#6 再会

「ジョズ、起きろ」


 頬を数回叩いてやると意識が戻った。


 気を失い怪我を負った双子がいる中でこいつをいつまでも寝かせておくのは場違いだ。


「おい、ガキじゃねぇんだからいい加減気持ち切り替えろよ?こんなところで気が狂うのも分かるが、子どもが危ない状態で助かったってのにお前の勝手で死なせるな」


 目は開いてるが、まだどこか虚ろでぼーっとしている。


「お前が俺たちを危険に晒すようなら容赦しない。トーマスと同じ道を辿ればいい」


 狂気の沙汰で判別がつかない点ではトーマスも今のジョズも何ら変わらない、邪魔なだけの重りだ。


「………ッ」


 トーマスの名を出すと、顔の表情筋が僅かにピクリと動いた。


「シオンと周囲を探してくる。だからお前はここでこの双子と一緒にいろ」


 襲撃にあった村の痕跡がまだ新しいのならば、まだ近くにいるかもしれない。

 ドラゴンであれば翼を使って遠くへ飛んでいってしまっている可能性もあるが、反対に戻ってくるということも考えられる。

 いずれにしても任せられるのはジョズしかいない。


「頼んだぞ」


 村を挟んで反対側へと進んでいく。


 この村に来るまでには何も見ていないので、仮にいるとすればこっち側だろうという考えだ。


 すぐそこまで緑の草原だったのが、ここに来て荒野に変わった。

 どう見ても土壌は死に植物ひとつ見られない、まさに灰の世界。

 まるで境界線を挟んで二つの世界が存在しているかのよう。


「あの人だけで大丈夫なんですか……?私も残った方が良かったんじゃ……」


「大丈夫だろう。あれでもAランク冒険者なんだし、実力だけでいえば任せて問題ない。それに、シオンにはいて欲しいんだ。意味もなくなってしまうからな」


「えっ………!?は、はいぃ……私でよければ」


 あからさまに照れた表情のシオン。


 今回のドラゴン退治は俺の役目では無い。対象のパーティ、つまりはシオンが倒さなければ意味がないのだ。

 ジョズにはそこまでできる状態ではないから置いてきた。メンバーの一人が死んだ緊急事態のこの状況ならば俺が多少シオンを手助けしてもいいだろう。


 結果的に俺が無事にCランク冒険者になる事ができればいい。


「ちなみに、ドラゴンってどんな魔物なんですか?」


「そうだな……まぁ一言で例えるなら、食物連鎖の頂点に君臨しているのがドラゴンだな」


「私たち人間よりも上ってことですか?」


「そうなるな。力も魔法も、頭脳だって全てが人間よりも勝っていると言われている。大昔には神とされていたらしいぞ」


「魔物なのに……?」


 人間はドラゴンを恐れている。圧倒的な畏怖の象徴とされているからだ。

 だから反対に、ドラゴンは俺たち人間という種族は眼中に無い。


「──!シオン、あれを見てみろ」


 色のない、灰の世界に一点だけ輝きを持つものがあった。


 黄金色に光り輝く杯に、宝石のようなものが積み重ねられている。これを宝の山と言うのだろうか、どれも市場に出れば一級品の値がつくに違いない。


「これって、もしかして聖剣じゃないですか……?!小さい頃に読んだ勇者伝説の本に出てきたものとそっくり……」


 一際目立つ剣が地面に突き刺さっている。聖剣がどういうものか見たことないから分からない。ただ異質のオーラを放っているだけに、ただものではないのだろう。


「引き抜いてみればいい」


「やって……るんですけどっ、これ全く動かないですよ………!」


 シオンが必死に引き抜こうとしてみるも、ビクともしていない。


 そうなれば俺も試さないわけにはいかない。ここで伝説の勇者としての器だったならば、俺は名実ともに剣の頂点に立てるかもしれない。


 なんてありもしない妄想を抱きながら宝の山に近づいていく。

 輝きを放つ杯の外面に自分の顔が写っているのが見えた。杯の内面、その湾曲状になっている部分。杯の中心に向かって、外側からゆっくりと近づく物体が見えた。

 当然ながら杯には何も入っていない───


 ──ズドオォォォン!!!


