#10 退屈しのぎ

 賑わう大通りから逸れた閑散とした街中


 知らぬ間に冒険者のランク昇格基準が上がっていて、いまだにCランクから変わらずに半年が経過した。

 不思議なことで、ここに戻ってきた途端時間の流れが早く感じていた。刺激のある日々を送るのと平凡に過ごすのでは、そういった体感が異なるのかもしれない。


 それこそ以前よりもクエストを受ける頻度は多くなっていても、どれも俺にとっては退屈なものでしかない。

 俺一人で効率よく片付けるわけにもいかなくなった以上、余計に時間がかかっていた。


 後ろから違和感を感じ歩く速度を上げた。

 すると聞こえてくる足音も確かなものとなり、小走りで追ってきていた。


 目先の曲がり角へ入る。


「あ、あれ……?」


「は……?んだよガキか」


「──うわぁ!?」


 曲がり角で姿を消したところでつけてきた奴の背後へと降りた。軽く脅そうとも考えたが、予想とは外れて正体は単なる子どもだった。


「何してんだ?お前」


 地面に尻もちをついた状態で涙目になっている。

 怯えているのか驚かされて腰を抜かしているのかは知らないが、待っていても言葉は返ってこない。


 見たところ至ってどこにでもいるような子どもだ。特別貧しいだとか、そういった外見ではないからだ。貧困街なんかに行くと稀に盗みを働く子どもが現れるが、ここはそんな場所でもない。


「はぁ……まぁいいよ。あんま人つけんなよ」


 本来真っ直ぐ進もうとしたため、曲がり角から出て左へ向かっていく。


「あっ……待っ、て。……お願い、行かないで」


 絞り出したような掠れた声でそう言った。

 足を止めたが振り返り戻るという選択には躊躇った。

 義理もなければ、俺の問いかけに対して一度黙った。自ら言うことでもないが俺はそこまで優しい人間だとは思っていない。

 面倒事が自分の足で俺に接触してきたのに、それをはい分かりましたと頷けるだろうか。

 これは俺の考える人助けではない。


 止めた歩みを再び動かそうとした。


 悪寒が全身を巡った。


「チッ……!」


 角を曲がるのではおそらく間に合わない。


 実物を見ずとも分かる強烈な気配を漂わせる存在に焦点を定め、壁に向かって剣身を一直線に突き刺した。


 壁を突き破り伸びた剣先は、されども対象に刺さることはなかった。


「………だれ、キミ」


 初めて見る冒険者だが、立ち構えには隙がない。


「女か……?」


「……どう見ても女だと思うんだけど、変なひと。でも、私の気配をよんで壁を突破ってくるなんて、思わなかった」


「あれだけ殺気を放ってれば嫌でもわかる」


 あの強烈な気配はこの女から出る殺気だった。それはこのガキに向けられたものに違いない。


「なぜこのガキを殺そうとする?まだ10もいかないような子どもだぞ」


「悪いけど、私は子どもだからといって、容赦するとか、手加減するとか、しないの」


「はっ……それは俺も同感だ」


 妙にテンポの遅い喋り方が無駄に癇に障る。


「殺すときは、いつだって理由がある。理由もなく、人を殺すなんて、殺人鬼と変わらない」


「じゃあその理由が何なのか言ってみろよ」


「なんで……?」


 首を傾げ問いただしてきた女の顔は本当に疑問に思っているような表情をしている。

 言動、態度、雰囲気全てが不愉快に思えてくるほどに、この女は場を支配するのがうまい。


 だいたい、腰まで伸ばした長い髪の毛を垂らしながら両手に短剣を構えるやつが他にいるだろうか。魔法職かヒーラーにいるような女だろ。


「……でも、いい。やめておく」


 手を下ろして、女から放たれていた気配がスっと消え去った。


「私じゃあ、あなたに勝てそうにないし」


「また違う時にこのガキを殺しにくるのか?」


「……もういい。その子への興味も失せたから」


 短剣をしまうと目の前から姿を消した。どうやらあの女は暗殺職の冒険者のようだ。

 でもそれなら何故あからさまな殺気を放った。暗殺職であれば気配を消したまま対象を暗殺することくらい容易なはずだ。暗殺する瞬間に気配を漂わせるのは暗殺者にとってあってはならないミスだ。

 駆け出し冒険者、と言うには無理がある余裕ぶりだった。


「おい、お前なんであの女に狙われてんだ?」


「っ………言えない」


「なっ……!」


 真正面から拒否したこのガキの目は俺をしっかりと見ている。それが何かを訴えているのがすぐに分かった。

 そうか、だからあの女は大人しくこの場を去ったのか。

 だがそうなると女は暗殺職でありながら魔法も使えるということになる。


「そうか。まぁ大変だったな。多分もうあいつはお前を殺しには来ないだろうよ」


 頭にそっと手をやると、全身から力が抜けて少年は静かに泣いた。




 ギルドは今日も賑やかで冒険者連中が騒ぎ立てている。ギルド併設の飲み場を作ったのはどう考えても間違いだっただろう。

 受付にまで笑い声が聞こえては話し声が聞こえなくなってしまう。


 そして今日も誰かが揉めていた。

 どうしてこうも血の気の多い冒険者ばかりなのか。


 受付近くで今にも殴り合いに発展しそうな二人がいた。受付嬢は困った様子で二人を宥めようとするも、聞く耳を持たず口論を続けている。


 だが片方は以前顔見知った人物であった。注意したのにも関わらずまた問題を起こしている。


「お、おい兄ちゃん。やめとけって、あの巨体に潰されちまう」


 口論を続ける二人に近寄ろうとすると、横からそれを止めてきた冒険者がいた。

 煽っているわけでもなく本気で俺を心配しての言葉に聞こえた。


「大丈夫だ」


「大丈夫って言ったって……あいつら二人ともBランク冒険者だぞ。あんなのAランク冒険者でもないと止められないって」


 へぇ……あいつBランクだったのか。


 間近まで接近するも興奮していて俺のことは見えていない。


「なぁ……騒ぎを起こすなって言ったよな?」


「──!」


 声に反応して片方の男がピタリと静止した。


「な、なんでお前がここに……!?」


「なんでって、俺も冒険者だからな。それより、これはどういう状況だ?」


 俺を見るなり怯えて縮こまる巨体の男。背中には立派な大斧が携えられている。

 そう、あの時俺が腕を切り落としたアレックスという名の冒険者だった。パーフェクトポーションによって再生したが、今ではものすごく後悔していることでもある。

 この事を話したら絶対怒るであろう人物も一人いる。


 いずれにしても、こいつの腕はあのままなくても良かったのではと思う。


「ち、ちち違うんだ。俺はただこいつが彼女を困らせていたから注意しただけだ」


 彼女というのはそこで困惑した表情でいる受付嬢のことだろう。


「あ、あの……その人の言ってることは本当です。私を助けてくれたんです」


「ふむ……そうか。じゃあそこのお前が悪いんだな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る