17.酒の中には本音がある
国王選挙の投票権を持つ諸侯は108人いるが、1人1票というわけではない。その家の格式に応じて、持っている票数は異なる。
具体的に言えば、御三家と呼ばれる諸侯は5票、譜代諸侯は2票、外様諸侯は1票持っている。
御三家というのはヴァランサード王家から分かれた3つの分家で、王家に準ずる家格を持っている。
3家ともヴァランサードを名乗っているので、区別をするため、それぞれの家の紋章の名前から以下のように呼ぶことが一般的だ。
シャコガイ・ヴァランサード家。
イワガキ・ヴァランサード家。
ツヤガラス・ヴァランサード家。
王家の『シジミ』と同じく、どの家も二枚貝を紋章にしているのが特徴だ。
譜代諸侯というのは、ヴァランサード家の覇権を決定づけたエクセラー平原の戦いよりも前から、ヴァランサード家に従っていた諸侯だ。
外様諸侯は、エクセラー平原の戦いの後に臣従した諸侯だ。ライジング家は外様諸侯なので、俺はまだ1票しか確保していないことになる。
「うん、5票も持ってる御三家から攻略していくのが勝利への近道だね」
ユリーナは俺の意見に同意した。
ちなみに5票持っているといっても、俺に3票、カーケンに2票などというように、分割して票を入れることはできない。投票できる候補者は1人だけだ。
「それに御三家を味方につければ、その傘下にある諸侯も芋づる式に味方になるはずです」
ティコも賛成した。
俺たちは御三家のうちのどの家をターゲットにするかを話し合った。
その結果、もっとも王領に近い場所に領地を持つ、シャコガイ・ヴァランサード家に協力を求めることにした。
そんなわけで俺とティコは馬に乗って、シャコガイ・ヴァランサード家が治める公都トリダンシアにやってきた。
「住民たちはみんなやせていて、顔色も悪いな」
俺は街を歩きながら、行き交う人々の様子を観察して言った。
「それになんだか、殺気立ってるように感じますよ」
「体に栄養が足りないと、心も
シャコガイ公領の民衆は貧しいことで知られている。農村部へ行くとさらにひどいらしい。土地がやせている上、税率が高いからだ。
「俺が王になったら、なんとかしたいな」
「そうですね。でも今はシャコガイ家の協力を取り付けることが優先です。余計な干渉はしないほうがいいでしょうね」
領主の住む館は街の中心にあった。古い3軒の邸宅をつなぎ合わせたもので、規模は大きいが防御は重視されていないように見える。
暇そうに立っている門番に俺の身分を明かし、シャコガイ公に会いたいと告げると、すぐに応接室に通された。
ただしティコは身分が低いので面会は許されないとのことだ。仕方ない。
俺1人で応接室で待っていると、しばらくしてシャコガイ公が入ってきた。彼に会うのは初めてではない。
「おお、久しぶりだな、アクセル殿下。ずいぶんと大きくなられたものだ」
シャコガイ公が笑顔で手を差し出してきたので、俺も笑ってその手を握り返した。
うっ、汗でべたついているな。
シャコガイ・ヴァランサード公ブレンダンは52歳で、すでに頭は完全に
女にはモテそうにない風貌だが好色家として知られており、多くの女たちをそばに置いているという噂だ。
複数人の妻を持つことが許されるのは国王だけなので、正妻以外は
子どもは30人以上いるらしいが、すべて婚外子だ。跡継ぎはどうするつもりなのか不明だが、今の俺にはどうでもいいことだ。
「会見に応じていただき、感謝します」
互いに席に着いたところで、俺は切り出した。相手は格上なので、言葉づかいには気を付けねばならない。「俺の父、エルドール王が意識不明の重体であることは、ご存じですね?」
「もちろんだ。おいたわしいことだ」
「近いうちに国王選挙が行われることになるでしょう。そこで閣下にお願いしたいのは――」
「まあまあ、落ち着かれよ」
シャコガイ公は手を振って俺の言葉をさえぎった。「単刀直入は若者らしくて気持ちがいいが、久しぶりに会ったのだから、まずは世間話から始めよう」
「はあ、そうですね」
じれったいが、相手の機嫌を損ねるわけにはいかない。
シャコガイ公は部屋の隅に控えていた執事に何か命令した。すると執事は応接室を出て行き、入れ替わるように10人の若い女たちが入ってきた。
「殿下はどの女がお好みかな?」
シャコガイ公は女たちを整列させ、そんなことを聞いてきた。
「えーと、質問の意図がわかりかねますが」
「アクセル殿下がどんな人物かを判断したいのだ。男の価値を測るには、その男がどんな女を好むかを見ればよい、というのがわしの考えだ」
