第一章

#2 Re:スタート

「………」


 真っ昼間の酒場といえど、すでに多くの冒険者が飲み食いしている。


「………ぷはーっ!」


「兄ちゃん……いくらなんでも飲みすぎだぜ。もうとっくに10杯は超えてる」


 カウンターで一人酒に溺れている男の周りには飲み干した大量の空ジョッキが無造作に転がっている。


「あぁー!?……いいんだよ俺ぁ。だいたいよぉ、なんで冒険者証なんぞに期限があるんだ……そっちの方がおかしいだろ?!」


「そんなの知らねーよ……」


 5年ぶりの王都、そして冒険者への復帰。それを目標にして来たっていうのに、ギルドへ行ったらまさかの期限が切れていた。

 今までAランクパーティとしてやっていた俺の実績が全て水の泡というわけだ。


「他の客に迷惑なんだ、こう何度も言わせないでくれ。これでも兄ちゃんのためを思って言ってんだ」


「るっせーな……俺はまだまだ飲み足りねぇんだよ!!?」


 10、20といくら酒を流し込んでも消えることの無い喪失感。

 強くなって、誰からも認められる力を得ることを夢見て冒険者の世界に入った。

 どれだけ自信を持っていたって冒険者ランクに飛び級という制度は過去例を見ない。地道な努力と積み重ねでやっとの思いでAランクという上位に入ることが出来た。


 それなのに、再登録をすれば最下ランクのEランクからスタートだ。


「──おい坊主、気味が悪ぃな。ここから出てけよ」


 俺の背後で立ち止まったやつがいる。


「はっ……なんでそんなこと言われないといけないんだ?俺はただ飲んでるだけだっての」


「お、おい兄ちゃん。言わんこっちゃねぇ……言う通りにした方がいい」


 酒場の店主が怯えた様子でそう言った。

 その次の瞬間、俺は椅子に立てかけていた剣を鞘ごと掴んだ。


「おいお前……これはどういうつもりだ」


「ははっ!どうもこうもねぇよ、気味の悪い坊主に痛い目を合わせてやるだけだ」


「俺は坊主じゃねーよ」


 随分と血気盛んな冒険者がいるもんだ。

 大柄な男が振り回したのは剣よりもデカく重い、大斧の武器だった。

 当たれば即首がはねただろう。


「こんな酒場で振り回すとかどういう思考回路で生きてんだ。人一人殺せば国の騎士団が飛んでくるぞ」


 街中での戦闘、殺人は紛れもない大罪だ。そうなればすぐさまBランク冒険者以上の手練精鋭が数人来る。


「いいやてめぇは坊主だぜ。なんせ知識が欠落してんだからな。冒険者同士のいざこざに国が首を突っ込むことはない。例え死人が出ようと、単なる事故で終わるだけだ」


 大斧を振りかぶり力いっぱい床を叩き割った。


「やべぇアレックスが乱闘を始めやがった!」


「逃げろ!巻き込まれるぞ!!」


 酒場で飲んでいた冒険者、店主がすぐさま店の外へ出ていった。


「オラァ!そのちっこい剣を抜いたらどうだ!?」


 カウンター諸共破壊し、力任せに大斧をブンまわしている大男。

 この数年で規制が変わったっていうのか!?

 それでも、これが冒険者同士のいざこざで済むのだろうか。


「これは……いくらなんでもやり過ぎだ……!」


 無造作にイスとテーブルを破壊していく男は、俺には一切攻撃してこない。破壊することに愉悦を感じているようにすら思える。


「冒険者同士なら例えどっちが死んでも構わないって言ったか?」


「……!そうだぜ坊主!テメェも一緒に破壊してやるよ!」


「………それは嫌だな」


 力任せに大斧を振り回すことしか能がない。動きはのろま、常に胴体がガラ空きだ。


 上段構えでそのまま突進してくる男の懐にもぐり、力任せに振り下ろす男の腕下にただそっと、剣筋を固定した。


「うわあぁぁぁ!!!?!」


 スラリと綺麗に削ぎ落とされた男の右腕と一緒に大斧も床に落ちた。


「っぐ……!う、腕が……俺の腕がぁぁぁ───!」


「うるせーって。少し黙れよ」


 加えて左腕を切り落とし、声にならない叫びを上げる男。少しはマシになった。耐えきれない痛みには人間、声すら出なくなる。


「お前、名前は?」


「はっ……へ………?」


「名前。お前の名前はって」


 赤黒い血が流れ落ちる腕の切断面に剣先をほんの触れる程度当ててやる。


「ッッッ!!ア、アレックス!アレックスだ!!」


「アレックスか。斧を持つにはぴったりの名前だ。それで、この始末はお前がやってくれるんだよな。こんだけ酒場ぶっ壊して、みんなのリラックスする場がめちゃくちゃじゃないか」


 見るも無残な状況だ。


「冒険者ならそれなりに金は稼いでんだろ?これ全て弁償しろ。いいな?」


「………っぐ、ハァ……ハァ………」


 俺の話を聞いているようでどこか目が虚ろな方向へ向いている。

 極度の貧血を起こしている。


「ったく……ほら、これ飲め」


 男の口に強引に流し入れた。


「うっ……あ、あれ?う、腕が……俺の腕がある……!」


 欠陥した身体の部位と身体の状態異常を全て回復させた。

 貴重なパーフェクトポーションをこんなやつに使うことになるとは思ってもいなかった。


「ここの物は全て弁償、そんでもってもう一度こんな事してみろよ?次は足と股間も切って二度と男として生きられなくしてやる」


「ひっひいぃぃぃ……!」


「分かったか?」


 顔面蒼白にして必死に頭を縦に振った。


 酒場を後にし、ひとまずギルドを訪ねることにした。


「あの、」


「あっ、さっき来たお兄さんですね。実は待ってたんです」


「待ってた……?」


「はい。ギルドの副マスターがガヴィルさんにお話があるというので、よろしければこちらへどうぞ」


「はぁ……」


 ギルドの副マスターが俺に話?

 ギルドマスターと副マスターは言わばギルドのトップ2の存在だ。

 何かある度に会えるようなものでもない。


 ギルドという大型の組織は国に属していないため、そのマスターともなると国の重鎮と対等の立場で交渉することができる。

 要はそれだけ凄いことが起きている。


「ギルド嬢の案内で、建物の奥へとやってきた」


 立ち止まり部屋の扉を開けた先にギルドの副マスターがいる。


「副マスター曰く、ガヴィルさんは全くもって緊張する必要はないとの事ですよ。私でしたら一端の身なので緊張しまくりですけども」


 アハハハと言いながら扉をゆっくり開けた。


 想像とは打って変わり女性だった。歳はさほど行っているようには見えず、俺と近しいくらいだ。

 何より、彼女の髪の色に目がいった。鮮やかなエメラルドグリーン色の髪の毛はこれまでにたった一人しか見た事がない。


「カミラか!」


「──……お久しぶりです、ガヴィルさん」


 このギルドで受付嬢として働いていたカミラ。俺のパーティがクエストを受けるときはいつもカミラが案内をしてくれていた。


「大出世だな」


「はい!おかげさまで」


 屈託のない笑みは5年経っても変わらずにいた。


「さきほどガヴィルさんの名前が耳に入った時は驚きました」


「カミラには何も言わずに出ていったからな。せめて一言伝えていればよかった、悪いな」


「いえいえ、大丈夫です。こうしてまた会えたのですから。それで、冒険者証の再登録をしに来たという事でいいんですか?」


「あぁ、また一から始めようと思う」


「その事なんですが、ガヴィルさんならCランクからのスタートが可能になるかもしれません」

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