第5話 さらば普通の日常 ?


 毎日なんやかやと畑仕事を手伝って、道の駅用の品々を作る。そんな風に過ぎていった。プリンやクッキーだけでなく、収穫があればジャムも作った。


 食事の用意も迅の担当だ。大学時代に自炊をしていたので苦にはならない。魔王討伐の遠征でも食事を担当していた事だし。

他の召喚者は料理ができなかった。加えて彼の地の同行者が作る料理は、美味しくなかったからだ。


祖母のレシピノートには日常の料理もあった。祖母のレシピは大変参考になった。

そこから作った料理は祖父には特に好評な気がする。



 綿貫さんもあの後、時々様子を見に来てくれている。何か不都合がないか、困ったことなどはないか、納品に無理は無いかなど色々と気遣ってくれている。


その一方で、菰野さんは納品する商品以外にできるものがあれば、どしどし出して欲しいと言ってくる。


菰野さんの押しに負けて、週に2回だった道の駅への納品も増えている。


その上、何だかんだと菰野さんに乗せられておはぎを作ったところ、絶賛された。

材料持ち込みでお願いされては、断れなかったのだ。丁度、お彼岸の時期というのもある。


迅自身はどうにもおはぎは好きではない。甘い御飯ものが全般的に苦手なのだ。ザラメなどが付いている煎餅も苦手だ。それもあって遠回しに断っていたのだが、持ち込みをかけられてしまったというところだろうか。


まあ、そのお礼として現物支給で色々と頂いたので、文句はない。地元で捕獲されたイノシシ肉のお裾分けも貰ったのだ。貰い過ぎだと言ったら、


「ええ。また作ってください」

と笑顔で返された。肉は正義だ。自分は食べもしないおはぎを作る事を、引き受けることになってしまったが。あれ ?


お萩嫌いの迅が、お彼岸にお萩を食卓にのせたのを見て、祖父が聞いてきた。仕方なく事の次第を祖父に話したところ、笑われてしまった。


「まんまと化かされているな。でも損にはなってなさそうだから良いじゃないか」

確かに、肉は美味しかったのだ。焼いても美味かったし、レシピを見て作ったベーコンも美味かったし、

(まあ、いいか)


 さて、道の駅に納品したものは、人気になっているというが、訝って一度道の駅に行ってみることにした。完売していると言われているが、迅はちょっと疑っていた。

(いや、内部消費が上回っているんじゃないのか)

まあ、道の駅にも興味があった。



そこは、思っていたような小ぢんまりとしたものではなく、かなり確りした場所だった。高速道路のサービスエリア並みではないだろうか。位置としては、県の主要道に隣接している。


「この辺じゃ、それなりに有名な所だ。周辺の人間が高速に乗るにはここを通るルートがいいらしいとか言っとった」

とは、軽トラで案内としてくれた祖父の言。


食事もできて、お土産に地元産の農作物や加工品等の買い物ができる場所であり、子供が遊べる場所、足湯や温泉、簡易な宿泊施設(仮眠用みたいな感じだが)、も併設されていた。一部、裏手になっていて分かり難いが、村人専用の集会場もあるという。


温泉が出たとかで、ここで入れるのだとか。地元の人も訪れるそうだ。トラックの運ちゃんにも人気らしい。


「温泉があるなんて、そんな話は聞いてない」

迅は祖父と温泉に入りながら文句を言うと、

「聞かんかったろう」

涼しい顔で言われた。


風呂上がりの休憩場には、自分の作ったプリンも売られていた。お土産売り場にある物は、この休憩場でも買えるようだ。子供が嬉しそうに食べている姿はなにやらこそばゆい。


いや、風呂上がりは牛乳だ。そう言って地元の牧場から提供されている牛乳を二人して飲む。市販されている牛乳とは一味違う。


「じいちゃんの事をさ、母さんが心配してたけど」

老人の一人暮らしとはいえ、古馴染みも多く、周囲の人々はなんだかんだと気にかけてくれている。菰野も綿貫も、祖父の知り合いだった。


「ここは、いいところだな」

道の駅の施設を眺めながら、そう小声でこぼした言葉を拾い上げて、祖父は嬉しそうに


「ああ、いいところだぞ。儂にはここ以外に住む事なんて考えられないさ。まあ、暮らしていくには面倒事もあるけどな」

そう意味深に応えた。




「迅、お前はこの先どうする」

1年が過ぎる頃、ある日祖父がそう切り出した。


「お前の母さんは、お前がここで勉強をして公務員を目指すと言っていた。でもお前が勉強している姿は見ない。

毎日、畑仕事とか真面目にしているからな」


「俺さ、公務員になる気はないよ。出来ればここでじいちゃんの仕事を手伝っていきたい」


迅は初志貫徹、目立たずに生きていきたかった。このままこの地で農業をしていくのも、いいんじゃないだろうかと思っていると話をした。


「そうか。じゃあ、この家を継ぐという事でいいんだな。それじゃあ、試験を受けてもらおうか」

「へ、試験って何 ? 」


祖父は真面目に続けた。

「此処に住むなら、この家を本当の意味で継ぐなら越えなきゃならん事があるんだ」


明日、朝早くにお弁当を用意して出かけることとなった。弁当は2人前を二つ用意しておけと言われた。誰かと会うのだろうか。



 翌朝、出掛ける前に弁当だけでなく、一升瓶も担いでいくように言われた。一体ドコに行って、誰と会うのだろうか。向かった先は、祖父の持つ奥山だった。


出かけて3時間ほどは歩いただろうか。祖父は健脚だなと改めて思った。この山に入るのは初めてだ。

子供の頃に、「此処に入ってはいけない」と厳命された場所だからだ。


山道はそれなりに整っているが、いつもは柵があって勝手に登れないようになっている。神様の御座す場所だと、母から聞いた記憶がある。


家の裏から入る道があるので、この家の者以外が入る事はない場所だとも言っていた。


迅自身は入った事はないが、兄は一度だけ入った事があったはずだ。なんでだったろうか、よく覚えていない。


そう言えば、あれから兄は田舎に行きたいと言わなくなったんじゃなかったか、と思い出した。

この山に一体何があるんだろう。この山の奥に。


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