに足りません」


 ああ、まったくその通りだ。


「でも、エロイ様がいるよ」

「エロイの力はさしたる脅威ではないでしょう。隠術を戦争で使うことはないと神に誓っているそうですから。あの女こそがもっとも憎むべき敵です。元隠者といえど許すわけにはいきません」


「ルシア殿、冷静になってほしい」


 俺も黙って聞いているわけにはいかない。「それは謀反だ。正当性のない戦いだ。他の諸侯たちも王家に味方し、シャコガイ家を討伐するだろう」


「いいえ、正当な戦いです。勝つか負けるかは問題ではありません。これは名誉の問題なのです」


「それは違うよ、ルシア」


 ロイドが娘をさとした。「もっとも重要なのは家を存続させることだ。名誉のために家臣たちを死なせたり、路頭に迷わせたりするわけにはいかない」


「父上はどうしても、王家に忠誠を誓うとおっしゃるのですか?」

「そうしなければシャコガイ家は亡びるんだ」


「そうですか。では父上に当主の資格はありません」


 ルシアは家臣たちに向かって宣言した。「皆の者、聞きなさい! これよりこの私、ヴァランサード・ルシアが、シャコガイ・ヴァランサード家の当主となります!」


「だ、だめだ、ルシア!」

「衛兵! 父上はお疲れのようです。部屋に連れて行きなさい。くれぐれも丁重に扱うように」

「はっ!」


 ロイドは連れて行かれた。衛兵は頼りないロイドよりも、威厳のあるルシアに従うことを選択したようだ。


「さて、アクセル殿下」


 ルシアは俺に顔を向けた。「このようなことになり、とても残念です。私は本当にあなたをお慕いしていたのです」


「だったら――」

「ですが個人的な感情で大義を失うようなことをすれば、先祖に対して申し開きができません」

「つまらない名誉のために家を亡ぼす方が、よっぽど先祖は怒るだろう」

「つまらないですって!? 思い上がるのも大概にしなさい! 私たちは王家の奴隷ではないのです!」


 どうやら俺はルシアのことを見誤っていたようだ。

 彼女はただのおしとやかな美少女ではない。強くて、誇り高くて、そしてバカだ。


「俺たちをどうするつもりだ?」

「アクセル殿下、あなたのような智勇を兼ね備えた英雄を生かしておけば、私たちにとって大きな脅威となるでしょう」


 くっ、なんて嬉しい評価だ。

 だが、こんなところで殺されるわけにはいかない。俺は王になるのだ。


「俺が死ねば王位をめぐる争いの種が1つ消える。王家がいつまでも内部分裂していた方が、君たちにとって都合がいいんじゃないか?」

「なるほど、一理ありますね」


 ルシアは考え込んでいる。

 これで俺とティコを逃がしてくれればいいんだが。そう期待したが、甘くはなかった。


「ならば、今しばらくは処分を保留しておきましょう」


 ルシアは兵士たちに命令を下した。


「アクセルとその従者を地下牢へ入れておきなさい!」

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