11.怒りの理由

 カーケンは今後の方針について話し合うため、自室に部下を呼び寄せた。秘書のワルターと、不死鳥軍団軍団長のマティアスの2人だ。


 カーケンは相変わらずのビキニ姿で、ソファで足を組んで座っている。テーブルの反対側に2人を座らせ、まずはワルターに現状報告をさせた。


「譜代諸侯のロンバード家、ティルバーン家、カプキン家、ハート家はカーケン様に味方するとの誓約書を送ってきました。さらに外様諸侯のラブローズ家も臣従を申し出てきています」


 カーケンは黙ってうなずく。


(バカな奴らだ。アタシが女王になれば、諸侯はすべて取り潰すつもりなのも知らずに)


 ヴァランサード王家が王国のすべての領土を支配し、完全な中央集権を成し遂げる。それがカーケンの目標だ。


「ですがレパード家ははっきりと敵対する意志を示しています。レパード公はカーケン様を討つために兵を集めようとまで考えたらしいですが、それはさすがに周囲に止められたようです」


 レパード公はカーケンが玉座の間で射殺したメリアーヌ王太子妃の父親だ。


「ちっ、メリアーヌは王位簒奪者だろうが。逆恨みをしやがって」

「いえ、父親が娘の仇を討とうと考えるのは当然かと」

「む……」


 カーケンに対してここまではっきりと意見を言う部下は、ワルターぐらいだろう。元々はカーケンの従者だったが、その能力を評価して秘書に抜擢した男だ。まだ24歳の若さである。


「それでレパード公はとりあえず怒りを収めたのですが、その代わりに遺児のマクシムをレパード家で引き取りたいと申し出てきました」

「ほう、それは結構な話ですな。マクシムが王家から出ていけば、王位継承のライバルが減ります」


「バカかてめえは!」


 カーケンは能天気な発言をしたマティアスを怒鳴りつけた。「そんなことをしたら、レパード公はマクシムを旗頭はたがしらにして反王家の兵を挙げることが可能になる。そうなりゃ他の諸侯も同調するかもしれねえだろうが!」


「も、申し訳ありません! 考えが足りませんでした」


(こいつは兵を指揮するのは得意だが、大局が見えてねえな)


「もちろんエロイ様と宰相殿は申し出を断りました」


 ワルターが報告を続けた。「現時点でレパード公が謀反を起こす可能性は低いと思います。ですが将来のことを考えれば、マクシムを渡すわけにはいきません」


(アタシが女王になれば、きっと謀反を起こすだろうな)


「不死鳥軍団はいつでも動けます。今のうちにレパード公領へ攻め込みましょう」


 またしてもマティアスがバカなことを言った。


「てめえの頭の中にはダンゴムシでも詰まってんのか! 攻め込むとすればレパード家が謀反を起こしてからだ! こっちから先制攻撃すれば、レパード家に同情した諸侯たちが敵に回るぞ!

 そもそもエロイが内戦を誘発するような行為を認めるとでも思ってんのか! 思ってるならおまえがあの若作りババアを説得してこい! 隠術で殺される覚悟があるならな!」

「も、申し訳ありません!」


 カーケンの剣幕に圧倒されたマティアスは、テーブルに額をつけて謝った。


(まったく……軍人は戦うことしか考えねえのか)


「今は目立った動きはしないほうがいいでしょう」


 ワルターが取りなすように言った。「カーケン様はすでにレイス殿下やアクセル殿下よりもかなり優位に立っていますので、無理をする必要はないと思います」


「その通りだ。だが甘く見るな。あいつらは何もせずに成り行きを見守るような腑抜けじゃねえ。自分が王になるために積極的に動いてくるはずだ」

「ですがカーケン様に比べれば2人とも小物です。彼らが王位継承で優位な点はただ1つ、男子であるということだけです」

「アタシが女に生まれたとか、そんなどうしようもねえことを気にするのは時間の無駄だ。それよりライジング家はどうなった? まだ何も言ってこねえのか?」


 ライジング公には直接会って、味方になるよう脅した。考える時間は与えてあるが、あの臆病な男ならすぐに屈服するだろうと思えた。


「まだ臣従するとの誓約書は届いていません」

「そうか」


「ライジング公は優柔不断な性格ゆえ、甥のアクセルに義理立てしているのでしょう」


 マティアスが意見を述べた。立ち直りが早いのは彼の長所だ。


「そのアクセル殿下ですが、現在王都を出ているようです。どこへ行ったかは不明です」


 ワルターの報告に、カーケンは眉をひそめた。


(あいつが動くとすれば国王選挙のためだろう。どうも嫌な予感がする)


