19.婚約

 ロイドの提案には心が動いた。

 何しろルシアはハッと息をのむような美少女だ。気立てはよさそうだし、知性も感じられる。御三家の出身なので、家柄も申し分ない。


 だからといって、この場で即答できるような話ではない。


「せっかくのご提案ですが、このような酒の席で決めることではないと思います」


 と答えたのは俺ではなく、ティコだった。「婚姻は一枚しか使えない重要なカードです。ルシアさんを婚約者にすることがアクセル様にとって最善かどうか、よく考える必要があります」


「もちろんその通りだよ。王族の結婚は政略だから、軽はずみに決めることはできない」


 ほろ酔い加減のロイドは答えた。「それじゃ公に婚約を発表するんじゃなくて、今は私たちの間の口約束ということにしておいてはどうかな。それなら後で気が変わっても、簡単に破棄できるだろ?」


「簡単に破棄できるようなことではないと思いますが」

「そんなに深刻に考える必要はないんだ。一枚しか使えないカードと君は言うけど、王になれば複数人の妻を持てるんだから、ルシアはその中の1人として考えてもらえばいい」

「何人妻がいたとしても、正妃は1人だけです」

「じゃあルシアを側妃にすればいい」

「御三家の息女を側妃にするなんて失礼なことはできませんよ。それに政略結婚は家と家との結びつきを強めるためのものです。シャコガイ・ヴァランサード家は王家にとって親戚のようなものだから、婚姻によって仲を取り持つ意義は薄いと思います。そう思いませんか?」


「ティコ、ロイド殿に対して失礼だぞ」


 俺が注意すると、ティコはふくれっ面になった。


「ひょっとしてアクセル様は、この話に乗り気なんですか?」


「え? い、いや、そういうわけじゃないが」


 そう言ってから、あわてて付け加えた。「あ、もちろんルシアさんが嫌というわけじゃない。急な話なので驚いているんだ。ルシアさんはいいのか? 突然こんなことを言われて」


「突然ではありません」


 ルシアは顔を上げてはっきりと答えた。「以前から父と話をしていました。いつか誰かに嫁ぐなら、アクセル殿下のような方がいいと」


 俺とて木石ぼくせきではない。美少女にこんなことを言われて頬がにやけるのは仕方がないだろう。

 しかしティコは冷めた顔をしている。


「ルシアさんがアクセル様に会ったのは、今日が初めてですよね? それなのに結婚したいなんて思ってたんですか?」

「会ったことはなくても、アクセル殿下のことは噂で耳にしておりました。文武に優れ、己の意志を曲げぬ強さを持ち、それでいて弱者には優しい方だと。こうしてお顔を拝見し、とても美しい方であることもわかりました。もう殿下以外の方と結婚することは考えられません」


 ルシアはティコの無粋な追及にも動じず、堂々と俺に対する好意を口にした。これこそ男冥利につきるというものだろう。


「俺もルシアさんはとても素晴らしい方だと思う。この話は前向きに検討したい」




 その後は俺もロイドも酔ってしまったので、それ以上の建設的な話はできなかった。

 仕方ないので今回はこれで引き揚げることにした。何度もロイドに会っていては、ブレンダンに怪しまれてしまう。


 王都に戻った俺とティコはカースレイド商会の本社を訪れ、ユリーナに経緯を説明した。


「へー、それじゃルシアさんと婚約することになったの?」

「いや、まだ酒の席での口約束に過ぎない。俺たちだけで決められることでもないからな」

「そっか、悪い話じゃないと思うよ」

「ユリーナさんは賛成なんですか?」


 ティコが意外そうに言った。


「ティコ君が挙げた反対理由はもっともだけど、今の私たちが考えるべきなのは政略結婚の是非じゃなくて、国王選挙に勝つために諸侯を味方につけることだよ。ルシアさんと婚約することでシャコガイ家が味方になってくれるなら、願ったりじゃない」


「じゃあ国王選挙に勝ったら、もうルシアは用なしですね。その時には婚約を破棄するんですか?」

「うーん、それは現実的じゃないなあ。シャコガイ家と険悪になるわけにはいかないし」

「だったら――」

「まあまあ、なんでティコ君がそんなに反対するのかはわからないけど、まずはブレンダンを当主の座から追い落とす方法を考えないと」


 そうなのだ。まずはロイドが兄に代わってシャコガイ家の当主にならなければ、婚約の話は意味がない。


「ロイドさんとは、ブレンダンを殺さないって約束をしたんだよね」

「ああ、だから暗殺という手段は使えない」

「じゃあブレンダンをボコボコにして、弟に当主の座を譲るように脅す? ライジング公に対しては、そのやり方で成功したよね」

「あの時成功したのは、ライジング公の息子のルースが協力してくれたからだ。ロイドは兄を傷つけるようなことには協力してくれないと思う」


「君たちと違って、兄弟の仲がいいんだね」

「まあな。それにライジング公は弱気な性格だったから暴力に屈したが、ブレンダンは簡単に屈服するとは思えない。奴がエロイに訴えたら、俺が罰を受けることになる」

「元隠者様は怖いもんねー」

「そうだ、誰にとってもエロイは怖い。そんな彼女なら、シャコガイ家の当主の首をすげかえることもできる」


 俺がそう言うと、ユリーナはピンときたようだ。


「ひょっとしてエロイさんを利用しようとしてる?」

「そうだ」


「やめておいた方がいいと思います」


 ティコは反対した。「あの人は僕たちの手に負える相手じゃありません。利用するなんて不埒ふらちなことを考えてると、逆にアクセル様がお仕置きを受けるかもしれません」


「確かにその恐れはある。だが思いついたことがあるんだ」

「何をするつもりなんですか?」

「エロイにブレンダンを処罰してもらう」

「王家に取って代わるという発言をしたことを、告げ口するんですか? 酔ってたとはいえその発言はヤバすぎるから、諸侯の地位を奪うぐらいの罰じゃ済まされませんよ。ブレンダンが死刑になれば、ロイドさんとの約束を破ることになります」


 ティコは俺に対しても堂々と反対意見を言う従者だ。だからこそ信頼できるが、今回は俺に妙案があった。


「告げ口をするつもりはない。エロイが自ら、ブレンダンはシャコガイ家の当主にふさわしくないと判断するよう、仕向ければいいんだ」

「どうやって?」


「おまえは直接会ってないからピンとこないだろうが、あの男は好色で酒乱、見下げ果てた人間だ。会えば必ず不愉快になる」


 俺は考えていることを説明した。


「だからブレンダンを王都に呼び、エロイに会わせる」

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