第14話 

 迅は酒呑と出会う前と、それほど変わらない日常の中にいる気がしている。変わったことと言えば、酒呑が飯を食べに来ることぐらいだ。

ああ、それから食卓の肉が牛豚鳥以外が結構増えたか。


それと、納品するお菓子の種類や数がそれなりに増えた。


カステラプリンは、箱庭産の卵と牛乳でなくとも多少の効能はあったそうだが、それよりも美味しいと評判だと言われている。


それならと、他の人ともレシピを共有し数を増やしてみたところ名物となりつつあるとか。


迅の作った分は、効能がある為、プレミアムとか何とか付けて、多少お高くなっている。


「このまま道の駅の定番のお土産にしたいですね」

いい笑顔で綿貫はノリノリのようだ。


(そう考えると、結構変わったか ? )

と思ったが深く考えるのはやめた。精神衛生上、大変麗しくない。自分が妖物に慣れつつある現状を受け入れ難い。


だが、確実に日常も感覚もそれらが入り込んでいる。


「こんなのが跋扈しているって。ちょっと遠慮したい」

ふと、酒吞が持ってきた獲物を眺めていたら口に出ていた。その匂いに顔をしかめる。


全長1m強ほどのそれは、なんか手足のある肉の塊の様なモノだった。ぷよぷよしていて、食欲はそそらない。それに、匂いが堪らなく嫌な匂いだ。


「ああ、珍しいんで持ってきた。俺も本当に久方振りで見つけた。

コイツは美味いんだぞ。ただ食われたくないから、嫌な匂いを発しているが」


「ああ、そういうのってあるよな」

二人で話しているところに、祖父が帰ってきた。庭の獲物を見て


「おう、久方振りに見たぞ。ぬっぺふほふじゃねえか。でかした酒吞 !

この肉は、他所に分けてやってもいいか」

「構わん」


祖父は喜んで、連絡を取るために家へと跳んでいった。呆気にとられた迅をよそに、戻ってきた祖父は検分している。


迅からすると、あの匂いにあのぷにぷにを良くも触れるものだと、感心してしまう。


「初めてだと、この匂いはキツイよなあ。でもな、この肉は薬効成分が高い。不老不死の仙薬になるとまで言われているんだぞ。その処方は、未だ不明だがな。

だが、それ以外でも薬の原料として珍重されているんだ」


「誰か、具合でも悪いか」

薬になると聞いて、祖父の喜びようからもしかしたらと、思い至った。


「いや、今は特にはな。だけど処理しとけば、後で使える。また、病に罹った者が出るやもしれないんでな。いろんな処理はコリでしてもらう」


酒吞はフンっと横を向いた。祖父はそんな酒吞を見て、とても穏やかに少し淋しそうに笑った。


「やっぱり、お前も気にしてたんだな」

そう呟いた声は、迅には届かなかった。


迅は知らない。祖母が罹った病の特効薬がこのぬっぺほふを使った薬だということを。


だが、あの時はいくら探しても見つからなかったのだ。その事を、祖父も酒吞もずっと引っ掛かったままだったのだろう。


「今更、ではあるんだがな」

「いや、喜ぶさ。まだあれは見つかっていない。また誰かが引っかからないとは限らないからな」


二人の会話は、作業をするため奥へ引っ込んだ迅には聞こえなかった。



 祖父は堂々と狩りに行くようになった。村の会合だなんだと今まではごまかしていたのだが、それを止めたのだ。それで迅がお弁当やら自作の薬やらを持たせるようにもなった。


そんなある日の事、祖父が帰ってきて開口一番、

「すまん!」

ときた。驚く迅に続けて言うには、

「お前の作った傷薬を狩りに持っていっただろう」


「いや、そのために持ってってもらったんだから。それで」

何となく、嫌な予感がする。

「でな、俺は怪我しなかったんだが」

その姿を見てそうだな、良かったなと思っていると、

「一緒に行ってた奴が怪我してな。まあ、大した事じゃあなかったんだがな」

それでも念の為迅の薬を使ったところ、その効き目を見て驚いたそうだ。


「お前、傷口がすぐに塞がるとか、何だあれ」

「いや、異世界の薬ってあんな感じだった。まあ、病気対処法は全然だったんだが」


「で、一緒にいた薬師のいっちゃんが興味を持ってな」

誰だろう、薬師のいっちゃん、そう思いながら、

「で、」


「明日、お前に会いに来る」

決定事項のようだ。祖父の目がそう語っている。

「なんで ? 」

「お前の薬について、聞きたいそうだ」


「おう、坊主。でかくなったなあ。俺を覚えているか ? 」

ガタイがよく、声のデカいおっさんがやってきた。身長は低めだが、ガッシリした身体つきと雰囲気で、なんかデカく見える人物だ。


何処かで見たかなと思っていたら、薬師のいっちゃんは、雑貨屋のおじさんだった。

子供の頃に田舎に遊びに来た時に、駄菓子を買いに何度か行った事がある。顔はうろ覚えだが、このでかい声は覚えていた。


「いや~、いいねあの薬。うん。単刀直入に言おう。対価は払う。作り方を教えてくれんか」


「それは良いけど。でも簡単には作れないと思うぞ」

「何だ、菓子と同じでお前さんの能力がいるのか」


「いや、箱庭で育てている薬草で作っているんだ」

と言うことで、箱庭に案内する事に。


「これらの薬草か。確かに、俺は知らんな。見たことのない。これは外では育てられぬのか」

「試したこと、なかったな」


「少し株を分けてくれんか ? 」

「箱庭、よかったら少し分けてくれないか。外でも育つか試したい」


気がつくと足元に全種類の株が10本ずつ箱に入っておいてある。株は一つずつポットに植えてある丁寧な仕事だ。


「これを外で栽培してみよう。うまく育つようなら、薬にして薬効を比較してみるか」

雑貨屋のおじさんはウキウキしながら、軽トラの荷台に苗を積み込んでいく。


「植物なんで、育てた場所で薬効が変わったりするからな」

結局、薬草がうまく育ったら調薬方法を教えることとなった。


「この前のぬっぺふほふといい、最近は楽しみが続くな」

おっさんは上機嫌だ。


酒吞が中に立ち、薬草の育て方、薬効の保持する方法などを箱庭から教わることになるのは、もう少し先の話になる。




気がつけば★が200を越えています。皆様、本当に有難うございます。


まだちょっと、色々ありまして。コンスタントに書けない状況です。気長にお待ちいただければと思います。

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