 とてつもない衝撃音、そして雑に響き渡る金属同士がぶつかり合う音が聞こえた。


「シオン──」


「私は大丈夫です……!」


 同じようにして宝の山から距離をとっていた。


 得てして遭遇した


 人間の数十倍ほどある巨躯に強靭な翼が生えている


 周囲の空気を一斉に変えてしまうほどの魔力を放っている


「そっちから来てくれるんなら好都合だァ………なぁ、ドラゴンさんよ……!」


 この目で見るのは初めてだ。

 相対するだけで押し潰されそうな気迫。ダンジョンで感じた以上の圧迫感。


 ──身体がまるで動かない


 図太い喉を転がせて唸り声を上げている。

 どうやら心底お怒りのご様子だ。


「さて、どうするか……───!?」


 一挙手一投足全て逃さず注視していた。図体がデカい分その全部を見ることができていたかと聞かれると分からない。


 それでも一瞬だった。


 詠唱も魔法陣も魔力のチラつきすら無かった。


 それってもう回避不可能なんじゃないだろうか。


「ガヴィルさん──!」


 気づけば後方に吹っ飛ばされていた。

 あと少し剣を抜くのが遅ければこの身体に穴が空いていたかもしれない。


「……俺がこいつの隙を作る!だからその時は任せたぞ、シオン──」


 剣を構えてドラゴンと対峙する。


 ──魔法と剣


 離れているほど魔法は強く剣は弱くなる。だから剣の間合いに入れるまで相手との距離を詰める。


 そんな愚考はとうに捨てた。


「二度はない」


 再び飛ばされた正体不明の魔法を剣で弾き飛ばした。

 地面に衝突したが爆発することなく地中に埋まった。


「お前鉛でも飛ばしてんのかこれ?」


「グアァァァア──!!!」


 雄叫びをあげてこちらに向かって飛んできた。


 それと同時に俺も走り出し、ドラゴンとの距離は一瞬にして縮まった。

 大胆にも凶悪な顎を広げて突っ込んできた。完全に俺を喰うつもりでいるようだ。


「ははっ、馬鹿かよ……!」


 前に差し出しているその顎を下から思い切り蹴り上げた。


「ッ───」


 一瞬体勢が崩れたもののすぐに立て直し俺の真上に浮いている。

 かなり力を入れた蹴りだったんだがドラゴン相手にはこれだけ軽いダメージしかない。


 真上から急降下しまた顎を広げている。

 なんというか全く考えないドラゴンだ。


 このまま落ちてくれば自分の顎が地面に衝突するとは考えないのだろうか。


 同じくして俺も地面を蹴り上げ上空へ跳んだ。頭上にはバカでかい口が開けられた状態で落下している光景が見える。


「お前は、向こうだ!」


 渾身の力を拳に込めて再びドラゴンの下顎に力の限りの強打を叩き込んだ。


 仰向けの状態で地面と平行に吹っ飛んでいった。


 もう二度とドラゴンは殴りたくない。鱗のない下顎とはいえ尋常じゃない硬さの皮膚を殴ればこっち側もダメージを食らう。


「───終了だ」


 ズドオォォォン!!!!!


 地響きとともに、宙から高速で落下してきたものによってドラゴンが地面に叩きつけられた。


 トドメの一撃は俺ではなくあいつの仕事だ。

 奥深くまで下顎に突き刺した剣を抜き、ドラゴンから降りたシオンがこっちに駆け寄ってきた。


「よくやったな」


「私はただガヴィルさんが飛ばしてくれたものに剣を刺しただけです」


「そうでも無いだろ。的確に一撃を入れられていたし、俺が教えたこともしっかりできていた。タイミングピッタリだったぞ」


「え………」


「お前、シオンじゃなくてシーナだろ?なんでか嘘の名前を言ったのか分からないが、さっきの一撃を見てふと思い出した」


 雰囲気から全てが前とは変わっていて全然気づかなかったが、シーナは昔俺がBランク冒険者だったときに助けて弟子にした子だ。


「っ………!覚えてくれていたんですね……」


 突然抱きついてきたと思ったら、俺の腹に顔を埋めて泣いているのが分かる。腹部が妙に湿っぽいからな。


「久しぶりだな。こんなに立派な冒険者になって。あの時からよくここまで頑張った」


「はい………!私、頑張りましたよ。師匠!」

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