#5 荒れ狂う草原その先で

 ダンジョン攻略は、最深部のボス部屋にいる魔物を倒すことで終わる。


 建造物ではないダンジョンには場所という概念が存在しない。ボスを倒すとダンジョンは自発的に崩壊を始め、やがて存在そのものが消滅する。

 そうして、ダンジョンに侵入した座標に戻ることができる。


 しかしながら、ダンジョン攻略の要であるボスがいないというイレギュラーなケースではどうなるだろうか。


 ダンジョンの深層に来ると、その最奥に一際大きな扉があった。

 ダンジョンの通路をまるまる塞ぐようにして立てられた扉はしかし、突き破ってできたような穴があいていた。


 人が余裕で通れるほどの大きさで、剛鉄の大扉を抉るようにしてできている。


「これは魔法だよ」


 ジョズが扉に近づき抉られた断面を見てそう言った。


「派手に火炎系の魔法を撃ったんだろう。その証拠に抉られた断面の一部が黒く焦げている」


 Aランク冒険者の分析であれば疑う余地もないが、それでも疑念が完全に消え去る気はしない。

 穴を斜め横から覗いてみれば、この大扉の厚さは人一人分が余裕で入れるほどだ。


「ジョズもこれくらいの魔法を撃てるのか?」


「………まさか。鉄を焦がしたことすら一度もない」


 それはつまり、ここを突き破って侵入したのは少なくともAランク冒険者と同等以上の実力者ということになる。


 穴を潜り、ボス部屋に入っていく。

 しかしながら魔物はおらず、何かが起きることもない。

 まさに強盗が侵入してもぬけの殻となった状態だ。魔物を拉致する人間がいるのだろうか。


 ───その時だった。


 足を踏み入れたボス部屋の地面全域が白く光り出した。


「クソっ………!転移魔法陣だ!!────」


 ジョズが大声で叫んだ。


 視線の先にいたシオンがその場から姿を消したと同時に、目の前の景色が白一色に染まった。淀みのない真っ白な光景にやがて色がつき始め、辺り一面に草原が広がっていた。


 三人一斉にここへ転移した。


 見渡す限り草原。木の一本すら立っておらず、目で得られる色は群青の空と黄緑の草原だけだ。


「ジョズ、戻れるか?」


「無理だ。できるわけないだろ………。転移魔法陣……?古い魔法書にしか書いていないおとぎ話の中の魔法だぞ。ハハ……どうなっているんだ、ほんと」


 本当に、何がどうなっているのか。

 これが人為的であり、ボス部屋の扉を突き破った者と同一人物であるとしか思えない。

 となれば、そいつは何かしらの目的を持っているのかもしれない。


「とりあえずはどう帰るかを考えるしかない。行くぞ、歩けばなにか見つかるかもしれないしな」


「は、はい……!」


 歩き出した俺の後ろに着いてきてくれたシオンだが、もう一人は立ち上がろうともせず、挙げ句の果てに天を仰ぎはじめた。


 ダンジョンで元々のパーティメンバーであるトーマスを亡くし、理解の及ばない魔法を使う者が現れたことによりジョズの精神は真っ直ぐ上を向かなくなってしまった。


 それでも、だからこそここでジョズを死なせるわけにはいかない。


「……そこまでする必要があるんですか、ガヴィルさん」


 意識ここに在らずのジョズを背中に抱えて歩く。


 俺はトーマスを殺した。どんな状況であれ、剣を抜いたのは俺だ。

 あの時、ジョズを殺そうとしたトーマスの首を斬ったことに後悔はない。だからここでジョズを見殺しにするという選択肢も俺には無い。

 それは意味を持つ行動ではなく、単なる意志を持っただけのもの。

 人間の心を捨てる気はさらさらない。


 変わらない景色を見続けながらひたすら歩いた。

 歩けど歩けど草、草、そして草。

 そろそろ方向感覚が狂い出してもおかしくない。周辺をぐるぐる回っていたとしたらもうそれは詰みだ。


「あっ、あれってもしかして村じゃないですか?」


 シオンが指をさしながら見つめる先には、確かに村らしきものがある。だだっ広い草原が終わった境界線に村ができている。


 だが、少し様子がおかしい。


 村のあちらこちらから黒い煙が上がっている。


「……行ってみるか」


 ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊


 村の近辺に来ると土煙が舞い視界が悪くなっていた。

 地面はボコボコと荒れており、クレーターができている。


 集落の家屋は見るも無惨に壊れていて、中には全壊寸前のものまで見える。

 立ち上る黒煙の真下には、真っ黒に焼け焦げた家屋の残骸があった。


「ひどい、こんなことって……」


 何がどうしてこんな事になっているのか。

 視界の悪さも相まって、村人一人見当たらない。


「シオン、悪い。こいつの所にいてやってくれ」


 ジョズを降ろして村の中へ走って行った。


 左右どこを見ても酷い有様だ。


「いったい何があったんだ……?」


 立ち上る黒煙と舞っている土煙から見て、惨劇が起きてからまだ時間は経っていない。

 盗賊に村を襲撃されたか、魔物の群れが通ったか。


「た……………て、………けて。………だれ、…か………」


 声がした。

 そう遠くない。すぐそこにいる。


「今助ける!」


 倒壊した家屋の瓦礫を急いで取り除く。

 すると下から男の子が出てきた。


「あっ………」


 俺の顔を見るなり、安心したように目を閉じた。見たところ10歳にも満たない少年だ。

 大量の瓦礫の下にいながら、こんな小さい少年が耐えていたことに驚きを隠せな───


「……奇跡だな」


 少年を発見し、抱きかかえようと持ち上げた時だった。


 少年の腕の中で丸まったように身を縮めた少女がいたのだ。

 気は失っているが、呼吸はしっかりとできている。家屋が倒壊する直前に少女を庇うようにして上に乗ったのか。

 そして少年と少女の顔が瓜二つに似ている。

 双子の兄妹なのだろう。少年が声を出していなければ、二人とも瓦礫に埋もれたまま気づくことはできなかったかもしれない。


「さすがお兄ちゃんだ」


 二人を抱えてシオンたちの元へ戻った。


 それからは他に生存者がいるか探し回ったが、残念ながら一人も見つけることはできなかった。


「これは誰の仕業なんですか……なんでこんな事する必要があったんですか。生き残ったのがこの子たちだけって、そんなのあんまりじゃないですか……」


 周囲の空気の流れが変わった。


「落ち着けシオン。その気持ちも分かるが今は感情を爆発させている場合じゃない」


 こうして双子の兄妹を助けたからには守り切らなければならない。

 小さな辺境の村が壊滅したその原因も探る必要がでてきた。


「俺たちの元の目的はクエストだ。この村の現状はとてもじゃないがクエストにあったのと似ている。無関係と言えるか否か確かめる必要がある」


 "辺境の大地に姿を現したドラゴン。近くにあった人の住む村は全壊、クエストを受けた冒険者も死亡した"


 これが仮に、クエストの討伐対象であるドラゴンの仕業だとしたら、放ってはおけないだろう。

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