第16話 才能
プーチンがいなければ、金正恩がいなければ、ディープステートがいなければ、世界はもっと平和になるのに。
誰かが彼等を暗殺してくれないか。そんな言葉がSNSで日々呟かれている。
その内の一角を僕が暗殺する。
僕はたちまち世界的なヒーローとなるのだ。
僕は舞奈さんにメッセージを送った。葬式がおわった報告と、ディープステートと呼ばれる闇の組織がどこにいるのかを尋ねた。
すると舞奈さんから直ぐに返信がきた。葬式を終えた僕をいたわる言葉とディープステートに関しての内容だ。DSは決して表に出てこないと言われており、世界的に影響を及ぼせる人物と関わりがあることぐらいしかわからないとのことだった。
ならばと僕は、ディープステートと最も関わりのある日本の公人は誰であるかと尋ねた。
すると舞奈さんは、現在の自由民主党の総裁にして日本の内閣総理大臣の
僕はお礼のメッセージを送り、ネットで由利総理の動向を探る。
ネットにまず出てきたのは由利の顔写真だ。眼鏡をかけて微笑みかけるその表情はなるほど、悪意に満ちており、日本をどん底へ落とそうとする意思を感じ取れた。
ネットで調べると、再来週の土曜日に衆議院選挙の候補者を応援する為に、僕の家の近くにやって来ることがわかった。
ここしかない。
僕はそう思った。
再来週。それまでまだ時間がある。その前にある程度準備をしたかった。例えば、ランニング、腕立て伏せ、上体起こし、心身を鍛えて動じない身体を作ることと、そして1回はどこかで銃を撃つ練習がしたかった。
仕事である工場勤務は急に僕が辞めたりしてしまうと周囲から怪しまれるかもしれない。どこにディープステートの諜報員が潜んでいるのかわからない。その為、工場はいつも通り勤務することにした。
現地の調査、誰にも見られずに銃を撃てる場所、心身のトレーニング。これからやるべきことが具体的になってきた。僕は長い旅のスケジュールを決めるかのようにワクワクとしていた。これから何者かになれる。そう思うと吐き気を感じない。こんな精神状態にベートーヴェンのピアノソナタが加われば僕は無敵だった。そして由利総理を暗殺した後の光景を想像する。舞奈さんの笑顔。僕の両親と親戚一堂も僕を見直すことだろう。亡くなったおじいちゃんも戦争をしていた英霊達も倒せなかった連合国、ディープステートを僕が倒すのだ。
僕は吾妻さんから受け取ったスミス&ウェッソンのM29を手に取り、祈るように額にゴツリとそれをぶつけた。
銃を持てばその人の本質がわかる。昔の映画かなんかのセリフを思い出した。僕は正義感に満ち溢れ、英雄に憧れた何者でもない者だ。
銃は才能だ。僕のこの銃のようにたまたま手に入ったモノに過ぎない。容姿、身長、スタイル、運動能力に優れていたり、頭が良かったり、絵や歌がうまかったり、勿論努力してその才を伸ばした者もたくさんいる。しかしその努力すら僕は才能ではないかと思っているんだ。僕は努力ができなかったから。いや、何かを変えたいと必死だった時期もある。だが、それが上手く実らなかった。運悪く実らなかったのだ。
生まれた時代が違ければ、僕の努力はまた別の結果をもたらしたのかもしれない。父さんや母さんの時代に生まれていたら?或いは叔父さん達の時代に生まれていたら?おじいちゃんの戦争を指揮していた世代に生まれていたら?ベートーヴェンの生きていた時代に生まれていたら?結果は変わっていたのかもしれない。
生まれた時代によって、その時の価値観や努力についての認識は違う。その事がわからない世代がたくさんいる。昔成功していた人間が同じような努力を今の時代にしても花開く可能性は低かっただろう。
それが理解できず、街に社会に日本に、僕らの世代に文句を垂れている上の世代がたくさんいる。
昔の小説、昔の歌、昔の映画を引き合いに出して今の芸術に物申すんだ。
だまれ!娯楽しか理解できないクソガキどもが!文学やそれを作った人間の内面がお前らに理解できるわけがないんだ!だって経験したことがないのだから!僕よりも歳上のくせに、僕が経験したことをお前らは理解できない!
だがそれが僕のアイデンティティーにも繋がっている。僕は時空を超えて過去の芸術家達と繋がっていることに優越感を抱いては、社会生活を営む多数派の人間達を蔑み、自分の自意識を保っていたんだ。
しかしそんな意味のないことも今日で終わりだ。
何故なら僕は
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます