13.ティコの秘密

 ちょっと脅かしすぎたかな?

 ニートが震えているのを見て、俺は気の毒になった。


「カーケンを怒らせるようなことをしなければ大丈夫だ」

「はあ」


 まだ不安そうだな。仕方ない。


「ルース、君と300人の常備兵はドーンポリスに残しておく。当分の間はニートの護衛をしていてくれ」

「わかりました」


「いいんですか? せっかく自由に使える兵力を手に入れたのに」


 ティコは残念そうだ。


「エロイ殿の目もあるし、今はまだ軍隊を使う段階じゃない。いつでも動かせる軍隊を持っているというだけで、カーケンに対する牽制にはなる」

「でも不死鳥軍団は2000人ですよ。300人じゃ牽制にならないんじゃないですか?」

「まあ確かに。もっと兵力が欲しいところではある」

「じゃあ、さらに味方の諸侯を増やす必要がありますね」

「そうだな。だが、その前に不死鳥軍団の力を弱めておこう」

「そんなことができるんですか?」


「ああ、考えがある」


 俺はそう言ってユリーナに顔を向けた。「ユリーナ、頼んでおいた物は完成しているか?」


のこと? できてるけど、まさか、あれを使うの?」


「俺は必ず王になるつもりだ」


 一同に向かって力強く宣言した。「そのためなら、どんな非道なことでもやってやる」




 不死鳥軍団は規律正しいことで有名だが、それでも自由時間になれば兵士たちは酒場にたむろする。

 王都に戻った俺たちはユリーナに頼んで、兵士たちがどの酒場に集まるかを調べてもらった。


 夜になってから俺とティコはその酒場に入った。

 男たちの野太い声が飛び交っていて、耳をふさぎたくなる。俺のような静かに酒を飲みたい人間には、居心地のいい場所ではない。


「俺には蜂蜜酒ミード、こいつには薄めたエールを」

「はいよ」


 壁際の席に座って酒を注文し、店内をゆっくりと見渡す。客の半分以上は腰に剣を差している。不死鳥軍団の兵士たちだ。

 不死鳥軍団の内部情報を収集するため、これから彼らに聞き込みを行うのだ。酒を飲めば誰でも口が軽くなるはずだ。

 

「アクセル様まで来なくてよかったのに。こんなところにいるのが見つかったらまずいでしょう?」


 聞き込みはティコが1人で行うことになっている。俺はその付き添いだ。顔を見られるわけにはいかないので、フードを深くかぶっている。


「でも荒事になった場合、おまえじゃ自分の身も守れないだろ」

「僕はあなたと違って、なんでも暴力で解決するつもりはないんです。さあ、一杯飲んだら出て行ってください」


 確かにティコの人たらしの能力なら、兵士たちを怒らせずに情報を聞き出せるだろう。とはいえ、やはり心配だ。


「14歳の子どもが1人で酒場にいるのは不自然だと思うんだが」

「子どもが1人だから兵士たちは警戒しないんですよ。僕にすべて任せてください、必要な情報は必ず手に入れておきますから」


 ティコが譲らないので、仕方なく俺はカースレイド商会の本社で待つことにした。


 それから2時間ほど経ったが、まだティコは戻ってこない。

 俺は心が落ち着かず、部屋の中をぐるぐると歩き回っている。


「ティコ君が大丈夫って言ったんなら、そんなに心配しなくても大丈夫だよー。彼はそのへんの大人よりも、よっぽど周りが見えてるから」


 ユリーナは俺の様子を見て、呆れたように言った。


「そうは言ってもなあ。もしあいつに何かあったらと考えると……」


「ただの従者に対して過保護だねえ、君は」


 ユリーナはニヤニヤしている。「ねえ、前から気になってたんだけど、ティコ君って何者なの? 年齢の割には落ち着きすぎてる気がするんだけど。親はいないの?」


「あいつに親はいない。とある農村で住み込みの下働きをしていたのを、2年前にエロイ殿が拾って王都に連れてきたんだ」

「エロイさんが? なんで?」


 そうだな、そろそろこいつには話しておくか。


「俺が今から話すことは、他言無用だぞ」


 俺のただならぬ様子を察してか、ユリーナは表情を引き締めてうなずいた。


「ティコはローディガン家の末裔まつえいだ」


 そう説明すると、ユリーナは一瞬キョトンとした後、「ええええええっ!」と叫んだ。


「おい、声がでかいぞ」

「ご、ごめん。でも驚くでしょ。ローディガン家の末裔がまだ残ってたの?」


 ローディガンの一族は、300年前までこの国の王家だった。

 代々にわたって善政を続けていたが、『暴王』と呼ばれるローディガン・マーガーが即位してから、平和な時代は終わりを告げた。


 マーガーは周辺国に対して理由もなく戦争を仕掛けた。そして負け続けた。

 多くの金と人的資源を失った諸侯たちは共同で王に謁見し、無益な戦争をやめるように要求した。怒った王は、なんとその場で諸侯たちを殺した。


 こうして、ローディガン王家対諸侯連合の戦いが始まった。

 その結果、諸侯連合が勝利した。マーガーは処刑され、ローディガン王家の一族は根絶やしにされた。


 その後は諸侯たちの間で次の王をめぐって争うことになり、最後の決戦となったエクセラー平原の戦いで勝利したのが、我がヴァランサード家だ。

 以後はヴァランサード家が王家として国を治め続けている。


「エロイ殿はローディガン王家の末裔であるティコを隠術によって発見し、親父の元に連れてきたんだ」

「なんのために?」


「さあ? 隠者様の考えることはよくわからん。偉大な血を受け継ぐ者が下働きをして暮らしているのを、不憫ふびんに思ったのかもな」

「エルドール陛下もティコ君を見て、不憫に思ったの?」


「そんなわけがない。親父はティコがローディガン王家の末裔と知るや、すぐに殺そうとした。

 だがエロイ殿が許さなかった。ティコには何の罪もないし、昔の王族の血を引いているからといって、今何ができるわけでもないからな。

 エロイ殿はティコを俺の従者にすることを提案した。従者が欲しかった俺は喜んでティコを受け入れた」


 ユリーナはふうっとため息をついている。まあショックを受けるのも無理はない。


「この話を知ってるのは?」

「俺と親父とエロイ殿、あとはティコ自身だ。他の兄弟たちは知らないはずだ」

「そんな大事なことを、私に話しちゃってよかったの?」

「おまえなら構わない」

「うへへへ、そっかそっか。そりゃそうだよね」


 ユリーナは偉そうに腕を組み、満足そうにうなずいている。


「でもティコ君にとって、主人である君は、ご先祖様を滅ぼした家の子孫なんだよね。何とも思ってないのかな?」

「思ってないとしたら、どうなんだ?」

「ええと……復讐とか?」


 俺は腹を抱えて笑った。


「300年前の話だぞ? 今さら俺に復讐してどうなるんだよ。俺はティコを信頼しているし、あいつも俺を信頼してくれている。あいつはこの国の汚いところをその目で見ているから、俺が王になって善政を敷くことを望んでいるんだ」


「じゃあ、もし王になった君が悪政を敷くようなことがあれば、彼は君を見限るかもしれないね」


 こいつは嫌なことをはっきり言ってくれるな。


「ティコに見限られるようなことがあれば、それは俺の器量が足りなかったということだ。仕方がないと諦めるさ」


 そう答えると、ユリーナは見たこともない優しい目つきになった。

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