18.ルシア
王家の後嗣が絶えた場合、御三家から養子をとって次の王とすることは確かにある。
だが御三家が新たな王家になることは絶対にない。それをやろうと宣言することは、反逆を起こすと言っているに等しい。酔っていたからといって許される発言ではない。
シャコガイ公が何を思っているか、これでよくわかった。
となると、こいつは敵ということだ。敵はつぶす、それが俺のやり方だ。
もちろんシャコガイ・ヴァランサード家をつぶすつもりはない。
悪いのはこの男、シャコガイ公ブレンダンだ。この好色な酒乱男を始末し、俺の意に沿う人間を新たなシャコガイ公にすればいいのだ。
ブレンダンはこの後も無茶苦茶な放言を繰り返したが、俺は適当にあしらって相手にしなかった。そのうち酔いつぶれて寝てしまい、ようやくこの無駄な時間が終わった。
部屋を出て、待合室で待機していたティコと合流する。ティコは会見の首尾について聞きたそうな顔をしていたが、俺の不機嫌な表情で察したのか、何も言わなかった。
「お待ちください、アクセル殿下!」
館を出ようとしたところで、後ろから声をかけられた。振り返ると、真面目そうな中年の男が立っていた。
「先ほどは兄が大変な無礼を働いたそうで……どうかお詫びをさせてください。申し訳ありませんでした!」
そう言って深々と頭を下げた。
「あなたは?」
「はっ、申し遅れました。私はブレンダンの弟のロイドと申します」
なるほど、当主の弟か。兄と違ってまともな人間のようだな。よし。
「ロイド殿、あなたの話を聞かせていただきたいのだが、時間はあるだろうか?」
「私の話をですか? 構いませんが……」
俺たちはさっきの応接室に戻った。今回はティコも一緒だ。
酔いつぶれたブレンダンはすでに運び出されている。まだ酒の匂いは残っているが、あの男がいないだけでずいぶん上品な部屋に感じられた。
「ロイド殿、あなたはシャコガイ公についてどう思う?」
互いに席に着いてからそう切り出すと、ロイドは苦い顔をした。
「はっ……先ほど兄がこの部屋で何を言ったか、女たちから聞いております。まことに情けないことながら、酔うと思ってもいないことを口走ってしまうようで」
「そうじゃない。酒は人間を正直にする。酔って出てくる言葉は、心に秘めていた本音だ」
「はっ、申し訳ございません!」
ロイドはテーブルに額がつくほど頭を下げた。
「そんなに謝らなくていいですよ。アクセル様はまったく怒っていませんから。どうか気を楽にしてください」
ティコがニコッと微笑んで見せると、ロイドも笑顔になった。本当に気が楽になったようだ。こいつの社交能力は相変わらずだな。
「ロイド殿。先ほどのシャコガイ公の発言は、王家に対する反逆と受け取られても仕方のないものだった」
「そ、それは本当に申し訳――」
「あなたが謝る必要はない。悪いのはあの男だ」
「はっ……」
「さっきの発言だけじゃない。あの男は領主としての資質に問題がある。税の負担が重すぎるせいで領民の暮らしは貧しく、不満が高まっているそうじゃないか」
「それは……確かにそのとおりです」
「このままでは、シャコガイ・ヴァランサード家を取りつぶさねばならなくなるかもしれない」
ロイドの顔が青くなった。
だが、と俺は続ける。
「今は王が意識不明の状態なので、その判断をするのは次の王になるだろう。御三家の1つを取りつぶすような重大な決断は、王でなければできない」
「次の王……ですか」
「もしカーケンが女王になれば、間違いなくシャコガイ・ヴァランサード家は取りつぶされ、一族は皆殺しになるだろうな」
「皆殺し!? ま、まさか!」
「俺はあいつのことをよく知っている。あいつはそういう残虐な奴なんだ」
ロイドは額からだらだらと脂汗を流している。
「だが俺が王になれば、そんなことはしない。シャコガイ・ヴァランサード家には今後も王家を支えてもらわねばならないからな」
「殿下は王になられるおつもりなのですか?」
「そうだ、だから協力してほしい」
「協力と言われましても……私は当主ではありませんし……」
「じゃあ君が当主になってくれ」
俺がそう言うと、ロイドはキョトンとした顔になった。
「わ、私が!? し、しかし兄が」
「ブレンダンを許すわけにはいかない。俺は王家の一員として、あの危険な男を御三家の当主にしておくわけにはいかないんだ。だから君が当主になってくれ。君ならば信用できる」
