#13 いつの間に仲良くなった

 すでになくなっていた聖剣

 ドラゴンがそれを保持していたということ


 そして、当のドラゴンが本来ダンジョンのボスであるということ。


 段々と見えてきた。ダンジョンでの謎が。


「ねえガヴィル。あっち、人がいる」


 バキラが10時の方向に視線を向けながらそう言った。

 しかし俺にはバキラ以外誰の気配も感じられない。


「誰だ?」


「分かんない。デカい……男の人?何かと戦ってるみたい」


 森の中で魔物と交戦中のようだが、別に助ける必要もない。


『………グスッ』


 城の中から声がした。魔物か人か。


 玉座とは反対側、赤い絨毯の始まりにはこの部屋の扉がある。聞こえた声はその先からのようだ。


「どうせだ。確認しに行こうか」


 扉を開け、城の内部へ侵入した。

 明かり一つなく、ましてや窓も設置されておらず、昼間だというのに中は薄暗い。扉の隙間から差し込むほんの少しの光でなんとか視界は開けている。


『なんだよ……次から次へと』


 今度は明確に言葉が聞こえた。少年のような声をしている。

 声の出処はさらに奥の扉からだ。


 そこを開けると、地下へと繋がる階段があった。


「だいぶ下へ行くなこれ」


 暗闇の向こうにまで一直線に階段が伸びている。


「何も見えない……」


 当たりを照らせる魔法でも使えれば便利なのだが、生憎と魔法と縁のないペアが俺たちだ。


『ん〜あれ、もしかしてお客さん?』


 脳内に直接語りかけるよな気味の悪い声。


『いいよいいよ、退屈してたんだ。ぼく』


 そうすると、真っ暗闇に包まれていた階段を照らすようにして両端に火の灯った蝋燭が現れた。


 どうやら、俺たちの侵入は歓迎されているようだ。


「行くぞバキラ。このふざけた声の主に直接会おうじゃないか」


 階段をかけ下りるのでは手間がかかる。

 先が照らされていることだし、最短方法で突っ切るのみだ。


 体勢を階段の先へ頭を前にし、一段目を蹴りあげて落ちていった。


 終着点が見えるなり空中で体勢を整え、無事に最短で階段を降り切ることが出来た。


「ほんと、頭おかしい……」


 バキラが苦言を呈しているがそんなことは気にする必要ない。

 なぜなら、たった数秒遅れて俺の後ろに着いている。


 仲間としてはこの上なくポテンシャルに優れていると言える。仲間になるのなら、だがな。


 何も無い広々とした空間に来た。


「いい加減姿を現したらどうだ?」


『むむむ……客のくせに生意気だな。客なら客らしく、このぼくをもっと丁寧に扱え!』


 完全に真逆なことを言うやつだ。


「客を丁寧に扱うの間違いじゃないか?」


『………ふんっ、いいさ。僕の家を壊した仕返しだ。ここで死んで僕の仲間になれ!』


 ガシャンガシャンと音を立てながら歩いてきたのは、鎧を纏った兵士だ。


 剣を持ち、俺とバキラの前に立ち塞がった。


 しかし彼らが纏う鎧は見るからに錆び腐れ、剣身は刃こぼれがひどい状態だ。


「ねえ、あれ……顔が、ない」


「亡霊だ」


 鎧の中には黒い闇が漂っている。


 ここは城の廃墟。とするならば、生きとし生けることのないこの亡霊たちは元々この城の兵士だったのだろう。


 死体を操る魔法か、その魂すらも支配する強力な魔法か。


 何にせよ死人をこの世に再び呼ぶという行為は起きてはいけない禁忌とされている。


「今すぐにこの世から切り離してやる」


 迫り来る兵士の亡霊に刃を向けた。


 が、しかし一閃し斬り裂いたはずの亡霊には何一つ傷がついていなかった。


「っ……!」


 一斉に囲まれ仕方なく後ろへ下がった。


「どういう事だ」


「あれは、この世に存在しないもの。だとしたら、私たちにあれを倒す方法は、ない……?」


 俺の疑問に重ねるようにしてバキラがそう推測した。


 仮にそういう原理でいくならば、"この世に存在し得ないもの"として物理攻撃以外にもう一つの攻撃手段があるとも仮定できる。


 だがそれは俺には使えない。


「おっと」


 考えているうちにも亡霊は俺たちを追ってくる。

 動きは遅いため逃げ回っていれば当たることは無いが。


 どんなに剣を突き刺そうとも亡霊の体を貫通して全くダメージが入らない。


「ねえガヴィル」


「なんだ、いい案でも思いついたのか?」


「案っていうか、気づいたことがある」


 全ての武器をしまい、手に何も持たない状態でバキラが亡霊に近づくのが横目で見えた。


 何か策があるのだろう。

 そう思いながらバキラの様子を観察していた。


「うっ……痛い……」


「バカなのかお前は!?」


 亡霊に向かって腕を差しのべていたバキラ。


 次の瞬間には、当然の如く攻撃されて傷を負った。

 切れ味のない剣であったから軽い傷で済んだようだ。


「どんな策だよ……」


「物理攻撃じゃ、これを倒せないのなら、これにも、私たちを攻撃できないのかと、思ったから。オバケみたいに……」


「……なるほど」


 だけども、亡霊が空振った剣が地面に落ちた時にしっかりと当たっているのが見える。


 触られないから触れない、そう簡単な話でもないらしい。


「……〈ヒール〉」


 自らの傷口に手をあてがい、そう唱えた瞬間バキラの腕にあった傷は綺麗さっぱりなくなった。


 あれはヒーラーにしか使えない回復魔法……


「お前、ヒーラーなのか……?!」


 いや、それよりも驚くべきことが起きていた。


「亡霊たちが退いていく……」


 バキラの前に立ち塞がっていた亡霊が、輝く光を目の前にしてまるで怯えたように後退した。


「バキラ、もう一度、今度は亡霊に向かってヒールをかけてみてくれ」


「う、うん……〈ヒール〉」


 するとどうだろう。


 鎧の中の黒い闇がヒールの光によって照らされ、中身をなくしたように鎧だけが崩れ落ちた。


 聞いたことがある。

 回復魔法とは、その他の魔法とは全く異なるもので聖なる力を秘めていると言っていた。


 これで死人を成仏させることができたということなのだろうか。


『なんで……みんな………どうしてまた置いていくの』


 悲しみに満ちた少年の声が聞こえる。


『独りは、イヤだよ………』


「いつまでも縛られていては何も変わらない」


『え……?』


「例え大事な人が死んで二度と会えなくなっても、その人たちの意思は自分の心に残っている。お前がこの先どうなろうと、大切に思ってくれていた人が必ず背中を押してくれる。そこに生死は関係ない。だからお前が独りになることもない」


 意思さえあれば肉体の有無など些細なこと。


 少年が亡霊の兵士を操っていたのではなく、彼らが少年を守ろうとしていた。


 それは結局、魔法などという繋がりではなく意思によるものだったのだ。


『意思は、ずっと無くならない?いつまでもぼくの中にある?』


「なくなるもんか。俺のここにも、ずっと在り続けている」


 俺がそうであったように、少年もまた大切な人に守ってもらっていた。


 幼くしてこの世を去った少年の意思がこの城に残っているのは、かけがえのないひと時の思い出が詰まっているからだろう。


『ここを、壊してくれる?』


 気がつけば、倒れた兵士に寄り添いそっと手を置く少年の姿があった。


 その表情に悲しみはなかった。


「よろしくね───」


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