6.カーケン登場

 カーケンは俺の姉だ。エルドール王の第2子で、現在は20歳になる。

 ローレンと同じく王妃ベアトリスの子なので、有力な王位継承候補と言える。


 しかし女であることは不利な要素だ。過去に女王が存在した例はもちろんあるが、どうしても男の方が優先されるのだ。


 その理由は2つある。1つ目の理由は、多くの子を得るのが難しいことだ。


 男の王は複数人の妻を持つことが許されているが、女王は1人しか夫を持つことができない。これは生まれてきた子どもの父親が誰かわからない、という事態が生じるのを避けるためだ。

 また男は女よりも、高齢で子をもうけることが可能だ。


 王の子は跡継ぎとなるだけでなく、政略結婚の道具ともなる。たくさんの子がいるに越したことはない。


 そして女の王が敬遠されるもう1つの理由は、戦争が不得手と考えられていることだ。

 国家にとって戦争は避けられない。戦時には王が先頭に立って強いリーダーシップを発揮することが求められる。


 できれば自ら戦場に出て陣頭指揮をとることが望ましいが、女にはそれが難しい。

 と、一般的には考えられているが、カーケンについてはその評価はあてはまらない。普段から戦うことが大好きと公言しているし、実際に自ら軍を率いて戦功をあげているのだ。


 今まで王都にいなかったのも、軍と共に領内の巡検をしていたからだ。

 そのカーケンが王都に帰ってきたと聞き、俺はすぐに王城に向かった。あいつが動けば何か悪いことが起こる、という予感があった。


「僕、あの人が怖いですよ。何をするかわかりませんから」


 ティコは俺の隣で歩きながら、不安を打ち明けた。


「同感だ。あいつは単純なローレンと違って行動が読めない。だからこそ俺の不利になる動きをする前に止めないと」

「いくらアクセル様でも、あの人を止めるなんて無理じゃないでしょうか?」

「あいつは少なくともバカじゃない。話は通じるはずだ」

「あ、いましたよ」


 王城の前に着くと、黒い長髪の女がこちらに背を向けて立っていた。黒髪はヴァランサード王家の血筋の特徴だ。身長は俺よりも高く、立っているだけで実に目立っている。


「姉さん!」


 俺が声をかけるとこちらを向いた。相変わらずのビキニ姿だ。

 ビキニの上からは深紅のマントを、シジミの形の留め具を使って首に巻き付けている。シジミは言うまでもなく王家の象徴だ。


 信じられないことに、こいつは戦場でもこの恰好をしているらしい。肌を露出しすぎて防御力は皆無だし、目立つから敵の的になると思うのだが、この姿で先頭に立って戦えば兵士の士気は格段に上がる、と本人は言っている。


 カーケンは世間の評価では美女として扱われているが、俺にはまったくそうは思えない。その鋭すぎる目でにらまれると、殺されそうな気がする。


「よおアクセル、久しぶりだな」


 カーケンはそう言いながら矢をつがえ、弓を引き絞って俺に狙いをつけた。あまりにも自然な動作なので反応できなかった。

 この女は弓の腕前については俺よりもはるかに上だ。この距離で狙いを外すことはあり得ない。

 それにしても本当に殺そうとするとは、やはり頭がおかしい。


「アクセル様」

「動くな」


 ティコが俺をかばうように前に出ようとしたので、あわてて止めた。狂った女を刺激しないほうがいい。

 俺はカーケンをにらみつけ、問いただす。


「なんの真似ですか? 弟に対して矢を向けるなんて」

「ローレンが死んだのは、おまえの仕業か?」


 まさか、こいつも俺を疑ってるのか?


「なぜ、そう思うのですか?」

「おまえならやりかねないからだ」

「何を――」

「やったのか、やってねえのか、それだけを答えろ、アタシはうるさい男は嫌いだ」

「やってません」


 はっきりと答えた。俺は表情を変えずに嘘をつける人間である。


「そうか」


 カーケンは矢を放った。矢は俺の頬をかすめ、背後の木に突き刺さった。


「さすがだなアクセル。眉ひとつ動かさないとは」


 カーケンはニヤリと笑った。まあ、元々殺すつもりはなかったんだろうな。こんな人目があるところで殺人などできるはずがない。


「褒めていただき光栄です」

「ローレンを殺したのが熊じゃなくておまえなら、もっと褒めてやったんだがな」

「なぜですか?」

「あいつが死んだおかげで、このアタシが女王になる可能性が生まれたからだ」


 やはりこいつも王位を狙っていたか。


「あなたとローレンは兄妹で、母親も同じでしょう。悲しくはないのですか?」

「いいや、まったく。兄だからってなんで愛さなきゃならねえんだ?」


 俺も人のことは言えないが、こいつは家族に対する愛情をまったく持ち合わせていない。


「まあいい、ついて来い」


 カーケンはくるっと背を向けて歩き出した。

 言われた通りについていくのはしゃくに障るが、今はこいつから目を離すわけにはいかない。


「行くぞ」


 俺はティコに声をかけ、歩き出した。




 玉座の間にやってきた。

 すでに家臣たちが集まっていて、左右に分かれて整列していた。王妃のベアトリスと宰相のモイゲンもいる。カーケンが来るのを待っていたのだろう。


 そしてメリアーヌもいた。またしても息子を腕に抱き、当然のように玉座に座っている。国王選挙に向けて、マクシムが正統な王位継承者であることを印象付けようとしているのだろう。


 この暴挙をベアトリスや家臣たちが止めなかったのは納得できないが、おそらくは押し切られたんだろうな。2歳の幼児がいるのに手荒なことはできないし、今のメリアーヌは女王のような威厳を備えていて、逆らいがたい雰囲気があるのだ。


 カーケンは玉座の前に立ち、足を止めた。自分が女王になるつもりでいるのなら、心穏やかでいられるはずがない。


「カーケン殿、領内の巡検、ご苦労でした」


 メリアーヌが声をかけた。まるで上の者が下の者をねぎらう態度だ。

 カーケンは答えようとせず、弓に矢をつがえてメリアーヌに向けて引き絞った。


 まさかここでもやるとは……!


「誰の許可を得て、そこに座っている?」


 カーケンは弓を構えたまま、ドスのきいた声で問い詰めた。

 信じられない剣呑な光景に、居合わせた者たちは顔色をなくしている。ティコも同様だ。


 だがメリアーヌは眉ひとつ動かさない。その落ち着いた態度には俺も感心せざるを得ない。マクシムも笑顔のままなのは、母親が動じていないからだろう。


「この神聖な場所で武器を構えるとは、ヤンチャが過ぎるようですね。それでもこの国の王女ですか?」


 この状況で堂々と言い返すとは、やはりこの女もただ者ではないな。


「質問してるのは、このアタシだ。なぜおまえがそこに座っている?」

「まずは弓を下ろしてください。これでは話もできません」

「うるせえ」


 カーケンは矢を放った。

 矢はメリアーヌの眉間に深々と突き刺さった。

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