第17話 練習
Xdayまで後一週間。僕はこの最後の休日を活かして射撃の練習をしに出掛けていた。
住宅街から離れた誰も来ないような千葉にある海岸。僕は釣り人の格好をして一応カモフラージュをしている。岩礁がむき出しとなる足場の悪いところをわざと選んだ。理由は2つあって、1つは人がいないことと、もう1つは足場の不安定さだ。それは本番の緊張を見据えてのことだ。きっと緊張で足の震えが止まらないだろうから足場の不安定なところを敢えて選んだ。
ここまでは電車を乗り継いでやって来た。胸ポケットに銃を偲ばせているのは何とも言えない緊張感を僕にもたらした。これが見付かれば僕はあえなく刑務所行きであり、ディープステートの陰謀を阻止することができない。
銃の存在を悟られないようにここまで来るだけで疲労感が募った。しかしこれは良いデータだ。本番の日はこの疲労感でターゲットを撃つのだから、やはり前もって練習しに来て良かった。
打ち付ける波と吹き付ける風。
僕は湿った岩礁と岩礁を飛び越えて移動した。ちょうど胸の高さまである岩場を発見した為、そこに空き缶をのせて、僕は一定の距離を取った。
銃を構えて照準を合わせる。銃から目標の空き缶に焦点を合わせた。空き缶以外がぼやけて見える。
「ふー、ふー……」
僕は息を整えて狙いを定め、念のため波が岩礁に打ち付けるタイミングを見計らって引き金を引いた。
ズガァン。と湿った空気に乾いた音が鳴り響き、銃を撃った反動で握っていた両手が僕の頭上に上がった。こんなにも衝撃が来るのかと僕は思った。空き缶には勿論当たっていない。この感覚を忘れないため、もう一度、波が岩礁に打ち付ける音と発砲音を重ねるように引き金をひく。
ズガァン。
今度は衝撃に備えていた為、発砲後腕はそんなに動かなかった。しかし目標である空き缶にはやはり当たっていない。
僕はもう少し空き缶に近付いて、発砲する。
ズガン。ズガン。ズガンと3発続けて撃った。
1発目は空を駆け抜け、2発目は空き缶の下の岩に命中し、3発目にしてようやく空き缶に命中し、空き缶は弾け飛んだ。
動画投稿サイトでは、プレス機で色々な物を潰す動画やビンを割ったり、1000℃に熱された鉄の玉を氷の上に乗せたりと一風変わった動画が人気を博している時期があった。そのどれもが物質が形を変える瞬間を納めた映像である。人はもともと破壊的な欲求や衝動があるのではないかと思った。それは銃の引き金をひいて、あまりの威力により変形した空き缶を見て高揚していた僕にも当て嵌まる。
そしてもう一度、違う空き缶をセットして狙いを定めて撃った。今度は1発でターゲットに当てることができた。
吾妻さんの銃は凄い。本当はもっとこの銃を撃って、その感覚を身体に刻みたかったが、あまり撃ちすぎるとたまたま近くに居合わせた人がここまで様子を見に来るかもしれない為、僕はこの場をあとにした。
日が海に沈む。砂浜と海水浴客達を見下ろすように僕は道路に面した道を歩いていた。赤々と燃えるような夕陽が潮風と共に僕の横っ面を撫でた。ムワッとする夏の暑さとベッタリとする潮風だが、僕の心はとても穏やかだった。
来週の今頃は僕も英雄の仲間入りだ。
そんな夢想に耽るとワクワクが止まらなかった。しかし、そんな僕の胸のトキメキを一瞬にして溶かす光景を僕は目の当たりにした。
僕に向かって歩いてくる少年の後ろから彼を追うようにしてバイクに股がった柄の悪い連中がやって来る。柄の悪い連中がその少年に追い付くと、何やら声をかけ、バイクを止めた。その連中の中には真夏だと言うのに少年の肩を組もうとする奴もいた。上半身裸で日に焼けた肌とそこに描かれた刺青を見せびらかすようにしている輩どもは少年にたかっている。
折角いい気分だったのに、台無しだ。いや日本はまずこういうところから変えていく必要がある。
僕は歩く速度を緩めずに、真っ直ぐ彼等に向かって歩みを進めた。彼等に近付くと何人かが僕に気が付いた。絡まれている少年も僕に気が付いたようだ。
僕は尋ねる。
「何してんだ?」
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