第15話 ゾンビ映画

「ディープステートはいますよ」


 僕の一言で叔父さんや叔母さん、従兄弟達が凍り付いた。皆が一斉に僕に視線を向けた。まるで皆から銃口を突きつけられているような感覚だった。僕の父さんが僕を止める。


「何言ってるんだむつみ!?」


 僕の言葉を聞いて長男の一弘かずひろ叔父さんが頭を抱え、従兄弟達は僕に嘲笑を向けていた。


 一弘叔父さんは父さんに言う。


「お前なぁ、ちゃんと教育しろよ」


 父さんは返した。


「す、すみません。仕事が忙しくて……」


「仕事を言い訳にして、息子の世話ができないんじゃ、そんな孫を持つ父さんも浮かばれないぞ」


 ここは元々、僕の居場所ではない。しかし腹が立つのは腹が立つ。おじいちゃんが引き合いに出されたからだ。そもそもおじいちゃんが戦争をしたのだって、連合国というディープステートと戦っていたからじゃないか?


 しかし僕は、これ以上何も言わなかった。おじいちゃんの葬式だし、何を言っても小馬鹿にされながら聞き流されるだけだからだ。ディープステートがいない証明ができない癖にどうしてああも横柄な態度でいられるのか。


 僕は背中を小さく丸めながら僕の発言を謝っている父さんを見た。僕の父さんは末っ子で晩婚だ。そんな父さんの子供の僕が、大学も出ずにただの工場勤務であり、ディープステートを信じる愚か者のダメな親であると親戚一同に下に見られ、肩身の狭い想いをしているところだ。


 僕から見ても情けない父親だ。


 どうして父さんは結婚をして、僕なんかを生み出したのだろうか?


 僕は疑問に思った。


 しかし、直ぐにその疑問が解けた。この年代の人達にとって結婚は当たり前だし、子供を生むことも当たり前だったのだ。先程言ったように父さんは晩婚だ。きっと結婚していないことにプレッシャーを感じていた筈だ。それは母さんだって同じことだ。


 その時、僕はあの吐き気をもよおした。


 直ぐに待機所から離れ、僕はトイレへ入り、嘔吐する。


 何故あの吐き気がきたのか、それは僕が悟ってしまったからだ。僕がこの世に生み落とされた理由を。


 父さんと母さんは同調圧力という日本社会の毒によって僕を生み出すしか道がなかったのだ。僕は父さんと母さんが日本という国にいても良いと許される証明書にすぎなかった。僕はコロナが蔓延した頃のマスクと同じ存在だったんだ。


 ただの証明書。僕という自我が芽生えていなくても良い。ただの人形、ただの存在。それだけで良かったのだ。


 そんな奴が何者かになれるわけがないではないか?


 僕は胃に入っていた内容物を全て吐き出し、それでもおさまらない吐き気によって、カエルのように自分の内蔵すら吐き出してしまうのではないかと思った。


 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。


 僕は朦朧としながらベートーヴェンの曲を聴いた。


 吐き気がおさまる。あぁ、親愛なるベートーヴェン様。貴方がいなければ僕はとっくにこの意味のない世界で自死していただろう。


 僕は親戚一堂と距離をとっておじいちゃんの葬式に参加した。合間合間にベートーヴェンの曲を聴いてなんとか吐き気を誤魔化し、おじいちゃんの二日間にわたる葬儀を終えた。僕のディープステート発言からは特に何事もなく平和に葬式を行うことができた。


 葬儀中、おじいちゃんと過ごした記憶を辿った。胡座をかいたおじいちゃんの脚の上で一緒にテレビを見たこと。一緒の布団で眠ったこと。おじいちゃんは精神を鍛えているから脇やお腹をくすぐっても全くくすぐったくないだとか言ってそれを試したこと。特筆すべきことではないただの日常だ。しかも僕がまだ子供の頃の話だ。どうしてそんなことばかり思い出すのかわからない。


 あぁ、そうか。中学、高校とおじいちゃんと会話をした記憶があまりなかったからだ。


 2日間に渡る葬式も終わり、親戚一堂は解散した。僕は父さんと母さんとも別れを告げ独り暮らしをしている家に着く。

 

 夜も更け、なんだか寝付けなかった。非日常を経験してアドレナリンが出ているのだろうか。


 僕は意味のない存在。そんな考えがこの部屋にいるとフッと思い出したように浮かんでは、消えていく。この消えていく感覚が徐々に遅くなってきている気がした。なるほど、鬱病の人というのはこの思い出したように浮かんだ希死念慮きしねんりょの消える時間がなかなか訪れない為に死んでしまうのか。


 僕はそんな希死念慮を消すために叔父さん達の話に出ていたゾンビ映画を見た。ディープステートもそうだが、彼等が馬鹿にしているモノにこそ真実が隠れているのではないかと思ったからだ。動画サイトに載っている『Night of the Living Dead』という昔のゾンビ映画を鑑賞する。


 ゾンビはゾンビを作り出す。


 僕は子供のゾンビがまだ人間である母親を刺し殺すシーンを見て何故だか興奮を覚えた。


 僕が悟ったように、僕という存在は両親達から恣意的に作り上げられ、何者でもない、誰にも必要とされない世界で孤独を強いられる。そんな子供が親に復讐しているように見えたのだ。


 そんな時、僕は舞奈さんを思い出した。なんだか無性に彼女に会いたくなってきた。僕にとって舞奈さんは替えのきかない存在だ。


 彼女にとって僕はどうだろうか?  


 取り替えのきく存在なのだろうか?もしそうなら、どうすれば取り替えのきかない存在になれるんだろうか?僕はまたしても同じ問い掛けをしてしまう。呼吸のようにそうせざるを得ないのだ。  


 最早、家族の中に僕の居場所はない。そうだとしたら舞奈さんのいる立ち上がれ日本の党が僕の居場所だ。そこが無くなれば僕はひとりぼっちになる。だからこそ僕は彼等彼女等にとって、替えのきかない存在にならなければダメなのだ。もしそうなれなかったら、そう思うだけで僕は吐き気をもよおす。


 なるしかないのだ。  


 しかし僕にはベートーヴェンやバックハウスやリヒテルのような才能なんてない。そんな僕が替えのきかない存在になることなんてできるんだろうか?


 その時、僕の観ていたゾンビ映画がクライマックスシーンを迎える。


 白人が、リーダーである黒人を撃ち殺すシーンだ。


 僕は閃いた。


 こんな閃きそうそうない。


 その閃きとは、悪の組織ディープステートを暗殺することだ。


 舞奈さんや立ち上がれ日本の党にとってはこれ以上ない救いになるし、歴史に名を刻める。僕は彼女だけでなく多くの人にとって取替不能な人物となれるのだ。


 しかし暗殺なんて僕にできるのか?


 いや、できるのだ。


 何故なら僕にはアレがある。


 僕はゾンビ映画を止めて立ち上がり、机の抽斗ひきだしを開けた。


 そこに黒く輝く拳銃と大量の弾丸が引き開けた抽斗の中をゴロリと音を立てて転がり、僕にその存在を示した。後で調べてわかったことだがこの銃の名称はスミス&ウェッソンのM29というらしい。


 僕は吾妻さんから貰った銃を手に取り、ディープステート暗殺計画を練り始める。

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