そんなことで価値を測られてはたまらないが、断ればシャコガイ公の機嫌を損ねるだろう。
「外見だけで判断するならば、彼女ですね。右から3番目の」
誰を選ぶのが正解かまったくわからないので、正直に好みのタイプの女を選んだ。もっとも背が高くて、もっとも胸の小さな女だ。
「ほう、ずいぶんと珍しい好みをしておられるな。その女を選んだのは殿下が初めてだ」
「はあ」
どうやら俺は、女の好みについては少数派なようだ。
「ではおまえとおまえは残れ。他の者は帰ってよい」
シャコガイ公が選んだ女と俺が選んだ女だけが部屋に残り、他は出て行った。
ちなみにシャコガイ公が選んだのは、もっとも背が低くて、もっとも胸の大きな女だ。笑顔が魅力的で、見ているとこちらも幸せな気分になる。
ワインが運ばれてきた。シャコガイ公は2人の女に
「殿下、どうぞお召し上がりください」
俺の選んだ女が、ムスッとした顔でワインを注いでくれた。
「ひょっとして怒ってる?」
「別に」
「じゃあ笑顔を見せてくれないか。ここで俺たちが会ったのも何かの縁だろう」
「おかしくもないのに、笑えません」
「あ、そう」
まあいいや。
それよりこんなことをしている場合じゃない。なんとかしてシャコガイ公を説得しないと。
「あの、閣下。酒を飲む前に大事な話をすませておきたいのですが」
「なあに、話は酒を飲みながらでもできよう。さあ、飲みたまえ。飲めない
そう言って胸のでかい女にワインを注がせ、1人でさっさと
困ったぞ。シャコガイ公は酒癖が悪いことでも有名だ。
「まず、話を聞いてください。俺はこの国の王に――」
「そんなことより、まずは飲め。どうした? 私の用意した酒が飲めないのか?」
態度もだんだん横柄になってきた。こいつはまともに話をする気がないな。
俺がここに来た目的はわかっているはずだ。俺に協力したくはないが、かといって敵対したくもないので、女と酒でごまかそうとしているのだろう。
この男は信頼できる人間ではなさそうだ。
俺はこの場で話をするのを諦め、適当に酒を飲むことにした。
それにしてもシャコガイ公のペースが早すぎる。すでにかなり酔っているようで、顔は
「君はわしに、国王選挙で協力するように頼みに来たんだろ?」
俺が諦めていた話を、向こうから振ってきた。
「はい。シャコガイ・ヴァランサード家が味方になっていただけるなら――」
「バカも休み休み言え」
シャコガイ公は酒臭い息をふうっと吐いた。「なぜこのわしが、青二才が王になるために協力しなければならんのだ」
ああ、人間は酔うと本音が出てくるものだな。
もう、この酔っ払いには期待できそうにない。今はうまい酒をいただいておこう。
だがその前に、1つだけ確認しておきたいことがある。
「ではカーケンに味方するのですか?」
「冗談じゃない。いくらわしが女好きでも、あれは別だ。あれは女の皮をかぶった猛獣だ」
これについては同感だ。この言葉が聞けただけでも、ここに来た甲斐はあったな。
「だいたいおまえもカーケンも勘違いをしておる!」
「何がですか?」
「自分たちが王位継承候補だと思い込んでいることだ!」
「俺たちは王の子ですよ」
「何が王の子だ! エルドールが今まで王らしいことをしたことがあるか? 食べて、寝て、女を抱いて、クソをする以外に何もしとらんだろうが! まあ今は寝ることしかできなくなったがな」
ひどい暴言だ。
「閣下、もうお酒はそのくらいで……」
シャコガイ公の酌をしていた女が青い顔になっている。もはや笑顔はない。
「やかましい!」
「きゃっ!」
哀れな女は突き飛ばされ、床に転がった。
「どうぞ」
俺の酌をしている女は、まったく動じる様子を見せずにワインを注ぎ足してくれた。ただものじゃないな、こいつは。
「おい、御三家がなんのために存在するのか、知っているか?」
シャコガイ公はそう問いかけると、俺の返事を待たずに続けた。「王の跡継ぎがいなくなった場合、王家に養子を出すのが御三家の役目だ。その養子が次の王となるのだ」
「そうですが、今は跡継ぎとして俺たちがいるので関係ないでしょう」
「つまり血筋としては、わしらにも王位を継ぐ資格があるのだ!」
もうシャコガイ公は俺の言葉など耳に入らないようだ。
そして彼は、聞き捨てならないことを言った。
「次の王にふさわしいのは、このわしだ! ちっぽけなシジミの一族を追い落とし、偉大なるシャコガイ・ヴァランサード家が新たな王家となるのだ!」
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