#12 さっきぶり

「なっ……!?」


 思わぬ遭遇をし、歩く足を止めた。


「ん………。あなた、だれ……?」


 会ってそう時間も経っていないから忘れるはずもないが、むこうはすでに記憶にないようだ。


「おいおい……もう忘れたのか」


「……ごめん、人の顔を覚えるのは、苦手だから」


 あの時とは異なり、女の顔からは何を考えているのか全く読めない。


 両手には短剣を持ち、全身真っ白な衣服には返り血と思われるものが無数に飛び散っている。


「はっ、もしかして人の血……」


「魔物のだよ」


 何を考えているのか分からない顔はどこか森の奥へ視線を向けている。

 頬に返り血をつけている女の横顔は、芸術とも思える肌と血の色のコントラストが映えている。


「お前はここで何をしているんだ?」


「クエストだよ……受けないと冒険者じゃなくなるって、言われたから……」


「そんなにクエストをサボっていたのか」


「前までは、そうじゃなかったんだけど、最近は全然受けてない……らしい」


「忘れてたのか?」


「……分からない。でも前は本当に、全く受けなくてもAランクのままだったの」


「……そうか」


 会話のテンポもそうだが、この女、何を言っているのか全く分からない。理解しようとしても耳を筒抜けるようにして内容が一向に入ってこない。

 理解しようとしたのが馬鹿みたいだ。


 とはいえ、この女がAランクの冒険者だというのは納得がいく。


「じゃあ──」


「待って……」


 ここで別れようと思い切り出したのだが、思いがけず呼び止められた。


「な、なに?」


 服の裾をつかまれ、不気味な空気を感じた。


 振り返り女の顔を見る。俺の服の裾は掴んだままに、何を考えているか分からない顔は至近距離で下から見上げるようにして俺を見た。


 そして不覚にも心が揺さぶられたような感覚に落ちかけたとき、女は言った。


「クエスト対象が、分からなくなったの……」


「は……?何を言ってるんだお前は」


「だから、何を倒せばいいのか分からないの。忘れた」


「……馬鹿か?」


 どこにクエスト討伐対象を忘れてくる冒険者がいるんだよ。Aランクまで上り詰めたやつがEランク冒険者みたいなヘマをするだろうか。


「っ……知るかよ。そんなことで俺を巻き込むんじゃねーよ。こっちだって面倒くせぇクエスト受けて大変なんだよ」


「お願い……。手当り次第魔物を倒してるんだけど、どんな魔物だったのか忘れたの」


 それでそんなに返り血を浴びているのか。


「いや、だから俺には関係ないだろ。悪いが自分で頑張ってくれ。第一、お前は俺と敵対する関係にいるのに、俺がお前を助けるわけがないだろ」


「それは、知らないって言ってる……。そんな覚えはないし、あなたの事も初めて見る……と思う、多分」


 何なんだコイツは……。

 できることなら二度と関わりたくないと思える。


「じゃあもうその事はいいよ。でもお前を手助けする余裕は俺には無い。だからここで俺とお前は別れるんだ、いいな?」


「じゃああなたに着いていく」


「じゃあじゃねーよ!お前ほんと馬鹿だな!!」


 ダメだ……話しているだけで疲れてくる。これ以上抵抗すればダメージを喰らうだけだ。


「そうすれば見つかるかもしれないし」


「もういいわ。好きにしろよ、ほんと俺の負けだ」


「……?何に負けたの?」


「……」




 道中姿を現した魔物は全てこの女が倒していった。群れで現れる魔物、単体で立ち塞がる大型の魔物、さらには魔物が姿を現すより前に短剣を投げて核に命中させている。


 手際よく、最も効率よく仕留めている姿は暗殺職に見られるものだ。


 しかし、奇襲を仕掛けるのが暗殺職の本質であり立ち回りだ。

 正面から堂々と殺しにかかるのでは、やはり暗殺者としてのポテンシャルを発揮できないのが普通。


 傍から女の戦いぶりを眺めていると、珍しくも知性を持った魔物が背後から狙おうとしていた。


「ギギャァァ……!」


 女が短剣を投げた瞬間を見計らい飛びかかったところを、横から脳天を突き刺した。


「暗殺者が背後の注意を怠ってどうする」


「……そういうのは、苦手なの」


 暗殺者としてのポテンシャルはほとんど無いか。ただの短剣使いだな。


「返り血をの考慮するならば首を削ぎ落とす殺り方はおすすめできないな。脳天を貫くか、核を破壊して消滅させたほうがいい」


「……分かった。ねえ、名前、教えてよ」


「んぁ?ガヴィルだ」


「ガヴィル……ガヴィル。私は、バキラ」


 変なタイミングで自己紹介をするものだ。


「ガヴィルは何をしにここにいるの?」


「聖剣があるっていうんで、そのクエストを受けている最中だ」


「その聖剣……?を欲しいの?」


「いや、そうじゃない。ただ退屈しのぎ程度に来ているだけだ」


「何処にあるの?」


「……城みたいなところにあるって聞いている」


「ふーん……」


 やけに話しかけてくるようになった。名前を教えあった瞬間から心を開いてくれたのだろうか。


「ねえガヴィル、お城ってあれのこと?」


「ん?」


 バキラが指をさす方向に視線を向けてみた。

 するとどうだろう、天まで伸びているのではと思うほど巨大な城が現れた。


 これだけ大きければ遠くからでも見つけられたはずなのだが、ここに来るまで全く気づかなかった。


「……魔法で隠されてた」


「そうか、だから気づけなかったのか」


 結果的に魔法を感知できないというだけで無駄な労力を割いてしまった。

 魔法職を悪く思えば思うほどそれだけ自分に返ってくるのが悔しくて仕方がない。


「お城、入る?あっちに門がありそう」


「……どうせ廃墟だろう。何も正規ルートで入るという決まりがある訳でもない」


「……?」



 ───ドゴオォォォオンッッ!!!!!!!



 辺り一帯の森林に大きく響いた破壊音


 真上から貫くようにして城にぽっかりとできた大きな穴からは陽の光が城の内部をよく照らしている。


 周囲には瓦礫が散漫し、廃れた外壁がボロボロと崩れている。


「……大胆」


「ははっ、これくらいしないと気が収まらないならな」


 内壁はというと、それほど腐敗しているわけではなさそうだ。


「ねえ、あれ見て。あっちにも穴がある」


「本当だな。俺たちと同じようにして破壊してきたのか、目的は……同じだったようだ」


 長く続く赤い絨毯の先には王の玉座と思われるもの。そしてその横には、"何か"が突き刺さっていたと思われる跡があった。


「もうない……?」


「ああ。残念ながら俺のクエストは失敗だ」


 聖剣がないのならこれ以上やることがない。帰って失敗という報告をする他ない。


「……」


 聖剣が刺さっていたと思われるその跡を眺めて、ふと思った。


 シーナが倒したドラゴンの巣にこれと似た形の聖剣が刺さっていた。


 そもそも聖剣が二本、三本とあるのだろうか。


 別にある天井を突き破った穴を見ると、ドラゴンの巨体でも通れそうな大きさであることが分かる。

 あれが仮にドラゴンが破壊した跡だとすれば、ここから聖剣を抜いたのもドラゴンであり、ここにあった聖剣はあの時見つけたものであるという可能性が大いに高い。


「もうそれしかないだろ……」

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