第14話 ジュディ・ガーランド

 今週の土曜日、日曜日とおじいちゃんのお通夜と告別式を行うこととなった。僕が病院へ着いた際にはおじいちゃんはもう亡くなっており、父さんと母さん、父さんの兄弟、つまりは叔父さんや叔母さんがおじいちゃんの遺体を囲んでいた。その息子達、つまりは僕の従兄弟達は県外で仕事をしているため、孫としてこの場に来ていたのは僕だけだった。


 今年で98歳になる予定だったおじいちゃんは、そんな高齢にも拘わらず自転車を走らせて買い物に出掛けていたらしい。いつか事故を起こすと家族が心配していたが、おじいちゃんは戦争を経験した者は心も身体も強いのだと言ってきかなかったのだ。


 そしてとうとう、事故を起こしたのだが、事故の原因は信号待ちをしていたら70歳の男性が運転していた車が突っ込んできたそうで、これによりおじいちゃんは命を落としたのだ。


 なんともやりきれない結末だ。


 おじいちゃんは国と次世代の子を守ろうとして戦争をしていたのに、その次世代の、戦争を知らない世代によって轢かれてしまったのだから。


 僕は久し振りに会う親戚や家族とほぼ口をきかないで、病院を後にした。


 帰り道。僕はイヤホンを装着し、リヒテルの弾くベートーヴェン、ピアノソナタ8番、《悲愴》の第2楽章を聴いた。優しく僕を慰める旋律と響きが僕の目から涙を流させる。


 あれから葬式の日まで、僕は普通に仕事をこなしていた。相変わらず増える生産ノルマに、デルマン君達の手伝い。工場長とはあれ以来特に会話はない。それはいつもと同じだ。


 舞奈さんからも連絡があった。一緒に今週の土曜日と日曜日に酒田さんの演説の応援をしようとのことだった。僕は自分の祖父が亡くなったことを伝えると、優しい言葉をかけてくれた。この言葉にまた泣きそうになってしまった。


 そして、葬式当日、僕は慣れない喪服を着て葬儀場へと向かった。


 朝日敏男あさひとしおの葬儀式場と白い看板に大きく黒い字で書かれてあった。たまに知らない人の葬儀を何の感情もなく通り過ぎることもあったが、いざ自分の家族が亡くなり、自分の知っている名前が打ち出されると、今まで無感情で他人の葬儀を通り過ぎていた自分を罰したくなった。


 僕は式場に入り、係の人に遺族の待機所へと案内された。


 既に母さんや父さん、そして父さんの兄弟姉妹と従兄弟達がいる。


 僕は葬儀の受付の担当をすることとなっていた。受付と言っても葬儀に来る人など殆どいない。今年で98歳になるはずだったおじいちゃんの友達達はとっくに亡くなっており、気が付けば生きているのは自分だけだったと過去におじいちゃんがそう嘆いていた。


 僕が悲しくはないのかと尋ねると、おじいちゃんは言った。


「確かに悲しいが、何も戦争で死んだわけじゃないんだ。戦争で友達が死んでしまう方が余程悲しかったなぁ」


 おじいちゃんは戦争を経験しており、その戦争中も多くの友達を失ったと聞く。


 僕は時計を見た。受付をするにも、まだまだ開場まで時間があった。


 待機所には、久し振りの再開を果たした叔父さんや叔母さん、従兄弟達は話に花を咲かせている。専ら、葬儀に掛かる費用や健康についての話だった。そこから次第に投資や自分達が働いていた頃と今の時代が違う等といった会話が繰り広げられていた。


 最近の若い人は頑張らないだとか、残業代が出ないと残業もしないだとか、子供を生まないだとか結婚もしないだとか、車や家も買わないだとか、自分達が如何に日本を作り上げてきたのかという武勇伝じみたことを話していた。


「最近の若い人は欲がない。酒を飲む人も少ないときた」


「煙草も吸いませんよ?」


「どうしてそんな軟弱になったものかねぇ、このままじゃ日本の未来はどんどん暗くなる」


「最近は映画も音楽も韓国に負けっぱなしですよね」


「でも韓国の映画も音楽も全部アメリカの真似事ですよ?」


「はぁ、黒澤や小津みたいな日本独自の映画監督はもう生まれないのかね」


「兄さん昔っから映画好きですよね」


「ハッハッハ!ロッキーのあの心暖まるストーリーは今でも忘れられないよ。それにあの女優……誰だっけほら、オズの魔法使いに出てた」


「ジュディ・ガーランドですか?」


「そうそう!もうああ言った女優は出てこないんだろうな。今やヒーロー映画やらゾンビ映画ばかりで映画もつまらなくなってしまった」


「え、ジュディ・ガーランドって歌手じゃないんですか?」


「歌手でもあったかな。もうこの時代、出てこないよ、ああ言った女優は……」


「そうですねぇ、日本の今の俳優達は皆おんなじ顔に見えるし」


「そう!なんであんな男らしくない、ナヨナヨした男が演じるんだ?菅原文太や千葉真一みたいな俳優は出てこないのか?」


「兄さん好きだよなぁ、仁義なき戦い」


「あれは俺のバイブルだからな!ハッハッハッハ」


 この時代の人達とは本当に話が合わない。僕は末席で大人しくしていたのだが、この後が問題だった。政治の話になったからだ。


「もう少し消費増税をこらえられたら、今みたいな停滞はしていなかったと思うんだよ」


「最近は変な政党がたくさん出てきてて、実にけしからんな」


「N○Kを潰すだとか、変な歌作って街を練り歩いたり、委員長席に飛び込んだり、あとは陰謀論を振り撒いてる政党もあってなぁ」


「あぁ、なんでしたっけ?」


「立ち上がれ日本の党ですね」


 僕はドキッとした。今の物言いだと叔父さん達は立ち上がれ日本の党のことを良く思っていなさそうであるからだ。しかし僕は何故叔父さん達が酒田さんの党を良く思っていないのか気になった。


「あんな陰謀論を信じてる輩が本当にいるんだからびっくりするよ」


「ですよねぇ、ディープステートでしたっけ?そんなもの信じてるからヒーロー映画とか流行るんですよ」


 僕は耳を疑った。この人達は連合国を知らないのか?ディープステートがいないと思っているの?


「ああ言った輩には何を言ってもわかってもらえないから始末が悪い」


「陰謀論やスピリチュアルを信じる人はそもそもIQが低いみたいですよ」


「コロナワクチンを打たん奴も大勢いたな?しかしながらそういう手合いは人数が多い。馬鹿が日本の中では過半数を超えているのが問題だな。それは世界も一緒だがな」


 酒田さんや舞奈さん、僕の話に耳を傾けてくれた立ち上がれ日本の党を応援している人達の顔が浮かんだ。


 このまま僕の大切な人達を馬鹿にされたままでいいのか?自問自答をしていると僕は声を発していた。


「ディープステートはいますよ」


 待機所の空気が凍り付いた。

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