5.国王選挙
玉座は王権の象徴であり、王以外の者が座ってよいはずがない。
しかしメリアーヌ王太子妃の態度は清々しいほどに堂々としている。俺でさえ威厳を感じてしまうほどだ。
2歳のマクシムは母親の腕の中で笑っているが、もちろんこの状況を理解してはいないだろう。
「メリアーヌ殿、その玉座に座すことができるのは国王だけです。お立ちなさい」
宰相のモイゲンが
「意識が戻らないとはいえ、エルドール陛下はご健在なのですぞ! すぐにそこから離れよ!」
別の家臣はもっと強い口調で非難した。
「でも意識がなくては王としての務めを果たせませんでしょう? 国に王がいない状態は、あってはなりません。諸侯にはあなどられ、周辺国には付け入る隙を与えてしまいます」
メリアーヌは悪びれる様子もなく言い返す。「だから誰かが王の役目を引き継ぐ必要があると思うのです」
その誰かが、なぜあんたなんだと言ってやりたいところだが、ローレン殺しの疑惑を蒸し返して逆襲されたら面倒だ。俺が王位を狙っていることはまだ秘密なので、ここで目立つことは避けたい。
「確かにローレンの子であるマクシムならば、そこに座る資格は充分にあるでしょう」
ベアトリス王妃が言った。「でもあなたは違います! 神聖な玉座から、そのデカい尻をどけなさい!」
「お義母様、私のことよりも、まずはご自分のだらしない体を恥じらうべきではありませんか?」
嫁と姑は仲が悪いことが多いが、こいつらも例外ではない。
「な!? わ、私に向かってなんという暴言を!」
「お黙りなさい」
メリアーヌは姑に対してピシャリと言い放った。「マクシムは次期国王。そして私はその母親です。幼い王に代わって国を治めるのは私の務めです」
なんだと!? この女は摂政として実権を握ろうとでもいうのか!?
冗談じゃないぞ! それじゃあなんのためにローレンを殺したかわからない。
「マクシムが次期国王というのは、あなたの勝手な解釈です」
俺はさすがに黙っていられなかった。「我が兄ローレンは王太子でしたが、マクシムは違います」
「マクシムは王太子の長男ですよ」
「それは関係ありません。あなたはアルゴール王国の王位継承者がどうやって決まるか、ご存じないのですか?」
「長子相続が基本ではありませんの?」
「違います。王が自分の後を継ぐにふさわしい人物を王太子に任命することで、次の王が決まります。でも兄上が亡くなったことで、王太子の座は空席になりました」
「では改めて王太子を任命する必要があるということですか? ですが国王陛下は――」
「ええ、王が王太子を任命せずに死んだ場合、もしくは今の我々の状況のように王の意識がない状態では、別の方法がとられます」
「別の方法とは?」
「国王選挙です」
俺はそう言ってから周りを確認した。多くの家臣がうなずいている。
「まこと、アクセル殿下のおっしゃる通りです」
モイゲンが同意した。「そのような場合は、諸侯たちが次期国王にふさわしい人物を王族の中から選んで投票し、もっとも多くの票を集めた者が新しい王となります。前回の国王選挙が行われたのは、もう100年以上も前のことですから、メリアーヌ殿が知らなかったとしても無理はないでしょう」
諸侯とは王家から領地を与えられた者、または持っていた領地を王家に認められた者のことで、領主として独自に所領を支配している。
現在諸侯は108人いるが、2歳の子どもに投票しようと考える者はいないだろう。
「なるほど、そうでしたか。ですが諸侯による投票ならば、マクシムが選ばれるのは間違いないと思いますわ」
メリアーヌは思惑を否定されたにもかかわらず、強気な姿勢を崩さない。「諸侯にとって重要なのは王国の将来ではないし、ましてや王家への忠誠でもありませんでしょう? 彼らが考えるのは、自分の家を守ることだけです」
そんな諸侯ばかりではないと思うが、確かに一理あるな。
もし俺が王になれば、王権を強化するために諸侯の力を弱めることを考えるだろう。おそらくカーケンやレイスも同様だ。
野心的な人物が王位につくよりは、幼児が王である方が都合がいい。そう考える諸侯がいてもおかしくはない。
「今の発言は、マクシムが即位することは王国の将来にとってよくないと、認めたに等しいのでは?」
俺がそう指摘すると、キッとにらみつけてきた。どうやら痛いところをついたようだ。
「諸侯たちはそう考えるかもしれないと言っただけです! 私はマクシムが王になることが、この国のためになると信じています!」
メリアーヌは憤然として玉座から立ち上がった。「まあ今はここに座るのはやめておきましょう。あまり座りごこちのいい椅子でもないようですから」
「ふうん、そんなことがあったんだ」
俺はティコを連れてカースレイド商会を訪れ、玉座の間であった出来事をユリーナに話した。
「じゃあ次は、メリアーヌを殺す?」
ユリーナは過激だ。
「ローレンが死んだばかりなのに、そんなにポンポンと
「そうかなあ。熊に襲われたのは誰が見ても事故だよ。私たちの仕事は完璧だったもの」
「確かに、あれは見事な謀略でした」
ティコも続けた。「まさに完全犯罪です。あんな陰険なやり方を思いつくなんて、アクセル様はまさに悪のカリスマです」
こいつは俺のことをなんだと思ってるんだ?
「完全なんて滅多にあるものじゃない。実際メリアーヌは俺のことを疑っていた」
「でもエメリア様に言い返されて、とりあえずはその疑いを引っ込めたんでしょ? 結局は事故で片付けられてる」
「まあな。だがこのタイミングでメリアーヌが不自然な死に方をすれば、今度こそ俺が疑われるかもしれない」
「じゃあ自然な死に方をすればいいんですよ」
ティコが無邪気な顔で言った。「そうだ、マクシム君を殺してはどうですか? 幼児なんてちょっとしたことで死にますから、いきなり死んでも不自然じゃないです」
ティコは鬼畜だ。
「子どもを殺すような卑劣なことは、俺はしない」
「今さらそんな綺麗ごとを言うんですか?」
「綺麗ごとじゃない。これは俺のポリシーだ。王位を奪うためには強引なこともするつもりだが、子どもを傷つけるようなやり方は絶対にしない。また、民間人を巻き込むことも極力避けたい。俺が王になるのは弱い者たちを守るためなんだからな」
「目的のためなら手段を選ばないあなたが、そんなことを言うんですか?」
「まあまあ、わかってあげなよティコ君。君の御主人様は自分が外道であることを認めたくないんだ。だから綺麗ごとを言わなきゃならないんだよ」
「なるほど、自分は正義の側に立っていると主張するつもりなんですか。さすがはアクセル様、偽善者としても一流です」
「ぐむむ」
ひどい言い草だが、当たってるような気もするので言い返せない。
その時、応接室の扉がノックされた。
「会長、よろしいでしょうか?」
ユリーナの秘書が扉を開け、顔を出した。
「何かあったの、マーリン?」
「諜報員から連絡がありました。カーケン殿下が王都に戻ってきたようです」
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