#11 聖なる剣があるらしい

 体格差がかなりあり、見上げる形で男を見る。


「チビガキが俺に何の用だァ?」


 これもきっとアレックスと同類の人種なのだろう。すぐこうして自分よりも弱いと判断した者につっかかろうとする。


「おいバカっ……!やめとけ!!」


「ぼげっ」


 俺が口を開けようとした矢先にアレックスが男を殴った。ど低い音が鳴り、殴られた男はその場で倒れてしまった。


「す、すいませんでした……!」


 ガタイのいい巨体のアレックスが腰を直角に曲げて綺麗なお辞儀を見せた。

 あの一件から心を改めたのは俺としても嬉しいことだが、受付嬢を助けるためとはいえ騒動を荒立てては意味がない。

 もう少し寛容になってもらいたいものだ。

 そんなことを思っていると、視界にカミラが写った。


「ガヴィルさん ガヴィルさん」


 奥からカミラが手招きしているのが見えたので近寄っていく。


「どうしたカミラ」


「むふふ、ちょうどガヴィルさんにぴったりのクエストを見つけたんですよ!」


 やけに気味の悪い上機嫌の様子だ。やはり見ない間に性格が変わってる気がする。以前とは違う、いやこれがカミラの本性なのかもしれないな。


「これを!見てください!」


 一枚の紙を顔の前に見せつけてきた。


「……『魔の森の深奥にささりし聖剣』……?」


 でかでかとした文字で書かれており、その下には地図が描かれていた。


「なんだこの胡散臭いボロ紙は……?」


「胡散臭くないですよ……!冒険者の方が見つけたお宝の中にこの紙が入っていたそうなんです」


「それならその冒険者がその聖剣とやらを取りに行けばいいだろう」


 勇者でもあるまいし、ましてや憧れてもいない俺には聖剣なんて何の魅力も感じない。

 その紙を見つけたやつが聖剣を手に取ればいい。人の見つけた宝を横取りするようなことはしたくないしな。


「当然その人が取りに行ったんですよ。聖剣なんて皆が手から喉が出るほど欲しがっている代物なんですから。だけど、失敗したんですよ、その人」


「失敗……?」


「この紙だけ手に持って戻ってきたんです。武器から何まで持ち物全てなかったんですが、この紙だけは離さず持っていたのだそうです」


「へぇ……」


 再三言うが聖剣には微塵も興味ない。しかしこんな面白そうな話が出てきたのなら退屈しのぎにもなるだろう。


「わかった、それは俺が引き受ける」


「だと思いました。でもガヴィルさんなら大丈夫だとは思いますが気をつけてくださいね。さっき言った冒険者の人はBランクだったので、少なからずBランク以上の何かがいるという事ですので」


「そうか……いや、それなら一人助っ人を連れていく。ちょうどアテがあるんでな」


 ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊


 昼だというのに辺りは薄暗く陽の光が入ってこない。

『魔の森』と書いてあるが実際は単なる魔物が出る森というだけだ。まだ入口付近の浅いところでは小さい魔物ばかり出現する。

 魔の森の深奥──ここよりも更に先へ進み、強力な魔物の出現率が高まる場所に聖剣が突き刺さっているというわけだ。


「あ、あの……それで、俺はどうしてここに連れてこられたんですか……?」


 何も聞かされずにここまで来たことに恐れをなして、怯えた様子で尋ねてきたのはアレックスだ。

 助っ人としてこいつをクエストに連れてきた。


「お前Bランク冒険者なんだろ?」


「え!?まぁ、そうですけど……」


 こいつがBランクに見合った実力があるのかと言えば俺には分からないが、そこらの冒険者よりかは纏っている風格が段違いだと感じられる。

 戦力にならずともアシスタントとしては使えるだろう。


「名前は……なんですか?」


「んぁ?ガヴィルだ」


 そう言えばこいつには名乗っていなかった。


「冒険者ランクは……?」


「Cランクだ」


「C……そうですか」


 森の奥へひたすら歩いているが、一向に地図が指し示すある建物が見えてこない。

 こんな場所に建造物があるというのが疑わしいが、聖剣はそこにあると示されている。


「が、ガヴィルさん!魔物の群れに囲まれてます!」


 いつからそこに居たのか、周囲の草陰からぞくぞくと現れた。

 中柄のウルフ単体ではさして驚異とは言い難いが、群れで襲ってくると少々手こずってしまう。


「お前はそっちをやれ!」


「っ、分かりました……!」


 大半の数のウルフを引き受け、鞘から剣身をさらけ出した。


 こちらの様子を見てタイミングを見計らっているのか、一向に襲ってこない。


「なんだ、来ないのか?来ないなら、こっちから行くぞ……!」


 低姿勢状態から力強く地面を蹴り、硬直するウルフどもに突き走った。


 ほどなく剣を握らなかった数十日間で胸の疼きは増していた。

 いや、これは単なる戦闘狂としての症状なのかもしれない。


 剣を振ることの高鳴りはいつだってその先の頂点まで響いている。


 今は剣の形だとかを一切気にすることなく、ただ敵を切り裂いていく。


 一匹二匹三匹と、首を削ぎ落とすスピードは段々と増していく。

 流れを意識することなく無造作に剣を振り回す今の俺は、傍から見ればそれはまさに戦闘狂なのだろう。


 すっかり数は減り、俺の持ち分は全て片付いた。最初に見た数と斬り捨てたウルフの数が妙に合わなかったが、アレックスの方から数匹こっちに来たのかもしれないな。


「おいアレックス、そっちは片付いたか?」


 元の位置まで戻りながらアレックスに声をかける。


 しかし返事はなく、二匹の死体が転がっているだけでアレックス本人の姿はなかった。


「えっ……死んだ?」


 ウルフにやられたのだろうか。Cランクの魔物とはいえ群れとなれば脅威になる。そう考えて大半を俺が請け負ったのだが、それでも無理があったのか。


「あーいや、死体は無いんだもんな……」


 となれば逃げ出したということになる。

 ウルフの襲撃から逃げ出したのか、はたまた俺から逃げ出したのか。


 いなくなってしまったものは考えても仕方がない。なにせ、俺には魔力を感知することも索敵することもできない。

 こういう時、剣士は何もできやしないのだ。


「……行くか」


 助っ人を連れてきたのに結局は一人で行くことになった。


 話し相手のひとりでもいるだけで退屈しのぎになっていたために、独り無言の時間というのは退屈でしょうがない。


「グルルルァ……!!!」


 進行方向に一匹のモンスターベアが立ち塞がっている。ヨダレを垂らして今にも腹を空かせているようだが、この森にはこいつの獲物となる弱小魔物はいくらでもいるだろうに。


「悪いが今は戦う気になれないんだ。お前だってこんな所で死にたくはないだろう」


 魔物には理性がないからそんな考えはないのだが。


「グッ……ガアァァ!!!」


 一瞬戸惑いつつも、通り過ぎた俺の背中を狙って飛びかかってきた。


「──ヤらねぇって言ってるだろ」


「クウゥン……」


 不機嫌なまま振り返って見せればおとなしく下がって行った。


 早く聖剣を持ち帰ってクエストを完了しよう。

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