9.ライジング家

「エロイさんは平和的に選挙戦を戦えって言ってるんだから、軍隊があっても使えないんじゃないの?」


 軍隊を手に入れようという俺の発言に対し、ユリーナが疑問を投げかけてきた。


「実際に戦うことはなくても、対抗できる戦力を持っているというだけでカーケンに対する牽制になる。それにエロイ殿の目が届かない所なら、軍隊を使うこともありだと思う」


「エロイさんは基本的に引きこもりで、王都どころか王城の外に出ることもありませんからね。いくらあの人でも、あらゆる場所を監視できるわけではないです」


 ティコも俺に賛成した。


「なるほどねー。それでどうやって軍隊を手に入れるの? 傭兵でも雇う?」

「それも悪くないが、金で動く傭兵はいざという時に信用できない」

「じゃあどうするつもり?」

「諸侯を味方につける」

「そっかー。諸侯なら自前の軍事力を持ってるからね」

「国王選挙で当選するためには、どのみち諸侯の支持を得る必要があるしな」

「それで、協力してくれそうな諸侯に心当たりはあるの?」

「確実に味方になってくれそうなのは、母上の実家であるライジング家だけだな」


 俺の母エメリアは、外様諸侯であるライジング家の出身だ。


「うーん、ライジング家ほどの強力な諸侯が味方になってくれるなら心強いけど……」


 ユリーナは疑わしげだ。


「間違いなく味方してくれるさ。現当主のライジング公バリトンは母上の兄なんだから」


 つまり俺にとっては伯父にあたり、幼い頃から家族同然の付き合いをしてきている。


「でもライジング公は優柔不断で事なかれ主義の人って評判だよ? 軍隊を貸してもらうことは難しいんじゃないかなー。だって、あのカーケンと敵対することになっちゃうでしょ?」


