15.メア
イアンを屈服させた俺たちは、他の9人も同様にして脅迫し、従わせることに成功した。
彼らにはこれから、不死鳥軍団の力を弱めるための仕事をしてもらう。
「アクセル様、もしあいつらが従わなかったら、本気でその家族にも危害を加えるつもりでしたか?」
男たちを解放した後、ティコがそんなことをたずねてきた。
「そんなわけないだろ」
おまえじゃあるまいし、という言葉は飲み込む。「前にも言ったが、民間人はできる限り巻き込まない。ましてや子どもを傷つけるなど、もってのほかだ。それが俺の正義だ」
「ここまでやっておいて、まだ自分が正義だと言い張るんですか?」
「なんとでも言え」
「まあまあ、そんな偽善者であるアクセル様が、僕は好きですよ」
「そりゃ光栄だ」
「いつ見ても仲いいよねー、君たちは」
ユリーナは微笑ましげに目を細めている。ティコの素性を聞いた後も態度を変えないのはありがたい。
「ティコは俺にとって弟みたいなもんだからな」
「アクセル様は兄や姉たちの顔色をうかがって育ってきたから、自分より下の人間が欲しかったんでしょうね」
確かに弟とは損な立場だ。後から生まれたというだけで、なぜデカい顔をされねばならないのか。
「でもアクセル君には妹がいるよね?」
メアのことか。
メアはエルドール王の第5子だが、母親が
「メアとはほとんど会わないから、妹という感じはしないんだよなあ」
彼女は王城に住むことも許されておらず、今は娼館の主となった母親と共に城下で暮らしている。俺は彼女を娼婦の娘だからと見下しているわけではないが、会う機会がないのでどうしても疎遠になっている。
「ねえ、メアちゃんに協力してもらえないかな?」
「俺の王位争奪にか?」
「うん。あの子、王都の住民の間では結構人気があるんだよ。いつもニコニコとしててかわいいからね。王族として扱われないことに対する同情もあるし」
なるほど。メアの協力があれば王都の住民の支持を得られるかもしれない。俺が大衆から人気があるとわかれば、諸侯たちの俺に対する印象もよくなるだろう。
「でも俺とメアは、特に仲がいいわけじゃないぞ」
「そうだけど、カーケンやレイスと仲良しなわけでもないから、頼めば力を貸してくれるかもしれないよ。君が王になれば、彼女を王家の一員として扱うと約束したらどう?」
「もしくは脅迫するという手もありますね。母親を人質にとれば、メアさんには効果があると思います」
ティコが外道な提案をしたが、もちろん俺は取り合わない。
「ユリーナ、メアは現在、何不自由のない暮らしをしてるんだろ?」
「うん。生活水準は上流階級と言っていいと思う。彼女の母親の娼館は王都でもっとも格式が高くて、客は金持ちばかりだからね。それにエルドール王も多少の金銭的な援助をしていた」
「だったら、危険な王位争奪戦には関わらせたくない。俺に味方していれば、カーケンに何をされるかわからないからな」
「そっか、そうだね。彼女が王族として扱われたいと思ってるかどうかもわからないし」
俺としては、メアがカーケンやレイスの味方をしないでくれれば、それでいい。
―――
カーケンは自室のソファの上で足を組み、対面に座るワルターから報告を受けている。
「ライジング家の当主の地位はニートが継ぎました。彼はアクセル殿下の味方につくことを公言しています」
「アタシが殺したライジング公の長男か?」
「はい。3年ほど、ほとんど人に会わずに部屋に引きこもっていたそうですが、アクセル殿下に懇請されて表舞台に出てくることを決断したようです」
「3年も……そいつはたいしたもんだ」
(ニートはアタシが父親を暗殺したことを察しているだろう。手ごわい相手が敵になったな)
「ライジング家を攻め滅ぼしましょう。不死鳥軍団はいつでも動けます」
ワルターの隣に座っているマティアスが進言した。
(まったく、軍人は戦うことしか知らねえのか?)
「エロイ殿や他の諸侯の目もあるのに、堂々と軍事行動を起こせるはずがねえだろ」
「ではニートを暗殺しましょう。父親と同じように」
「このアタシにまた狙撃をしろってのか? 向こうも警戒してるだろうし、ニートは3年も引きこもり続けたほどの傑物だぞ。下手に手を出せばこっちが危険だ。他人事だと思って簡単に言うんじゃねえ」
「し、失礼しました」
「不死鳥軍団には、ふさわしい任務を考えておく。おまえはいつでも動けるように準備をしておけ」
「はっ」
マティアスは立ち上がって敬礼し、部屋を出て行った。
(マティアスはいまいち頼りにならねえが、そんな奴を使いこなせるかどうかもアタシの器量次第だな)
「さてワルター、不死鳥軍団に何をさせるかだが……何か考えはあるか?」
「間者の報告によれば、カースレイド商会がアクセル殿下に協力しているらしい気配があります」
「資金面で援助をしてるってことか?」
「それだけではないかもしれません。あの商会は多くの戦闘員を抱えています。社会に適応できず、悪事に手を染めるしかなくなったゴロツキを飼いならし、裏で汚い仕事をさせているのです」
「商会の裏の顔は反社会的組織ってことか。そんな奴らを使ってるとは、やはりアクセルは油断ならねえな」
「はい。ですが所詮はチンピラどもです。不死鳥軍団の相手にはなりません」
「軍を動かして民間の会社を叩き潰すってのか? エロイが黙ってねえだろう」
「王都の治安を守るために反社会的組織を取り締まるという名目ならば、問題ないと思います。法に従って処分をくだすなら、エロイ様も文句は言えないでしょう」
(なるほど、さすがワルターだ。マティアスとは頭の出来が違うな)
「いいことを聞かせてくれた。確かに街の治安を守るのも軍の仕事だ。おまえの言う通りにしよう」
「お役に立てて光栄でございます」
カーケンとワルターは顔を見合わせ、満足そうに微笑んだ。
その夜――、
「一大事です! カーケン様、起きてください!」
自室の扉がドンドンと叩かれた。
カーケンは目をこすりながらベッドから体を起こした。まだ窓の外は真っ暗だ。
「ちっ、今何時だと思ってやがる」
悪態をつくが、異常事態が起こっていることはすぐに理解した。
今のはワルターの声だ。カーケンの睡眠をさまたげるのは御法度だと、よく知っているはずの男だ。
(あの冷静な男があんな慌てた声を出すとは、ただごとじゃねえぞ)
カーケンはベッドから降りると全裸の体にガウンを羽織り、スタスタと歩き出した。
「何事だ」
扉を開けると、廊下にはワルターと3人の兵士が立っていた。
「不死鳥軍団の兵舎が燃えています!」
「は?」
間抜けな声が出た。
「不死鳥軍の兵舎が火事で燃えているのです!」
ワルターは繰り返した。「マティアス軍団長とは連絡が取れません! すぐに現場までお越しください! すでに大量の死傷者が出ているようです!」
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