#14 初めて使う技

 結局は何も持ち帰らないまま、来た森を引き返すことになった。


「バキラ、お前本当はヒーラーなのか?」


 あの時見たのは正真正銘回復魔法ヒールだった。

 しかし二つの職種を持つ冒険者というのは聞いたことがない。


「分からないけど、ヒーラー……ではない、と思う。私は暗殺職だから」


「それならヒールが使えるのは何故だ?」


「……前は、聖女だったから」


 驚きの告白をしたバキラ。


 聖女──それは教会に所属する修道女の一人


 聖国にいるとされる大聖女を頂点とし、その下には各国の教会に属する聖女がいる。


 もっとも神に近しい天性の存在と言われているのが聖女だ。


「聖女は、ヒーラーとか、そういう職種とか関係なく生まれた時から神聖魔法を使えるの」


「神聖魔法……?」


 すると突然こちらに振り向き至近距離で俺の顔──目を合わせてきた。

 ふわりと良い香りが鼻腔をくすぐってきた。


「ガヴィルは、秘密守ってくれると思う」


 どうやらこれは秘密の告白だったようだ。


「違う国から、逃げてきたの。捕まりたくないから、強くなるために冒険者になった。けど私、不器用だし面倒臭がりだから、なかなか上手くいかなくて。そんな時にヘイシスと出会った。以前は、ヘイシスとパーティを組んでたの」


「今は違うのか」


「……うん」


 曇った表情をしているバキラ。なにやら不穏な関係にあるようだ。


 だがこれ以上を俺から深掘りする必要はない。

 信頼されたのだから、こちらもそれ相応に秘密を守るだけのこと。


 森を抜け、街中へやってきた。


 その道中でとある人物を目撃した。


「カミラ!」


「──あ、ガヴィルさん!随分とお久しぶりですですね。あれからあの子たちのお世話は大丈夫ですか?」


「んぁ……あぁ、問題ない」


 双子を預かったのはもう半年も前のことになる。


 聖剣のクエスト受注の際にカミラと会話したのは幻覚だとでも言うのか。


「カミラの方こそ、今は何をしているんだ?」


「私は、見ての通り──ただいま休暇を謳歌中ですっ!」


 いつもギルドで目にするものとは異なり女性らしく可愛らしい私服姿のカミラ。


 どうやら今は本当に休暇中のようだ。


「ちなみに、いつからだ……?」


「二日前からです。今日が最終日なんですよー。また明日から副マスターの地獄の仕事が待っているんです……!」


 ガッツポーズをし明日へのやる気を見せるカミラ。


 聖剣のクエストを受けたのはまだ今日のことだ。


 それならいったい、あの時話したカミラは誰だったのか。


「分かった。ありがとな、それと休日中に呼び止めて悪かった」


「全然大丈夫ですよ。私とガヴィルさんの仲じゃないですか。そ・ん・な・こ・と・よ・り!ちょっとちょっとっ……!」


 顔を近づけ手で壁を作るようにして口元に持ってきた。


「なんでガヴィルさんがあの人と一緒にいるんですか?」


 バキラの方へ目配せしてそう言った。


「ちょっとクエストの道中で遭遇してな、どうせならということで一緒に帰ってきたんだ」


 本当にたまたまの出来事だ。俺だって驚いていたのだ。


「ガヴィルさんでも綺麗な人を前にしては男なんですね……」


「偶然出会っただけだぞ」


「そ、そうですか。それならまぁ、いいですけど……でもあの人、バキラさんには気をつけてくださいね。暗殺職の方なので、いつ背後を狙われるか分からないですから」


「あ、あぁ……そうするよ」


 カミラとはここで別れた。


 ギルドに向かおうと考えたが、あれが偽物のカミラであったのならその必要もない。


 カミラといいバキラといい、すでに二回も偽物に会っている。

 まず解決すべきはその偽物がどこのどいつかだ。


 聖剣が目的であるならば、ダンジョンであった謎の破壊跡と転移魔法陣はどうにも辻褄が合わない。


 あの城から聖剣を盗み出したのはドラゴンであり、そのドラゴンはおそらくシーナの倒したドラゴンと同一である可能性が高い。


 本来ボス部屋にいるはずのあのドラゴンが聖剣を盗めるのは、当然転移させられた後のことだ。


 城へ飛び、聖剣を盗みその後またあの荒野へ戻ったのだろう。


 そして聖剣の在処として城にあることを知っていた。

 つまりまだ城に聖剣があると思っていたわけだ。


 そうなると、ダンジョンでの謎人物と聖剣を狙う人物は全くの別物という答えにたどり着く。


「ガヴィル……?」


 気がつけばバキラが覗くようにして横から見ていた。


「どうした?」


「すごい難しそうな顔をしてたから」


「悪い、ちょっと考え事をしてただけだ。バキラ、この後用事あるか?」


「……?」



 ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊


 やってきたのはギルド内部にある地下の修練場


「こんな場所あったの、知らなかった……」


「物理攻撃系の冒険者だけが使える修練場だ。ここでひとつ、俺とお前で勝負しないか?」


 バキラの短剣の身のこなしを見てずっと思っていたことだ。


 ギルドが定めた冒険者ランクの一括りの中でも振り幅は大きく、どうしても力の差が生じる。


 バキラは間違いなくAランクの中でも群を抜いた実力者だろう。


「勝負……?何のために?」


「俺が勝ったら、バキラを仲間にする」


「仲間?パーティメンバーじゃなくて?」


「ああ」


 すると、バキラの表情が変わった。


「それなら、私が勝ったら───」


「……分かった、じゃあ始めようか」


 かくして、俺とバキラの全力勝負が始まった。


 序盤からフルスピードで仕掛けてきたバキラ。

 二つの短剣を自由自在に振り回し、流れるように斬撃を当ててくる。


 防戦一方でバキラの攻撃を受け止め続けていく。


 まるで表情を変えることなく淡々と、されど動きはまるで演舞を見せられているかのように剣筋が流れていく。


 途切れることなく浴びせられる斬撃にはその一節々に力の強弱があり、全くもって予測できない。


 靡く美しい長髪に全身真っ白の衣服を纏い、その実猛獣の如く重く速く斬り裂く姿はまさに異質といえる。


 あのとき森で見た動きとはまるで別次元だ。


「これがお前の本気か?」


「……そう」


「ならば俺も本気をもって相手するというのが剣士としての務め」


 生半可なものではバキラに通用しない。


 じじいから得た剣技をここで初めて使う。


「───〈猿乱狂剣舞ゼキロン〉」


 バキラの演舞に逆らうようにして乱れ斬撃を一瞬で放った。


 短剣を弾き返しざまに複数の斬撃を浴びせバキラの後ろへ抜けた。


「速すぎて、見えないよ……っ」


「勝負ありだな」


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