20.元隠者と酔っぱらい
俺はシャコガイ公ブレンダンを追い落とす策を、ユリーナとティコに説明した。
「まずブレンダンを、先日のお礼をしたいと言って王城に招待するんだ。大勢の美女と名酒を用意してあると言えば、喜んでやって来るはずだ」
「女と酒には目がないらしいからね」
「美女と名酒についてはカースレイド商会で用意してもらいたい」
「それはお安い御用だけど……そうだ!」
ユリーナは妙案を思いついたというように、ポンと両手を合わせた。「私もその美女軍団の中に加わるってのはどう?」
「おまえが?」
俺がじろじろ顔をながめていると、ユリーナは口をとがらせてにらんできた。
「なによー、私は美女じゃないっていうの?」
「そういうわけじゃない。ただ、ブレンダンの好みには合わない気がする」
「そうなの? じゃあそいつはどんな女が好みなわけ?」
「胸の大きな女だ」
「なるほどー、それじゃ私はダメだね――って、なめとんのかワレ!」
このガラの悪さは、さすがは反社会組織のボスだな。
「俺に怒っても困る。ブレンダンはそういう女にしか興味がないんだ」
「アクセル様は控えめな胸の女性の方が好きなんですけどね」
ティコが余計なことを言った。
「ほう?」
ユリーナが興味深そうな顔をするので、俺はあわてて話を戻す。
「そんなわけだから、ブレンダンの好みに合う美女をそろえてくれ。条件は胸が大きいことと、あとは童顔で背が低い女だ」
「アクセル様の趣味とは正反対ですね」
俺はティコを無視することにした。
「そしてエロイにも、その酒席に加わってもらう」
「なんのために?」
「ブレンダンは酔うと理性がなくなる。きっとエロイに対して破廉恥な行為におよぶはずだ。当然エロイは怒り、奴は諸侯にふさわしくないと考える」
「そんなにうまくいくかなあ」
ユリーナは疑わしげだ。「それにエロイさんは胸は大きいけど、童顔でも背が低くもないよ」
「そんなことはたいした問題じゃない。あの人に魅了されない男はいないんだ。酔ったブレンダンは、獣のようにエロイに襲い掛かるに違いない」
エロイは男を誘惑する見えない分泌物を、周囲にまき散らしているという噂さえある。
「エロイさんは酒席に参加してくれるでしょうか?」
「あの人は親父の側近として外交にも責任を持っている。御三家の当主がわざわざ来たとなれば、接待するのは当然だ」
ティコとユリーナは俺の策を聞いても、どこか不安そうだ。
それでも俺は決行することにした。うまくいかなければ、また別の策を考えるまでだ。
それから1週間後の夜、まさに俺の思惑通りに事は進んでいた。
予想通りブレンダンはホイホイと王城へやってきた。エロイも渋々といった様子で酒席に参加してくれた。
俺が会場に選んだ部屋は照明を薄暗くしてあり、外交の場というよりも、繁華街にある「夜の店」に雰囲気が近い。
テーブルの周りを囲むソファーは1人掛けではないので、出席者同士が体を密着させることができる。
最初はブレンダンとエロイの席を離しておいた。エロイは下品な人間は苦手だし、ブレンダンも元隠者に対してはさすがに恐縮するだろうからだ。
2人を接触させるのは、場の空気が和んでからだ。
まずは俺がホストとしてエロイをもてなし、ブレンダンの相手は5人の美女に任せることにした。
ブレンダンは露出の多い服装の美女に左右から挟まれ、上機嫌だ。
「ガハハハ! さすがに王都の女はかわいいのう! ほれ、ほれ、このあたりが特にうまそうだぞ」
そう言って隣に座る女の尻に手を伸ばそうとしたが、やんわりとその手を押さえられた。
「もう、だめですよ閣下! そんなことしちゃプンプンです!」
「おう、そうかそうか! こりゃすまんかった! ガハハハ!」
美女たちは皆プロフェッショナルなので、酔っ払いを怒らせずにあしらう術を身に着けている。ちなみに、この少女にしか見えない女は実は30代らしい。
エロイはといえば、ブレンダンの声のでかさに
隠者は孤独と静寂を愛する。このような騒々しい場を楽しめるはずがない。
今夜のエロイは全身をすっぽりとローブで覆い、体の線が出ないようにしている。にもかかわらず、その肉体の豊満さは隠しきれていない。
隣に座る俺は、理性を保つのに必死だ。彼女の周りには何やら甘い香りが漂っていて、その匂いをかいでいると頭がクラクラしてくるのだ。
「エロイ殿は隠遁生活を送っていた頃、食料や日用品はどうやって手に入れていたのですか?」
「月に一度、人に届けてもらっていました」
「その程度の人との関わりはあるのですね」
「うっとうしいですが、私も
隠者を支援することは神とドロンの御心にかなっているので、うっとうしく思われたとしても力になりたいのだ。
