12.ダークブリンガー

 矢は頭に深く突き刺さっており、どう見ても助かりそうにない。


「父上ーーっ!」


 ルースは倒れたライジング公に駆け寄り、その体を抱きかかえた。

 俺はその様子を横目に、開け放たれている窓に駆け寄った。矢が飛んできたのはここからに違いない。


 この大広間は主塔キープの4階だ。公都ドーンポリスの西側の外壁に接して建っており、周囲に高い建物はない。

 窓から外をながめても、この部屋にいる人物を狙撃できそうな場所は見当たらない。


 ん?

 視界に一瞬、鮮やかな赤い色がよぎった気がした。公都の西にある山だ。あの山の中腹からなら、この部屋の内部を視認することは可能だろう。


 だが遠すぎる。ここからは500メートルは離れていそうだ。弓矢の有効射程距離ではない。

 矢を届かせるだけならば不可能とは言い切れないが、的を狙うのは無理だ。


 それにライジング公は窓際に立っていたわけではない。この窓を通過して部屋の奥にいるライジング公に当てるには、矢の軌道は放物線ではなく、直線に近い軌道でなければならない。500メートル離れた目標を直線軌道の矢で射貫いぬくなど、人間業ではない。


 ――いや、それが可能な者が1人だけ存在する。




 俺とティコは後の処理をルースに任せ、急いで王都に戻ってきた。


 街路を行き交う人波を避け、速歩で馬を走らせる。王城に着くと馬を降り、入り口脇の階段で3階まで上がる。

 目指す部屋の前には警備の兵士が2人立っていたが、俺が一喝すると怯えたように道をあけた。


「カーケン!」


 バーンと扉を開けた。

 カーケンは部屋の中央のソファで足を組んで座り、本を読んでいた。

 相変わらずの下品なビキニ姿で、その上に羽織っているのは深紅のマントだ。ライジング公が射られた部屋の窓から一瞬見えた赤色と、よく似た色合いだ。


「なんだ騒々しい」


 カーケンは本から顔を上げ、俺をにらみつけてきた。


「ライジング公を殺したのは、おまえだな」

「へえ、ライジング公は死んだのか?」

「何をしらじらしい! おまえが狙撃したんだろうが!」

「このアタシがやったという証拠でもあるのか?」

「あの状況で弓矢による狙撃ができる人間は、他に存在しない」


 俺は壁に立てかけてあるバカでかい弓に目をやった。アルゴール王国の国宝、『太陽破壊弓ダークブリンガー』だ。

 はるか昔、頭のおかしな職人が太陽を撃ち落とすために作った弓らしい。


「どうせ勝手に宝物庫から持ち出したんだろう」


 俺は巨大な弓を指差して言った。「おまえの技能とダークブリンガーが合わされば、太陽はともかく、500メートル離れた人間を狙撃することは不可能じゃない」


「ふん、仮にアタシがライジング公を狙撃したとして、何か問題があんのか?」


 こいつ、居直りやがった!


「それを問題ないと考えるのは、殺人に抵抗のない異常者だけだ。平和的な方法で選挙戦を行えとエロイ殿に言われたのを忘れたのか?」

「アハハハハッ! 笑わせやがる! 自分は殺人や暴力とは縁のない人間だとでも言うつもりか?」


 ティコが「確かに」とうなずいている。ぐむむ。


「カーケン殿下、ご無事ですか!」


 部屋にぞろぞろと兵士たちが入ってきた。先頭にいるひげ面の男は、たしかマティアスとかいう軍団長だな。

 マティアスは俺の顔を見ると、詰問するように言った。


「アクセル殿下、ここで何をしておられる」

「弟が姉に会うのに、何か問題があるのか?」

「問題がないなら普通に訪れればよいでしょう。なぜ警備の兵士を脅して部屋に入ったのですかな?」

「脅しに屈するような臆病な兵士に、警備を任せない方がいいぞ」

「確かに」


「何が確かにだ!」


 カーケンはマティアスを怒鳴りつけた。「ちっ、まあいい。アクセルは大好きなお姉ちゃんと話がしたかっただけだ。まったく、いくつになっても甘えん坊な弟だな」


「何を――」

「さあ、もう話は終わったからアクセルは帰るそうだ。マティアス、丁重に見送ってやれ」

「はっ」


 俺とティコは部屋を追い出された。




 決定的な証拠がない以上、カーケンを問い詰めても無駄だと判断し、俺たちは再びドーンポリスにやってきた。ルースも加えて今後の方針について話し合うためだ。今回はユリーナも連れて来ている。