 その時扉がノックされ、兵士が部屋に入ってきた。


「カーケン殿下、ライジング公から書状が届きました」

「ほう、ようやくか。見せろ」


 兵士から書状を受け取り、乱暴に封を切って中身を読み始めた。読み進めるうちに、どんどん眉間の皺が深くなっていく。


「あのカエル野郎、ふざけやがって!」


 カーケンは書状をビリビリに破り捨て、怒りをあらわにした。


「どうされたのですか? ライジング公はなんと?」

「アクセルに味方するから、アタシには協力できないそうだ」

「そうでしたか。ですが、そのようなこともあるだろうと予想していたではありませんか。ライジング家とアクセル殿下の結びつきは強いのですから」


「ワルター、そういうことじゃない。血縁を理由にアクセルにつくというなら、それならそれで仕方がないと諦める」


 カーケンは怒りに震えながら説明した。「だがライジング公は、くどくどとつまらん言い訳を書いてきやがったんだ!」


「どんな言い訳ですか?」

「『アクセルが怖いから仕方なく味方するのであって、カーケン殿下に不満があるわけではございません。ですから、どうかご容赦ください』だとよ!」

「ああ、それは……」


 カーケンの性格をよく知るワルターは、それで理解した。しかしマティアスは不思議そうな顔をしている。


「その文面のどこに、怒る要素があるのでしょうか?」

「わからねえのか! つまりこのアタシよりもアクセルの方が怖いってことだぞ! アタシは嫌われるのは平気だが、なめられるのは我慢ならねえ!」


 拳でテーブルを殴りつけた。この怒りを抑えられそうにない。


「だったら、アタシがアクセルよりも怖いことを思い知らせてやる!」




―――




 俺の命令により、ライジング公は家臣たちを大広間に集めた。


 ライジング家は俺に味方するということを、はっきりと内外に向けて宣言するのだ。そうすれば二度とライジング公が日和ひよることはないだろう。


「ライジング家はアクセル殿下が王になるため全面的に協力する。皆もそう心得て励んでくれ」


 俺はライジング公の言葉を聞いて、満足そうに微笑んだ。声に力がないのは気になるが、あんなことがあった後では仕方がないだろう。

 その代わり、公の次男のルースはやる気に満ちていた。


「野郎ども、返事はどうした! 殿下の御前だぞ、もっと気合を入れろ!」

「はい!!」


 ルースは父親に似ず熱血漢だ。自らライジング家の兵を率いて戦うことを約束してくれている。

 ライジング家の常備兵は300人だ。2000人の不死鳥軍団と比べると物足りないが、自由に使える兵力を手に入れたことは大きい。


 傭兵と農民兵を集めれば3000人規模の軍を編成することも可能だが、さすがにそんな目立ったことはできない。戦争をするわけではないのだから。


 ちなみに長男のニートはこの場にはおらず、今も部屋に引きこもっている。やはり隠者の素質がありそうだ。


「それではアクセル殿下、お言葉をお願いします」

「うむ」


 ルースにうながされ、俺は壇上に登った。


「エルドール王の第4子、ヴァランサード・アクセルだ」


 そう名乗り、立ち並ぶ家臣たちの顔をながめた。

 見知った顔が多い。ここは俺にとって本拠地同然だ。カーケンに奪われなくて本当に良かった。


「知っての通り父上は意識不明の状態で、王としての責務を果たすことができない。近いうちに次の王を決めるための選挙が実施されるだろう。

 俺は選挙で勝って王になるつもりだ。そのための最大の障害はカーケン王女だ。彼女はきっと卑劣な手段で俺たちに攻撃を仕掛けてくる。だが怖れることはない。ライジング家の力は諸侯の中でも抜きんでており――」


 ヒュッと空気を切り裂くような音が聞こえた。

 続いて背後から「むぐっ」という低いうめき声がした。何事かと振り返ると、ライジング公が倒れていた。


「なっ!? お、伯父上!?」


 そのこめかみには、深々と矢が突き刺さっていた。

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