この気が弱そうな男ならば、俺の手駒となって働いてくれるだろう。
ロイドはハンカチで汗をふきながら、助けを求めるようにキョロキョロと視線をさまよわせている。だがここにいるのは俺とティコだけだ。
「大丈夫ですよ! ロイドさんならきっとできます!」
「そ、そうかな?」
ティコに励まされ、なんとか落ち着いたようだ。「わかりました。殿下の言われる通りにいたします」
「そうか、よく決断してくれた」
「ですが、お願いがございます」
「なんだ?」
「兄の命だけは、どうかお助け下さい!」
そう言って額をテーブルにゴンと打ちつけた。
うーん、あんな男をそんなに助けたいのか。兄弟愛などみじんも持ち合わせていない俺には理解できないな。
だが、うらやましくもあった。これが本来の兄弟の姿なのだろう。
「わかった、約束しよう。ブレンダンは領主をやめさせるが、命までは奪わない」
「あ、ありがとうございます!」
「それで、どうやってブレンダンをやめさせるんですか?」
ティコが問いかけてきた。「アクセル様の立場では、シャコガイ家の当主をやめさせる権限はありませんよ。シャコガイ公に問題発言があったとのことですが、酔っていて覚えていないとシラを切られるかもしれません」
確かにな。やめろと言われて素直に従う男ではないだろう。下手をすれば内戦になる。
「そうだな。じゃあ今から話し合って、どうするかを考えよう。ロイド殿、何か考えはあるか?」
「えーと、わ、私はそういうことを考えるのは不得手でして……」
まあ、そうだろうな。
「アクセル様、ロイドさんはまだ緊張しているみたいです。お酒でも飲んで気分をほぐしてもらってはどうでしょうか?」
ティコが妙なことを言いだした。
「またここで酒を飲むのか?」
「ロイドさんに酒乱の気がないかを確認しておきたいんですよ」
なるほど。真面目そうに見えても、あのブレンダンの弟だからな。この男が本当に信用できる人間か、確かめておいてもいいだろう。
「そうだな。俺もさっきの席では飲んだ気がしないから、飲みなおすか。ロイド殿、厚かましい願いだが酒を用意してもらえるか?」
「は、はい。殿下と一緒に酒を飲めるとは光栄です」
「僕も一緒に飲んでいいですよね?」
「おまえはダメだ」
「えー、なんでですか」
「子どもだからだ」
「アクセル様だってまだ17歳なのに」
不満そうなティコを無視して、俺とロイドは酒を
酌み交わすうちに、ロイドが信頼できる人間であることがわかった。
決して酔わないわけではない。アルコールのおかげで気が大きくなり、舌がなめらかにはなっていくが、それでも節度は失わないのだ。
「失礼いたします。追加のワインをお持ちしました」
若い女性がトレイを持って応接室に入ってきた。
ハッと息をのむような美女だ。さっき見た女たちとは比べ物にならない。年齢は俺と同じくらいか。
「ああ、すまないなルシア。そこに置いておいてくれ」
「はい、お父様。アクセル殿下の前なのですから、あまり飲みすぎないでくださいね」
お父様?
「ロイド殿、その方は?」
「私の娘のルシアです」
俺はルシアの顔をまじまじと見つめた。色白で目がクリっとした美少女だ。ロイドにはまったく似ていないな。
俺の視線を感じたのかルシアはニコッと微笑み、両手を合わせてお辞儀をした。透き通るような青い髪がふわりと揺れ、甘い芳香がただよった。
「お初にお目にかかります、アクセル殿下。ヴァランサード・ロイドの娘のルシアと申します。どうかお見知りおきくださいませ」
口調も態度も礼儀正しく、知性が感じられた。
「ロイド殿にこんな素敵なお嬢さんがいたとは、知らなかった」
「まあ、そんな」
ルシアは口に手をあて、はにかんでいる。その表情がまたかわいい。
美人すぎる女は俺の好みではないのだが、笑うとその美しさがいい感じに中和される。
「おお、殿下もそう思っていただけますか」
「まあな」
「そうですか、それでは――」
酔って顔が赤いロイドは、続けて驚くべき発言をした。
「殿下にはまだ将来を誓った女性がおられないですよね? よろしければルシアを婚約者にしてやっていただけませんか?」
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