第18話 蟻

「何してんだ?」


 僕の物言いにガラの悪い連中の1人が言った。バイクに股がって、上半身裸、焼けた肌に、汚い金髪頭だった。


「何してたって良いだろ?馬鹿かお前?」


 今度も同じく上半身裸で刺青が入ったサングラスをかけた男が言う。


「おい、コイツにしねぇ?」


 少年の肩に腕を回していたデブが少年に告げた。


「賛成!おい、お前もう帰って良いぞ」


 デブの腕から解放された少年は僕とスレ違うようにして走り去った。僕は後ろを振り返り、少年の後ろ姿を見送ると、デブが僕の方へ近寄ってきており、先程の少年同様、僕の肩を組もうとしてきたので、僕は懐から銃を取り出し、デブに向ける。


「おっ!?」


 デブは僕の銃に怯み、立ち止まる。後方でバイクに股がった金髪が笑い声をあげながら口を開いた。


「おいおい、いいもん持ってんじゃん!?」


 サングラスをかけた男が言う。


「昔、秀人も持ってたよな?」


 その問い掛けに金髪が返事をした。

 

「おう」


 デブが言った。


「ちっ、だからちょっと反応しちまったじゃねぇかよ、ホラ、それ俺等に貸してみろよ?」


 デブは僕に近寄りながら、僕の銃を貸せと手を差し出してくる。だから僕は撃った。


 ズガン。


 僕は、金髪の男が股がっているバイクの前輪に向かって撃った。バイクの前輪は轟音と共に弾け、車体とそれに股がっていた金髪の男は何が起きたのかもわからず道路へと投げ出された。


 そんな状況に呆気に取られていたサングラスの男とデブだが、僕は銃口をデブに向けた。デブはひぃっと悲鳴を漏らして、その場に尻餅をつく。サングラスと金髪は及び腰になりながら道路の反対側へと逃げていった。


 僕は尻餅をつくデブ男に銃口を突きつけながら彼の横を通りすぎる。そして何事もなかったようにその場をあとにした。


 自分が無敵にでもなったような気分だった。


 今まで僕に暴力を振ってきた奴等全員にこの弾をぶちこみたい。そうすればたちまち皆僕にひれ伏すだろう。おっと、だが僕はそんなことなどしない。そうすれば僕に暴力をふるってきた奴等と同じになってしまうからだ。


 僕はもう大人になったんだ。さっきの奴等だって別に死んでも誰も悲しむような人はいなかっただろう。それに奴等が死んだらさっきの少年は喜んだに違いない。だが奴等も元々が悪い奴等ではない筈だ。ディープステートが支配しているから奴等のような人間が生まれるんだ。だから殺すことを僕はしない。


 ディープステートの影響力はまるでウィルスと同じだ。


 しかしこんなウィルスに感染した連中1人1人を潰していっても意味がない。ウィルスの元となる部分、そこを絶やさねばならない。1人1人を潰す作業よりも人々が感染していく速度の方が断然早かった。


 こんな世の中になったのも全てディープステートのせいなんだ。


 僕は覚悟を決めながら駅に向かって歩いていた。


 すると、歩道を横切るように蟻が行列を作って餌を巣へと運んでいくのが見えた。久し振りに蟻を見付けることができた気がする。僕が子供の頃はそこら中に蟻の存在を確認できたのだが、大人になって背が伸びると蟻という存在をなかなか認識することができない。


 蟻達は綺麗に隊列を作り、餌を運ぼうと協力しあっている。女王アリを中心に働きアリが餌を運び、兵隊アリが巣の防衛に当たっている。アリには階級制度がないときいたことがある。どんなに仕事をしてもその地位が上がることはなく、どんなに仕事のできないアリを見ても苛立ちを覚えず、自分の仕事をこなす。アリは決して個の利益を優先することはなく、それよりも集団の利益のことを考えている。


 また、アリは他者を認識せずとも、お互いを仲間だと思っているんだ。


 どうしてそれが人間にできないんだ?


 他者を羨み、嫉妬し、蹴落とし、自分の飽くなき欲望を叶え、それを繰り返し続ける。女王アリが良くないんだ。この人間社会の女王アリのせいなんだ。


 ソイツを倒せば、世の中がもっと良くなる。


 僕がこれから暗殺しようとしている由利総理にアリが群がっていく様子を夢想した。そんな夢想をしたせいか僕の肌をくすぐるようにアリが這いずり回る感覚が押し寄せた。僕は身震いして足を見ると、そこに数匹のアリが僕の足を上っているのが見えた。僕はアリをはたき落として駅へと向かう。


 総理大臣暗殺の日は来週だ。


 日本が変わる日はそう遠くない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る