完全な自給自足をしている隠者は滅多にいない。
だからといって決して楽な生活ではない。強靭な精神力がなければ、孤独と無為に耐えられない。
300年も隠遁生活を続けていたエロイには、俺も崇敬の念を抱かざるを得ない。
「たまにはこうして飲むのも悪くないでしょう?」
「まあ、そうかもしれませんね」
俺が頑張ってもてなしたおかげで、エロイも徐々に場になじんできたようだ。
ブレンダンは美女たちに体を密着させられながらも、その視線はエロイ1人に引き寄せられている。どうやら頃合いだな。
「エロイ殿は、シャコガイ公と直接言葉を交わしたことはありませんよね?」
俺は部屋中に聞こえるような声で話しかけた。
「ええまあ、そうですね」
「せっかくの機会ですから、今後のアルゴール王国の行く末や世界情勢について、俺たち3人で腹を割って話しませんか?」
「はあ……構いませんが」
乗り気ではなさそうだが、真っ当な提案なので断ることはできないだろう。
「あ、大事なお話をなさるんですね」
「じゃあ残念ですが、閣下とはしばらくお別れです」
「お話が終わったら、また一緒に飲みましょうね」
俺の意図を心得ている美女たちは、自然な流れでブレンダンをエロイの隣に移動させ、部屋を出て行った。
ブレンダンとエロイが並んで座り、俺は彼らと向かい合う席に移動した。エロイは嫌そうな顔だが、文句は言わなかった。
「そういえば閣下は、たくさんの若い女性を囲っているそうですね?」
俺が話を振ると、ブレンダンは困った顔をした。
「え? ああ、いや、年甲斐もなく恥ずかしいことだ。若い女が近くにいると、自分も若返るような気がしてな」
そう言うとブレンダンはエロイに顔を向けた。「本当はエロイ殿のような、落ち着いた大人の女性が好きなのですが」
「そうですか」
エロイは素っ気なかった。
ブレンダンはまだ理性を失っていないようだな。もっと酒が必要だ。
「閣下、このグラスをどうぞ」
「え? あ、ああ」
俺はブレンダンに強引にグラスを持たせた。
このグラスは
「これは閣下のために取り寄せた最高級の酒です。グイっとやってください」
シャノン王国産のアップルブランデーを注いでやった。強い蒸留酒だが、レモン果汁と砂糖を加えることで口当たりをよくしてある。
「それはありがたいが……ずいぶん、なみなみと注いでくれたな」
ブレンダンはとまどったような表情を見せながらも、グイっと飲み干した。
それから3人で談笑を続けながら、俺はブレンダンのグラスが空になるたびに酒を注いでやった。
すると奴の顔はどんどん赤くなり、目がすわってきた。
エロイに対しては徐々に自分の体を密着させている。そろそろとどめを刺すか。
「閣下、エロイ殿の目を見てください。実に美しいと思いませんか?」
「ほう、どれどれ?」
ブレンダンは今までエロイの顔を直接見ることを避けていたが、俺の言葉に釣られてつい見てしまった。
太陽はまぶしすぎて、見ると目がつぶれる。
エロイの顔は美しすぎて、見ると理性が飛ぶ。
「え、エロイ殿、わしは、わしは……」
ブレンダンの自制心がついに壊れた。
「ここは天国か……おお」
雷が落ちた。
比喩表現ではない。一瞬白くなった視界の中で、稲妻が走るのが確かに見えた。
気が付くと、そこにはプスプスと焦げ臭いにおいを放つブレンダンの姿があった。
「閣下!」
慌てて安否を確認しようとするが、
「危険です。まだ触れない方がいいでしょう」
エロイに警告された。「もうそのクズは死んでいます。つい怒りに任せてしまいましたが、もう少し苦しめてから殺すべきでしたね」
なんてことだ……なにも殺さなくても……。
まずいな。命までは奪わないとロイドと約束していたのに。
「あのう、隠術を暴力の道具には使わないと、以前におっしゃっていませんでしたか?」
俺は控えめに問いただした。
「今のは暴力ではなく、懲罰です」
「そうですか」
エロイが言うなら、そうなのだ。結局力のある者は何をやっても許される。
「ああ、だからこんな席に参加するのは嫌だったのです。あらゆる災いは人と会うことによって生じる、というのは真理ですね。やはり酒は1人で飲むに限ります。アクセル殿、後の始末は任せましたよ」
そう言って立ち去ろうとするのを、俺はあわてて引き留めた。
「あの、後始末というのは?」
「その男はクズとはいえ諸侯、しかも御三家の当主です。王家とシャコガイ家の間で禍根が残らないように取り計らいなさい」
「当主を殺しておいて、それは難しいのでは」
「なんとかしなさい」
エロイは俺に丸投げをして、スタスタと部屋を出て行った。
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