「アクセル君に協力すると言っただけで殺されちゃたまらないよ」


 部屋に集まって会議を始めると、まずユリーナが不安を口にした。ライジング公はやはり助からなかった。


「あの狂った女でも、それだけの理由で諸侯を自ら暗殺するような危険を冒すとは思えない。ライジング公は何かカーケンを怒らせるようなことをしたんだろう。あいつは感情で動くところがあるからな」


「たとえ父上に何か非があったとしても」


 ルースが涙を流しながら訴えた。「俺は絶対にカーケンを許しません!」


「俺も同じ気持ちだ。これからは亡きライジング公に代わって俺に力を貸してほしい。カーケンと戦うこともあるだろう」

「はい! 全力を尽くすことを誓います!」

「ああ、頼りにしている」


「では今後の方針について、みんなで話し合いましょう。僕たちは運命共同体です」


 ティコの言葉に、俺たちは決意をこめた顔でうなずいた。


「あのう……ちょっとよろしいでしょうか?」


 とまどった様子で発言したのは、この部屋の主だ。「その重要な話し合いを、なぜ僕の部屋でやっているんでしょうか?」


 ニートだ。部屋の真ん中で車座になって話し合う俺たちを、ベッドに座ってながめている。

 彼とは久しぶりに会ったが、以前に比べて太ったようだ。手入れをしていない髪はボサボサにのびている。部屋から出ないためか、顔は青白い。


「神聖な引きこもり生活をしている部屋を、突然訪問して申し訳ないと思っている」


 俺は謝った。「ただ、君も話し合いに参加してほしかったんだ」


 ニートは不安そうな表情になった。


「ひょっとして、その運命共同体というのに僕も入ってるんでしょうか?」

「そうだ。君が隠者になろうとしているのはわかっているが、どうか協力してほしい」

「隠者? い、いえ、そんな立派な人になるつもりはないんですが」

「だが領主の地位をルースに譲ると言っているそうじゃないか」

「えーと、それは働きたくないっていうか、重い責任を負いたくないっていうか」


「そんなことを言いながら、ずいぶん立派な本を読んでるよねー」


 ユリーナが壁際にずらっと並ぶ本棚を見渡して言った。「これ、みんな戦争についての本だよ。戦史とか軍学書とか、難しそうな本ばっかり」


「なるほど、戦争が好きなんですか。諸侯の長男として生まれたからには必要な知識ってわけですね。さすがです」


 ティコは感心している。

 もちろん俺もだ。ニートは引きこもってはいても、自分自身を高める努力を怠っていないのだ。


「あ、いや、戦争が好きなんじゃなくて、戦争の本を読むのが好きっていうか」

「同じようなものでしょう」

「いや、全然違うんじゃないかな。自分が戦争に参加するなんて想像したくもないよ」


「当分の間は、戦いは俺に任せてください」


 ルースは拳で胸を叩いて熱い気持ちを表現した。「俺はアクセル殿下のために戦い、命を捨てる覚悟です。ですからライジング家のことは兄上にお任せします」


「ひょ、ひょっとして、僕に家を継げって言ってるの?」

「はい」


 ルースは真剣な顔でうなずいた。


「頼む」


 俺も頭を下げた。「ライジング公が死んだからには、誰かが跡を継がねばならない。君が新たなライジング公になるなら、誰も文句はないだろう」


「えーと、僕にそんな大役が務まるとは思えないのですが」

「大丈夫だ。救世主ドロンのような孤独な生活に耐えられる君なら、領主の仕事なんて簡単だろう。俺が王になった後も、諸侯として支えてほしい」


 ニートはなぜか助けを求めるように俺たちの顔を見回している。さっきよりも顔色が悪くなったようだ。

 やはり隠者になりたかったのかもしれないな。そんな崇高な生き方を捨てさせるのは心苦しいが、俺には彼のような優秀な配下が必要だ。


「大丈夫です、兄上。ライジング家の家臣は優秀ですから、政務は彼らに任せておけばいいでしょう」

「そ、そうかな」


 ルースの言葉で、ニートは多少ホッとした様子を見せたが、


「ただし君がライジング家を継いだことをカーケンが知れば、何か仕掛けてくるかもしれない。殺されないよう、身の安全には充分に注意してくれ」


 俺がそう続けると、「うーん」とうめいて頭を抱えた。

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