 そう言われるとそんな気もしてきたな。


「アクセル様、すぐにライジング公に会い、協力を取り付けてきてはどうでしょうか?」


 ティコが提案した。


「そうだな、そうしよう。おまえも一緒に来い」

「もちろんです。どこへでもお供しますよ」




 ライジング公が居住する公都ドーンポリスは、王都クラムセルからはゆっくり馬車を走らせても1日の距離にある。

 俺とティコは馬を駆けさせてドーンポリスまでやってきた。


 都市の周囲は高い壁に囲まれており、さらにその外側には水を張った堀がある。アルゴール王国でも屈指の防御力を誇る都市だ。

 西側の外壁に接して建つ主塔キープの頂上には、ライジング家の紋章である『太陽』の旗がひるがえっていた。


 俺たちは開け放たれた門を通って都市の内部に入った。

 ティコは街路を進みながら、物珍しそうにあたりをキョロキョロしている。2年前に俺の従者になったこいつにとっては、初めて来る町だ。


「アクセル様は幼い頃、この町によく来ていたんですよね?」

「ああ、ライジング公にはニートとルースという2人の息子がいて、俺たちは3人でよく遊んでいたんだ」


 ニートは俺より2つ上の19歳で、ルースは16歳だ。俺にとっては従兄弟いとこにあたるが、実の兄弟以上に仲がよい。


「聞くところによると、兄のニート公子は最近はずっと部屋に引きこもっていて、ほとんど人前に顔を出さないそうですね」

「そうだ。家庭教師も部屋に入れなくなった。食事も部屋に運ばせ、1日中1人で本を読んでいるそうだ」

「それは偉いですね」

「まったくだ。家を継ぐ気もないようで、ライジング家の当主の座は弟のルースに譲ると公言している。自分の生活を保障してもらえれば、それで充分だと」

「すごいですよね、諸侯の長男として生まれたのに権力欲がないなんて。孤独にも強そうだし、いずれは隠者になろうと考えているんでしょうか?」


 ティコの声音には心からの尊敬が表れていた。

 俺も同感だ。凡庸な人間は、勉強もせず働きもせず、人とまったく交流しない生活に耐えられるものではない。ニートには隠者の素質があると言えるだろう。


「身内から隠者が出れば、家族は誇らしいだろうな」


 俺とは正反対の生き方だ。ニートと比べると、自分がいかに俗物であるかを考えて恥ずかしくなる。

 それでも俺は王になると決めたのだ。弱き者たちを守るために。




 主塔を訪れて用向きを伝えると、すぐにライジング公との面会が許された。

 応接室に通された俺たちは、ライジング公と向かい合って座った。


「突然やってきてすまないな」

「いえいえ、殿下ならいつでも歓迎ですとも」


 ライジング公は人のよさそうな笑顔を浮かべて再会を喜んだ。

 なかなかの好感触だな。すぐに本題に入ろう。


「俺の父、エルドール王が倒れ、意識がない状態なのは知っているな?」

「ええ、おいたわしいことです」

「近いうちに国王選挙が行われることになるだろう。伯父上にはぜひとも協力してほしい。カーケンに対抗するため、軍を貸してくれないか?」


 そう頼むと、公の表情が曇った。


「軍を、ですか……。うーむ……殿下の力になりたいとは思うのですがね……」


 なんだ? 歯切れが悪いな。


「どうした?」

「実は数日前カーケン殿下がやって来て、国王選挙が行われた場合は自分に票を入れるようにと求めてきたのです」

「なんだと!?」

「エルドール陛下の危篤の報を聞いてから、王都に戻る前にここに寄ったとのことでした」


 カーケンめ……やはり油断のならない奴だ。親父の心配をするよりも、選挙が行われる場合に備えて動いていたのか。

 それにしても俺の身内であるライジング家に手を出していたとは。


「それで、当然断ったんだよな?」

「そうしたいのは山々だったのですが……カーケン殿下は『このアタシに逆らったら、どうなるかわかってるよな?』とすごんできたのです。私はあまりの怖ろしさに声も出せませんでした」


 くっ、ここまで意気地のない男だったのか。


「伯父上はライジング家の当主だろう。なぜカーケンごときを怖れるんだ?」

「ごときと言いますが、あの方の怖ろしさは殿下も知っているでしょう。それに公都の外ではあの不死鳥軍団が陣地を構え、こちらににらみを利かせていました。逆らえば何をしてくるか……」


 なんてことだ……。軍事力を持っているということは、これほど有利なことなのか。

 いや、いくら不死鳥軍団が強いと言っても2000人だ。城壁で守られた都市を落とすことはできない。


 他の諸侯であれば、脅迫されてもはねつけたはずだ。諸侯は王家に忠誠を誓っているとはいえ、自治権を有する領主なのだ。プライドも高い。


 カーケンはライジング公が弱気な人間であることを知っていたからこそ、脅しに来たんだろう。俺の力をそいでおくために。


「まさか、俺や母上を裏切るというのか?」


 非難するように言うと、ライジング公はあからさまに不機嫌な表情に変わった。


「裏切るとは人聞きが悪いな。私にとってはライジング家を守ることがもっとも大事だ。そのためならカーケン殿下にひざを屈することもやむを得ぬ。それとアクセル君、私は君の伯父なのだぞ? 言葉づかいには気を付けたまえ」


 くそっ、居直りやがった!

 カーケンにはひざを屈するくせに、俺に対しては強気に出られるのか! なめやがって!


「閣下、アクセル様は誰に対しても偉そうな態度をとるので、僕も困っているんですよ」


 ティコが口をはさんできた。「王子としてチヤホヤされて育ったから、そうなってしまったんでしょう。ある意味かわいそうな人なんです。どうか大目に見てやっていただけませんか?」


 ティコの言い草に腹は立つが、やろうとしていることはわかる。持ち前のの能力をつかって、ライジング公の機嫌をとろうとしているのだ。こいつの笑顔を見れば、たいていの人間は参ってしまう。

 だが、そうではない人間ももちろんいる。俺もそうだ。ティコの魅力は万能ではない。


「君はただの従者だろう。私たちの話し合いに口をはさむのはやめたまえ」


 そう言われては、ティコも黙るしかない。


「わかりました、軍を貸してくれとは言いません」


 俺は態度を改め、頭を下げた。「せめて選挙では俺に投票していただけませんか?」


「それはできないな」


 ライジング公は冷たく答えた。「投票は記名で行われる。カーケン殿下が女王になれば、後でどんな報復を受けるかわからぬからな」


「じゃあ俺が王になったら、裏切ったライジング家をつぶしてやるぞ!」


 と言ってやりたい気持ちを懸命に抑えて、俺は情に訴えることにした。


「俺にとってライジング家は家族なんです。母上もきっと悲しむと思います」


 しかしライジング公の不機嫌な顔は変わらなかった。


「エメリアはもうライジング家の人間ではないが、聡明な彼女なら私の立場を理解してくれるだろう」


 どうやら、これ以上の交渉は無駄なようだ。

 これで俺が王になる可能性は限りなく低くなった。身内であるライジング家でさえ敵に回る状況では、俺に味方しようと考える諸侯はいないだろう。


 俺は頭をかきむしりたくなった。完全にあてが外れた形だ。




「なんなんですか、あの人は! カーケンが怖いからってアクセル様を裏切るなんて! あんな臆病な奴に諸侯を名乗る資格はありませんよ!」


 主塔を出ると、ティコはライジング公に対する不満をぶちまけた。「あいつの股の間にぶら下がってる汚い玉を握りつぶしてくればよかった! どうせ何の役にも立たないんだから!」


 ティコが感情を爆発させるのを見ていると、逆に頭が冷えてきた。


「ユリーナが心配したとおり、俺の見通しが甘かったようだ。ライジング家は味方になってくれることを疑いもしなかったんだからな」

「まさかこのまま諦めるなんてことは、ないですよね?」

「当然だ。ここまでコケにされて黙っているほど、俺は寛容じゃない」

「それでこそアクセル様です! どうするつもりなんですか?」


「ライジング公はカーケンが怖いから、俺への協力を拒んでいる」


 俺は覚悟を決めて答えた。「だったら、俺がカーケンよりも怖いことを思い知らせてやるさ」

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