#4 ブラックホールの先
5年前にも一度パーティで遭遇したことがある。
地上とは比較にならない魔力の濃密さゆえに、至るところで魔物が発生する。
魔力が結晶化したものが魔物の核となりやつらの生命源となる。
「言ってしまえば、魔物の巣窟のようなものだ」
それをダンジョンと呼称する。
「すごい……!魔法をいくらでも撃てる!」
襲撃してくる魔物をひたすら魔法で吹き飛ばしていくジョズ。
魔力濃度が尋常じゃないここダンジョン内では、魔法職の本領が最大限発揮することができる。
さすがはAランクの魔法職というだけあって、二人とも火力は申し分ない以上に魔物を瞬く間に倒してみせた。
ただひたすら魔物の殲滅に食らいついているジョズとトーマスだが、あの二人は魔法の代償を全く考慮していない。
もっとも、ただの付き添いである俺には口出しする権利すらないのだが。
出番のないシオンは二人の後方で大人しく様子を伺っている。
「……ガヴィルさん、ダンジョンから出ることはできるんですか?」
「この場合は最後までダンジョンを攻略するしか方法はないかもな。この穴を登っていくのはさすがに無理があるだろうし」
攻略してしまえばなんてことは無い。このダンジョンが攻略可能な難易度でさえあれば。
「なんにしろ、クエスト達成まで時間がかかるだろうな」
「ダンジョンは想定外の事態だし、クエストとは無関係だからガヴィルさんが手を加えても平気じゃないですか?」
なんてことの無いようにシオンがそう言った。
「……確かにそうだな」
「じゃ、じゃあガヴィルさんが」
「──けど別に俺が出る必要なんてないだろ。俺以外全員Aランク冒険者なんだ。今はEランクですらない俺にできることもない」
なんて自虐的なことを言いつつ、戦う気がないだけということを隠す。
魔法職の二人が相手しているのは有象無象のザコばかりだ。
どちらも火炎系の魔法を使うようだが、当たるなり塵となっている。
「むー……まぁいいですけど。でもそれなら、私の戦うところはしっかり見ていてください。後でどうだったか感想を聞きますので」
剣を抜き、二人が戦う前線へ突っ込んで行った。
ダンジョンを進んでいくにつれ、発生する魔物の数は急速に減って行った。
ただ量から質へと変わった魔物との一戦一戦は長期化することが多くなり、目に見えた疲労が彼らから窺えた。
倒しても倒しても湧いてくる魔物に対し、序盤は有り余る体力で殲滅作業に徹していた。シオンは途中から効率よく立ち回っていたため、ここに来てもそれほど息が上がっていない。
問題は魔法職の二人だろう。
かれこれ3時間は魔法をぶっぱなし続けていた。無尽に大気中に充満する魔力があろうとも本人の体力が尽きてしまえば元も子もない。
「はぁ……はぁ………はぁ………チッ、くたばれよ怪物がぁァ!!」
トーマスの様子が突然変わった。
「お、おいトーマス……?どうしたんだよ」
もうすでに身体が限界だったのにも関わらず、大人しそうだったトーマスが豹変したように狂いだした。
「ルァァ!!ハァァ……!!消えろォォ!!?!」
狂気の沙汰ではないトーマスはまたしても魔法を連続して撃ち始めた。
「……あの人、どうしちゃったんですか……?」
理性を失いただひたすらに魔物を攻撃し続けているトーマスは、傍から見ればそれはもう魔物よりも恐ろしい怪物だろう。
「シオンはダンジョンに来てから、なにか違和感はないか?」
「違和感……?あっ、そういえば少し動きずらさは感じました。なんて言うか、身体に重りが付いたような感じです」
「俺もそうだ。これは魔法職ではない俺たちだけが感じる違和感なんだ」
魔法の才能を持たないということは、同時に魔力に適性がないということと等しい。
そんな、魔力に適性のない人間が地上の何倍、何十倍も魔力濃度の高いダンジョンに入れば息苦しさを感じて当然だろう。
「魔力に適性がない俺たちとは違い、適性がある魔法職はむしろとても戦いやすくなる」
だが、必ずしもダンジョンが魔法職にとって天国のような場所だとは言い難い。
良い話には裏があるという。
「……落とし穴?」
「そうだ」
魔力が尽きないからといって魔法を無限に撃てると勘違いしていると、体の内側から魔力に侵食されてしまうという。
魔法使いのじじいから聞いた話だと、魔力とは時に摩訶不思議な力を生み出すが、また時には意志を持って人間を蝕む。
「トーマスの身体はすでに、魔力によって支配されている」
事実、狂乱状態のトーマスが放つ魔法は先刻に彼自身が放ったものよりも格段に火力が上がっていた。
魔物相手に魔法をぶっぱなし続け、やがてこの場に発生する魔物がいなくなった時。
理性を失い魔物を殺すことだけを求めていた狂人はそこで体力尽きて倒れるだろうか。
人間であることを忘れたこいつが俺たちを仲間と認識するだろうか。
「と、トーマス……?なにを───……」
ジョズへ振り返ったトーマスが左腕を差し向けた。
魔の力だというのに、どうしてか神秘的な光の粒が一瞬パラついた。
────スパッ
鞘から抜かれた剣は水平に一閃するとトーマスの首を斬った。
滑り落ちることも、傾き落ちることもない。ただ首に乗ったまま、全ての神経を断ち切られたその身体はゆっくりと崩れ落ちていった。
﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊
魔物が跋扈して止まないダンジョンにも、ひと時の休憩場所が存在している。
ここの空間では身体の重さを感じない。魔力の濃度が限りなく薄いのだ。
そのため、自然に魔物が発生することはない。
とても静かな空間だ。
「あの人は……大丈夫かな」
シオンの視線の先には、蹲っているジョズがいる。
「大丈夫ではないだろうが、今はそっとしておく以外ない」
適当に見つけた岩の上に腰を下ろすと、その隣にシオンが寄ってきた。
パーティに同行し始めてから度々感じる彼女の距離の近さは何だ。
なにか話があるのかと思い、切り出すまで待っていても一向にその気配はない。
これだけの距離にいながら無言を貫くのは至難の業といえるだろう。
「……………それにしても、凄いですねガヴィルさんは。あの場から一歩も動くことなく剣を振るなんて、私には到底できませんよ」
文脈がいくら褒めたものであっても、僅かに震えながら出すその声では矛盾してしまう。
「せっかくAランク冒険者になったのに、私なんてまだまだですね。ガヴィルさんの足元にも届きそうにないです」
間近に隣にいれば、触れていなくとも直に感情を読み取ることが出来てしまう。
「なにを………寂しがっているんだ?」
「え……いやいや、そんな。尊敬してるんですよ。冒険者の中でも強者の部類に入れたと思っていた私よりも、断然強いまだ冒険者ですらない人がいたんですから」
彼女の吐き出す言葉からは、自虐とも後悔とも羨望ともとれるものがある。
けれど感じるシオンの感情はただ一つの
いったい何がそんなにお前を寂しくしている?
感情とは裏腹に嘘の文章を並べるのは何故だ?
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