16.燃える不死鳥

 不死鳥軍団の兵舎は王都の周縁部、西門の近くにある。平屋建てだが、2000人を収容できる巨大な建物だ。

 馬に乗って兵舎に駆け付けたカーケンは、目の前の光景に息をのんだ。


「ば、バカな……」


 すでに炎は、手のつけようもないほど燃え広がっている。周囲に他の建物はないので、延焼の心配はなさそうだが。

 兵士たちはすでに消火を諦め、負傷者の治療に専念していた。


「カーケン様!」


 将校が近寄ってきて、悲痛な顔で報告をした。「行方がわからない兵士が300人以上います! 建物の中に取り残されていると思われますが、もはや助けることは不可能です!」


「なぜここまで火が燃え広がった? 深夜とはいえ、当直の兵士が建物内を巡回していたはずだろう」

「わかりません。私が目を覚ました時にはすでに周囲は火の海で、手荷物を抱えて逃げ出すことしかできない状況でした」

「なんだと? てめえは将校だろうが! 兵士を1人でも多く逃がすことを考えなかったのか!」


「ひ、火の回りが早すぎるのです!」


 将校は慌てた様子で弁解した。「脱出した兵士たちの話を聞くに、どうも火の手が複数箇所あるように思われます」


「放火か」


 カーケンはギリリと歯をかみしめた。「不死鳥軍団に敵意を持つ奴が、火をつけたってことか」


(アクセルの差し金か? それともニートか? 他にそんなことをしそうな奴は……)


「いえ、その可能性は低いと思われます」

「なんでだ?」

「兵舎の周りを哨戒していた兵士によると、外から近付いた者はいないとのことです。火は兵舎の内部から発生したようです」


(なんてこった……)


「火をつけたのは、中にいた人間だってことか」


 兵舎内で寝泊まりしているのは、むろん不死鳥軍団の兵士だけだ。


「兵舎の内部でも、当直の兵士たちが見回りを行っておりました。彼らの目を盗んであちこちに火をつけるようなことは――」

「1人では無理だな。兵士たちの中に、裏切り者が複数人いるってことか」


 あるいは、その当直の兵士が火をつけたということもあり得る。最悪だ。


「カーケン様!」


 ワルターと兵士たちが息せき切ってやってきた。彼らはカーケンと別れた後、エロイを呼びに行っていた。隠術を使って消火してもらうためだ。


「どうした? エロイは来てねえのか?」

「申し訳ありません。エロイ様の部屋を訪ねたのですが、扉の前に『起こさないでください』という札が掛かっていて、いくら呼びかけても出てきません。それでハンマーを使って扉を壊そうとしたのですが、ハンマーが扉に触れる前に弾き飛ばされました。部屋に結界が張られているようです」

「がーっ! 肝心な時に役に立たねえババアだ!」


 カーケンはここにいない元隠者を激しく罵倒した。しかし、すぐに気持ちを切り替える。


(ふうっ、落ち着け……わめいても状況は好転しねえ)


 深呼吸をして気持ちを落ち着け、さっきの将校に声をかけた。


「マティアスはどうした?」

「姿が見えません。おそらくは、まだ建物内にいるものと」


 ということは、生存は絶望的だ。


(頼りにならん奴だったが、死んじまうとは……くそっ!)


「あの、カーケン殿下」


 将校はオドオドした様子で言った。「私には兵士たちの中に裏切り者がいるとは信じられないのです。不死鳥軍団は全員が固い絆で結ばれておりました」


「じゃあ、なんでこんなことになってる! 兵舎には兵士しかいなかったんだろうが!」


 カーケンが怒鳴りつけると、将校は黙り込んだ。「信じたくないことから目を背けるな! 放火した奴は内部にいる! おまえらの中に裏切り者がいるんだ! しかもそれは1人じゃねえ!」




 夜が明けると、カーケンの言葉が正しいことが立証された。


 すでに兵舎は焼け落ち、すべての火が鎮火している。焼け跡を調べていると、軍団長の部屋のあった場所でマティアスの死体が発見された。


 死因は焼死ではない。死体は首と胴体が離れており、周囲にはおびただしい量の血痕が広がっている。


「眠っている時に、首を斬り落とされたように見受けられます」


 ワルターの言葉に、カーケンはうなずいた。


「つまり、兵士が軍団長を殺したってことだ」


 火災なら事故ということもあり得なくはないが、殺人は間違いなく人為的なものだ。これで兵士たちの中に裏切り者がいることが確定した。

 問題は、それが誰かわからないことだ。


 新しい軍団長は、将校の中から適任者を選んで任命すればいい。

 失った兵士は補充が可能だ。

 焼けた兵舎はまた建て直せばいい。


 だが味方に裏切り者がいる状態では、行動を起こすことができない。このままにしておくと、また同じことが起きる危険がある。

 新しく任命した軍団長が、裏切り者でないという確証もないのだ。


 軍隊という組織は、構成員の全員が同じ意志を持っていなければ力を発揮できない。


「ぬかった!」


 カーケンは足元の瓦礫を蹴とばし、怒声をあげた。

 兵士たちが待遇に不満を持っていたとは思えない。外部からの働きかけがなくては、裏切ろうなどとは考えないだろう。

 アクセルの仕業に違いない。固い絆で結ばれた兵士を何人も寝返らせるようなことができる人間は、他にいない。


(奴はアタシと似ている。目的のためならどんな残虐なこともやってのける男だ)


 アクセルを甘く見ていたことは、悔やんでも悔やみきれない。

 不死鳥軍団は当分の間、行動不能だ。まずは誰が裏切り者かを突き止める必要がある。それは決して簡単なことではない。


「アクセル、このままじゃ済まさねえぞ! やられたら、必ずやり返す! それがこのアタシだ!」




―――




 俺とティコとユリーナは、例によってカースレイド商会の応接室で会議中だ。


「寝返らせた兵士たちは見事に仕事をこなしてくれた。これでカーケンは、当分の間身動きが取れない」

「カーケンの絶望した顔、見たかったですね」


 ティコは楽しそうだ。


「もちろんカーケンは俺を疑うだろうが、証拠はない」

「でもエロイさんにバレたらまずいことになりませんか?」

「あの人はあまり他人に興味がないから、大丈夫だとは思うが」


「私、わかったかも!」


 突然ユリーナが立ち上がった。「この王位争奪ゲームは、いかにエロイさんの目を盗んで過激なことができるかを競うゲームなんだよ!」


「いや、その理解はどうかと思う」

「はい。エロイさんの目はわりと節穴ですが、試すような事はやめたほうがいいと思います。あの人を怒らせたら、ホントにヤバイですから」

「ティコの言うとおりだ。今後は過激なことは控えて、正攻法でいく」

「正攻法って、何をするつもりなの?」

「国王選挙に備えて、諸侯を味方に付けていく。それが一番堅実な方法だ」


 今のところ、はっきり味方と言えるのはライジング公(ニート)だけなので、とても選挙には勝てない。


「諸侯は108人もいるけど、どこから手をつけるの?」

「まずは強力な諸侯から味方につけたいと思う」

「強力な諸侯って言うと……」


「そうだ」


 俺はきっぱりと言った。「ねらいはだ」

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