#9 子守りはしたくない

 無所属だった状態から一応はCランク冒険者としてギルドに所属することができた。

 カミラの計らいでランク不相応の待遇を受けられるというが、今は頭の片隅に置いとく程度でいいだろう。


 さらには、Cランクになるための試験として同行したクエストの報酬金の一部を貰えた。これは想定外の出来事が発生したことなどを踏まえたものらしいが、ギルドではなくカミラの独断によるものだ。

 曰く、


「5年もの間冒険者を休まれてたのですから、お金全然ないでしょう?」


 と、大層腹立たしい面と誇らしげに張った胸を見せつけてきた。ギルドの金を職権乱用で引き出したやつの見せる姿では無いような気がした。


 だが実際手元にあるものだけでは生活できそうになかった。

 冒険者から退いた後はろくに稼いでこなかったのだ。カミラにはいろいろと丸見えだったようだ。


 もっとも、俺からしたらカミラが何を考えているのか全く分からない。


「あっ、師匠……!」


 向かいから歩いてきたシーナと目が合った。


「ちょうどよかったです。私これからクエストで、師匠と会えない日が続いちゃうので会いたいと思ってた……んですけど、えっと、この子は?」


「………それ以上こっち来ないで」


 シーナが歩き寄ってくるその正面で小さい腕を大に広げて仁王立ちしているのはサラだ。


 俺とサラを数回交互に見たあと、何を思ったのか独りブツブツと言っている。


「サラとカイトだ。あの村で助けた双子だよ」


「あーあの時の……!良かったです元気になって。それで、なんでその双子と師匠が一緒にいるんですか?」


「簡潔に言うと、ギルドが僕たちを匿えないと言ってガヴィさんに全部押し付けたんです。あっ、申し遅れましたカイトです」


 すっと俺の前に出て本当に簡潔に話してくれた。なにより礼儀がとても正しい。

 なんてできた子だ。


「わっ……、えっと、シーナです。…………え、いやなんでそうなるんですか?じゃあつまり、この双子ちゃんは師匠が育てるってことですか……!?」


「そういう事になるんだろう。ギルドが全て対応してくれると思っていただけに衝撃的すぎる」


「はぁ……。それで、なんで私は動くことを禁じられているんですか」


 サラがさっきからシーナの前でずっと行く手を塞いでいるため、俺とシーナの距離は会話をするには少々遠い。


「この女をガヴィに近づかせるわけにはいかないの」


「この女……!?ていうか、そのガヴィって何ですか!それ私言ったことないんですけど!」


「ふんっ……私はそう呼んでって言われたけど、あなたは言われてないんだ?」


「なっ……!?」


 俺からは見えないが、サラが年甲斐もなくドヤ顔でシーナを見下しているような気がした。

 何を呼び名如きで言い争っているのか。


「そんな小さい身体じゃ私を止めることなんてできないよ」


「あぁっ」


 小さき防壁を突破して俺の目の前までやって来たシーナ。


「師匠……!なんでこんなにも師匠に懐いちゃってるんですか!?お菓子あげた程度で懐くような子どもにも見えませんよ」


「それは俺も不思議に思ってる。ただ助けてやっただけだし、サラに関してはあの時気を失ってたから俺の顔を見ていないはずだ。初対面でいきなり知らない男に抱き着く女もいるのかと思っていたんだ」


「いるわけないじゃないですか……!!ていうか抱き着かれたんですか!?あーもう……!」


 相手はいくつも離れた子どもだ。まだ甘えたい年頃なわけだし特別おかしなことではないように思うんだが。


 シーナとサラがバチバチに睨み合っている横で、カイトは落ち着いた様子で二人を見ていた。


「私もう行きますけど、あの女には気をつけてくださいね師匠」


「子どもだろ」


「それでもです!たぶん、いや絶対この二人が拒否したんですよ」


「拒否……?何をだ?」


「だって考えてみてください。国に属さないとはいえギルドというのはとても大きな組織です。支部だってここだけじゃないんです。そんな巨大な組織が幼い子どもたった二人を保護できないはずがないじゃないですか」


 だがカミラにはそれができないと言われたから俺がこうして二人を育てるしかなくなったのだ。


「あの男の子、カイトくんは大人しくて賢い子なのでしょう。バカな私には分かりませんが、あの子がギルドに頼んで師匠が保護する形にもっていったんじゃないですか?」


 人差し指をピンと立てながら推理をするように話し続けていくシーナだが、なぜカイトがそんな事をするのかが分からない。


「まぁ、後は本人たちに聞いてください。じゃあ、私行きますね師匠」


 そう言ってシーナはこの場から走り去ってしまった。


「………あのさ──」


「私はただの一目惚れ」


 俺が言うよりも早く、堂々たる面持ちで答えた。


「え、一目惚れ……?それってつまり、俺のことが好きってことか?」


「大好きなの」


「お、おぉ……」


 一切照れる様子なく告げられると、どう返せばいいのか困惑してしまう。

 ひとまわり年下の少女に好きと言われて俺はどう答えるべきなのだろうか。


「あー……じゃあえっと、カイトはその、シーナの言ったことは本当なのか?」


「はい、本当です」


 こちらも即答ときた。


「理由聞いていいか?」


「まず命の恩人というのが一番で、これはサラと一緒です。もう一つは、強くなりたいからです。ガヴィさんのように」


「………えっと、要は俺がお前を強くするって事で合ってるか」


「そういうことです」


 期待の眼差しを向けられては、目を背こうにもできない。子どもを養うだけなら俺が冒険者として稼げばいいだけの話だったが、強くするということは戦い方を教えるということだ。


 面倒臭いことに面倒臭いことが重なってしまった。今ここで逃げ出せないだろうか。


「私も私も。強くなってガヴィを守るー!」


「はぁ……マジか」


 もう諦めるしかないか……?

 何を考えても無駄にしか思えないし、考えれば考えるほど頭が痛くなる。なるようになるだろう。





 ────時を同じくして、ギルド────


「カミラさん、あの少年に二人を預けて大丈夫だったんですか?」


「平気よ、ガヴィルさんは。すぐにでもギルドでトップの冒険者になるかもしれないわ」


「そのガヴィルさんって」


「──あの」


 足音一つなく受付の前に現れた長髪の女は、クエスト受注をしてからすぐに去っていった。


「びっくりした……」


 突然話しかけられて心臓が止まったかと思った。


「あなたが気づかなくて当然よ。あの人、暗殺職だもの」


「えぇ!?あの女の人がですか。綺麗な髪の美人さんだったのに、あれで暗殺者なんですか……」


「その表現の仕方はどうかと思うけれど……。あの人はいつも無音で受付にくるのよ。私だって今まで何度も驚いてて心臓に悪いわ……」


「カミラさんでも気づかないんですか」


 副マスターが元々は冒険者だったという噂は聞いたことあるけど、前にギルドで冒険者同士の喧嘩を仲裁していたのを見たことがあるから本当なんだと私は思う。

 そんなカミラさんでも気づけないなんて……


 でも、あんな綺麗な人に暗殺されるなんてちょっと嬉しいかも。最後にいい匂いがして死ぬのかな。


「えへっ……えへへへ」


「キモイわよあなた」

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