第二章

#8 助けた双子

 目を凝らして手元の紙を見つめているカミラを前に、俺はじっと座って待っていた。


 イレギュラーなダンジョン出現に加えて不可解な痕跡が見つかった。そしてそれが今回のクエストと少なからず関係しているという。


 トーマスの死もギルド側にとっては大きな損失となるだろう。

 冒険者を名乗っている以上、死と隣り合わせであることは皆が承知の事だが、それでも貴重なAランク冒険者一人、抱えていた重要な戦力だった。


 カミラが詳細のまとめられた資料に目を向け始めてから、かれこれ30分は経過している。

 唸り声をあげたり資料を持つ手が震えたりと、紙に書かれた文章と格闘し続けている。


「っ…………はぁ、分かりました。今回の件は私個人としても耳の痛い話ですが、それでもガヴィルさんがいてくれて助かりました。もし三人のまま向かわせていたら、きっともっと悪い状況になっていたと思いますし」


 ひと息ついてから続けた。


「ダンジョンが自ら人を引きずり込むという特性は聞いたことがありませんし、ボス部屋が破壊されていたという事も踏まえて、一連の出来事が第三者によるものだということは確定でしょう」


 荒野に現れたドラゴンがあのダンジョンのボスなのだとしたら、その何者かはボス部屋からドラゴンを放つことが目的だったのだろうか。


「それで、その……ガヴィルさんが助けたという双子の子どもなのですが、先ほど意識が戻ったとのことです」


「おぉ、そうか。それは良かった。悪いがあの二人のことは頼んだぞ」


 村をなくし、親も失ってはこれから大変な事ばかりだろうが、どうか強く生きてほしい。


「いえ、それが……ギルドは保護施設ではないのでそういったことは承りかねるんです。ですから、その……よろしくお願いします、ガヴィルさん」


「え………マジ?」


 至って真剣な表情でそう告げたカミラが嘘を述べているとは思えない。いやでも、………え?


「マジです。本当に申し訳ないんですが、あの子たちのことはガヴィルさんに任せるしかないんです……!」


 そんなことは全く想定のうちに入れていなかった。目の前に救える命があれば手を伸ばすのは当然のことだが、助けた命を他人任せにするなと言われたら、いったいどう言い返せばいいのだろうか。


 いや想定を考えて人助けなどしないか。


「仕方がない。俺が責任をもって二人を預かるよ」


「ありがとうございます。あぁ……まさかガヴィルさんが父親になる瞬間をこの目で見ることができるなんて……!」


「ふざけんなよ……俺はまだ17だ!!」


 まだまだやりたい事が沢山あるんだ。

 子どもなんて作ってられるかってんだ。

 ………そもそも相手だっていないわけだし。


 とにかく、これは単なる一時的な保護であって本格的なものでは──


「うっ……」


 ギルドの受け付けまで降りてくるなり、不意に腹部へ強い衝撃が加わった。


「うぉっ……」


 そして立て続けにもう一つがまたしても腹部へ突っ込んできた。

 突進してきたその二つは離れることなく俺の腰をがっちりホールドしている。


「あらっ、とても懐かれてるじゃないですか。いいパパさんですね」


「やめてくれ、本当に困るって」


 二人して俺の腹に顔を埋めている。それでは呼吸ができないだろう。


「パパ……?」


 双子の妹の方が顔を上げた。手を離す気はまるで無さそうだ。


「違う。そしてお前ら大して幼くもないだろ、幼児ぶるんじゃねぇ」


「………パパ怖い」


 またしても俺の腹に顔を埋めた。

 いい加減離れてくれないか……そんでもって兄貴の方はずっと顔を埋めているが、死んでないよな。


「子どもたちに優しくしてくださいね」


「面倒臭いことになったな……」


 ギルドを出て街中に来たはいいが、これからどうすればいいのだろうか。


 ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊


「ガヴィルー、お腹減った」


 兄のカイトと、妹のサラ。

 カイトの方はいい。自ら妹を助ける正義感と真面目な様子が好印象だ。

 問題はクソガキワガママキャラのサラだ。

 事ある毎にワガママを言って俺の腕を掴んで離さない。正直とてもウザイ。

 だがグズるような感じではなく、どこか意図的なものを感じる。


「あー俺も腹減ったし、ちょうどいいか。どこか入ろうか」


「わーい!」


 上機嫌に飛び跳ねるも、俺の腕と繋がったままなため、腕が上下に激しく振り回されて肩がおかしくなりそうだ。


「ほ、本当にいいんですか?ガヴィルさんがサラのわがままなんて聞かなくていいんです」


「いいんだよ。それに、お前はもっと甘えろ。敬語もいらないし、俺のことはガヴィでいい」


 こんな小さい頃の俺なんかまだまだ親に甘えてたしわがままだって散々言っていた。


「あーー!それずるーい!私もガヴィって呼ぶ。ねっ、いいでしょガヴィ?」


「……好きにしろ」


「ふふっ──やった!」


 サラの嬉しそうに微笑んでいる顔を見ていると、不意に横目からこちらに近づいてくる男がいた。

 人で混み合うこの時間帯に対向する人同士がぶつかるなんてことはよくある事だが、この男は違った。


「わっ……!」


 サラを抱きかかえ、頭から突っ込んできた男をぎりぎりで躱した。

 右に左に蛇行するようにして吸い込まれるように向かってきた。

 通り過ぎると、その後はふらふらとした足取りで人混みの中に消えていった。

 おおよそ、こんな時間から飲んで酔っ払っていたのだろうが、あの男に気を留めたのは他にもう一つ理由があった。


 男の腰に据えられたもの。鞘は一直線上ではなく僅かに綺麗な湾曲を成していた。。

 あの形状は東洋から伝わる刀という武器だ。

 聞いたことはあっても実際に目にするのはこれが初めてだった。


「ちょ、ちょっと……!いい加減降ろしてよ、恥ずかしい」


 俺の腕に乗っかっているサラは両手で顔を覆い隠し、耳は赤くなっている。


「本当にいいのか?もう少し抱いていてやるぞ」


 人混みの中でこれだけ高くなれば見える景色も変わって楽しいだろうという考えのもと言ったことだったのだが、サラの反応は予想していたものとは異なっていた。


「抱い………!!?ま、まだ私には早いから!それに……こんな所じゃ恥ずかしいじゃない」


 照れているのか……?

 人の目がある中でこんな恥ずかしいことはできないということだろうか。

 サラを下に降ろしてやると、即座に俺の腹に抱きついた。こいつ、もしかして何かしらに抱きつく癖でもあるのか。大人になる前に変な癖は直さないといけないな。


「ガヴィさん。サラをお願いします」


 なぜかカイトがすごく丁寧にお辞儀をしてきた。


「お、おぅ……まぁ任されてるからな。とりあえずさ、お前ら。早く飯食いに行かね?」

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