第7話 平穏の裏側


 「この家は、あの洞窟の番人なんだよ。まあ、村自体がそうとも言えるが、最前線がココだな」


 古き時代から魔物の湧く洞窟がある。世に妖怪変化、魑魅魍魎の話が囁かれるのは、こうした洞窟から魔が湧くからだ。

この家の裏山にある洞窟は、そうした魔が湧く洞窟の一つである。


湧いた魔は、この土地に住むモノ、別の地域に旅立つモノ様々とある。人に害をなすモノは、力を持つ人によって滅されていった。

その地域の者は、洞窟から湧く魔を屠ってきた者の子孫でもあるという。


魔の中には人に近しい者もいて、人との婚姻を結ぶ者もいた。異類婚で結ばれて生まれた子は、混じり者と呼ばれ、不思議な力を持つ者が生まれるのが常であった。

この地の者達には、そうした祖先を持つ者が多い。祖母も祖父もそうした系統だという。魔の物の血を引き、魔力を身に纏う。


洞窟から出てくる禍になるものは、妖物と言われている。妖物を倒せる物は、魔の物の血を引き魔力を身に纏う者、もしくは彼等の使い魔になった魔の物達などであった。


だが、妖物が逃れてしまう事がある。そうすると、妖物が跋扈する事もある。

洞窟から出現する妖物の数が多くなる事でこの村で打ち漏らしたモノ、この村の者の目を掻い潜ってへ出て行ったモノ。それらが日本の各地へ出現する。


魔の物も妖物も、その姿はこの世界に定着して形作られると言われている。人の心を読み取ってその姿になると言われている。

そのせいなのか、今の時代は人々の感覚が変わったからなのか、妖物の形態にも変化が見られるという。今まで日本で伝説として語られたモノから外れるモノが出てきたと。村で狩りとった妖物にも変わり種が混ざるようになっているそうだ。



「ばあさんは、この村の中でも魔力が強くてな。

それに、ばあさんの作った食べ物はえらく好まれていた。力になったからな。本当にばあさんは有能だった」

祖父の話は、衝撃的だった。


「だが、俺の血と合わなかったのか。

俺らには子供は娘一人しか授からず、沙由紀の力は弱かった。沙由紀の息子二人、お前らにも、力は発現しなかった」


 酒呑は鈴花の使い魔だったそうだ。酒呑は娘の沙由紀を、そして孫二人について吟味したという。そして、いずれも酒呑を受け継ぐような人材ではないという結論になった。そして、現在の村でも酒呑を引き継げるほどの者はいなかったという。


力が発現するのは5、6歳からで、15歳ぐらいまで変わる可能性もあった。それに期待していたのだそうだが、残念ながらまだ才があると思えた兄の龍一が、全く変化しなかったため、祖母は諦めたのだとか。

再び、この村で能力の高い者が生まれるまで、酒呑に洞窟の番人を願い、遺言で縛ったのだ。


酒呑は、自分の女にはできなかったが鈴花に惚れていた。だから、死にゆく鈴花の頼みを聞くことにしたのだという。自分が鈴花を忘れるまでは、と。



「で、お前、何があった。ばあさんが生きていれば、判ったかも知れないが、あいにくと俺はそういった事には疎くてな。

だが、ばあさんのレシピでお前が作った料理を食べて気がついたんだよ。ばあさんと同じ味がしたからな。他の者も皆、同じ意見だ。

ばあさんのレシピが他の者では復元できなかったんだよ。お前の料理は、確りと魔力の味が染みている。ばあさんの魔力と同系統のな。どこで、その力を手に入れたんだ ? 」


溜息を一つ。

「ああ。俺は、異世界召喚をされたんだ。そこで不思議な力を手に入れた …… 」


訥々と、魔王討伐の話をした。うまく纏めて話すことはできなかったのは、自分の中で誰にも話すこと無ければ良いと思っていたからかもしれない。忘れてしまおうと思っていたのだから。

そう思ってはいたのだが、本当は誰かに聞いて欲しかったのかも知れない。話始めて、そう感じていた。


こんな話をして、気がおかしくなったと思われるのは嫌だった。嘘つき呼ばわりも真っ平だ。本当だと、力を示して気味悪がられるのも、ましてや利用されるのも嫌だった。


だから、平凡に目立つこと無く生きていきたいと思っていたのだけれども。


それなのに、現実もファンタジーだった件について、文句を言っても良いだろうか。そんな風に迅は感じていた。この世界に、なんでこんな事があるんだ。

自分が生きていた世界が、急に違う世界になってしまった気がする。


「なるほどな。要するに別の世界に飛ばされたおかげで、開眼しなかった能力が目覚めたということか。もしくは新たに能力が付加されたのか。

ふむ。作った物がばあさんと同じ味ということは、開眼した方と考えた方が良いのかな。そんな事も、あるんだな」


話を聞き終わって、祖父はそう呟いた。

「まあ、今までと生活がガラリと変わるわけでもねえ。少しばかり仕事は増えるがな」


「仕事が増えるって、一体何をするんだ」

「ああ。あの洞窟から出てくる妖物、化け物を間引くだけだ。ま、心配するな。それをするのは酒吞だから。

お前は、契約さえ守れば問題はない。腕に覚えがあるなら、酒呑と一緒に洞窟に入っていって、挑んでくる奴を倒してみてもいいぞ。

何、酒呑が一緒だ。たいした問題はなかろう。倒したものによっちゃあ、いい金にもなる」


祖父はお気楽にそう言う。

「はあぁ ?  何を言っているんだ、くそジジイ。化け物を倒すってなんだ。なんでそんな事をしなくちゃならないんだ」


「ああ、それがこの家の、この村で生きてくのに必要だからだよ。お前はそれを継ぐんだよ。お前、この家を継ぐって言ったじゃないか。後継ぎができて安心したよ。

酒呑と契約した以上、確りと頑張んな」


「それは、農家って意味だ。ジイちゃんの後を継ぐのと化け物退治は関係ないだろ !

それに酒呑との契約って、俺は了承してないぞ」


「農家を続けるのに、ここで暮らしていくのに必要なんだよ。酒呑はもう乗り気だ。それにこういう事は、家長が決めることだ。

もう決まった事だし、この家を継ぐっていうのはそういう事だ。腹を決めろ。この村で生きていくなら、妖物に舐められないようにせんといかんからな。

この村の強さを示す必要があるんだ。村の者に手を出さないように。

村全体で対応しているから、戦闘職ばかりでもないぞ。お前に期待されてるのは、料理の腕だからな。今のまんまでも問題はないさ」


この村では魔の物の能力が出た者のうち、戦いに向く者が妖物退治に駆り出されるのだと、祖父は言う。


全くの能力が発現しなかった者、無能の多くは村の外で生活するように仕向けるのだそうだ。勿論、この村の本当の姿は知らないままに。その方が安全だからだ。


「まあ、能力といっても千差万別、ピンからキリまである。力の質が違うから皆やり方も役割も違うがな。だがな、魔の物が減じたとて、防衛の方法はいつの時代も長けている」


祖父の言葉に、迅はガクッと肩を落とした。あの魔王討伐からせっかく生きて戻れたのに。どうしてまたこんな事に巻き込まれるのかと。本当にここは日本か ?


(俺の、俺の平凡な日常を返せ)

この村にやってきたのは、彼自身の選択なのだから自業自得なのかもしれないのだが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る