第8話 箱庭


「んじゃ、良かったら箱庭って所に案内してくれないか」

祖父は、迅の能力に興味を持ったようだ。


「しょうがねえな。今日はもう遅いから、明日な」

戻ってきて夕飯時に話をしていた。夜も更けている。面倒臭くなり、風呂に入って寝てしまった。




 箱庭に入れるのは、現在のところ迅だけだ。魔王討伐の同行者については、とっくの昔に解除してある。


それに登録していても、迅がいて門を開かなければ、箱庭へは勝手に入ることは出来ない。迅が招く必要があるのだ。


「登録されたら、自由に出入り出来ればいいのに。使えないやつだ」

そんな事を言われたことがあった。あれは王子とか吐かしていた奴だったか。


「貴方は自分の家や部屋に、他人が勝手に、自由に出入りしていても平気なのか ? 私達の世界では、考えられないな。異世界人は、随分と寛容なんだな」


そう窘めたのは、勇者だと言われた奴だった。だから、あんな言い方をしても許容されていた。


考えてみれば、あの異世界のお偉いさんには、無神経な奴も多かった。

連れ去ってきたというよりも、神の思し召しで現れた存在、神の代行者なのだから、自分達の願いを叶えて当然という感じだ。勿論、そんな奴らばかりではなかったが。

(俺は当初出来損ない扱いだったから、余計だ)

それでも、最初から彼に親切だった人達はいた。特に神殿関係の人達は、丁寧に扱ってくれていたし、魔王討伐で同行した人達も勇者と分け隔て無く扱ってくれていた。同郷の二人とも仲は良かった。


昨夜は異世界召喚についての話をした。そのせいか、色々と思い出してしまう。加えて久し振りに自分以外がこの箱庭に入る事で、少し感傷的にでもなったのかとかぶりを振った。


祖父は、招かれた箱庭に入るとしばらくは呆然としていた。

「まるで、迷い家まよいがのような雰囲気だな。まあ、家は日本家屋じゃあねえが」

そうして、ボソッと呟いた。


「ジイちゃん、迷い家って入った事があるのか」

肯定の返答が返って来るとは思わなかったのだが、

「ああ、子供の頃にな。あの時の雰囲気によく似てる」

あるらしい。肯定されてしまった。


「そう言えばこの家、何でも揃ってるよ。持ち出したことは無いけど」

「じゃあ、茶碗でも持ち出してみるか。食いっぱぐれのないように」

そんな会話を交わしながら、狭いながらも案内をした。


家の外観はあの世界の家に近い平屋だが、中は日本式だ。玄関で靴を脱ぐようになっている。部屋は床が高くなっているのだ。


(あの世界の連中が土足のままで上がろうとしたら、拒否られて家の外に叩き出されたな。俺の意志とは関係なく。

それで俺を罵った奴は箱庭の外に追い出されて、二度とここに入る事はできなかった。この家、まるで独自の意識がある様だよなあ。話しかけられたことは無いけど)


追い出された奴も箱庭が使えないと言った王子だった。そのせいで王子は魔王討伐には同行できなくなったのだ。

迅達被召喚者組は、居丈高に振る舞う王子が同行できなくなった事を、表情には出さない様にしていたが、喜んでいた。


祖父にその事を言う必要はないだろう。ちゃんと玄関で履物を脱ぐのは自分達にとっては常識なのだから。


広い玄関に面しているのは板の間で、その奥には畳敷きの部屋がある。

右手に部屋が三間。一番玄関に近い部屋が居間で一番広い。三間の間は、障子で部屋を区切るようになっている。障子を開け放すと大広間にもなる。奥の部屋、奥座敷とでも言えば良いのか、そこには押し入れがあって布団が入っている。


旅の間は、布団を引いて寝ていた。

三間の外側は廊下でつながっても居る。


「あれ」

「どうした」

「廊下に縁側がある」

三間を繋げる廊下側が壁だったはずが、縁側が加わわっていた。外側を見た時は、変わっていなかったはずだ。

「お、言われてみれば。外から見たときゃあ縁側なんか見なかったな」

縁側からは、ちゃんと外が見える。降りてはないが、外へ出れそうだ。


レベルが上がると部屋が増えることがあったが、中に入ったら縁側ができるって。何が起きたんだろうと、疑問に思ったが先に進むことにした。

この座敷と奥座敷の廊下から逆側にも部屋が二間ある。廊下で区切られているので、部屋をつなげることはできないが。

その廊下から台所へ。


台所には玄関の方からも行ける。

玄関の左側には納戸というか、食料庫と言っている場所がある。食料庫を通じて行くことも可能だが、玄関正面の部屋の奥に行くと台所になる。


台所にある食器棚は、人数分の食器を出してくれる。迅が持ち込んだ食器も収まっている。


台所には勝手口があり、そこから出ると裏庭になり、井戸がある。

井戸の事を言うと

「水は井戸から汲むのか」

「いや、蛇口から出るよ。井戸は獲物を捌いたりする時に使ってた」


シンクには蛇口があって、そこから水は出る。コンロも迅がよく知っている3口コンロだ。

一般家庭にあるようなこの家の台所で使える水やガスの供給がどうなっているのかは、知らない。問題なく使えていたので、気にしたことはなかった。


「これは、電子レンジか」

「いや、オーブンだよ。温度調整とかもしてくれるから、便利だよ。電気通ってないから、外から電化製品を持ち込んで使うのは無理かな」


「じゃあ、このオーブンはなんで動いてるんだ ? 」

「さあ」

首を傾げた。箱庭の機能を深くは考えていない。そういうものだと、受け止めているからだ。

「わかんないけど、俺の魔力 ? かな ? 」


「なんで疑問形なんだ。お前。この箱庭か、面白いな」


裏庭の離れには、風呂場もある。風呂は年中入れる様になっているが、今はいいだろう。

勝手口から外へ出た。風呂と井戸を見るつもりだったんだが、風呂の隣に離れが出来ていた。


茶室のような外側だが、除いてみると中はなかなか広い。十畳間が一つと収納用なのか窓の無い板間の部屋と押し入れがある。押し入れの襖を開いてみると布団が一組。

「ここも、今迄無かった」

迅は、ポツリと言った。


裏庭から表に回って外に出てみた。再び家の玄関口に廻ってみると、家の様相が違っている。向こう風だったその佇まいが、その中身に合わせた日本家屋に変わってた。縁側も外側から認識出来る様になった。


「いやー。ホント面白えな、お前の箱庭」

祖父がカラカラと笑う。まるで、向こうの世界に合わせて擬態してたみたいじゃないかという祖父の台詞を聞きながら、隣で孫が呆然と佇んでいた。

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