第10話 葡萄酒

 僕はぶどうの葉のようなアルミホイルの帽子を被った酒田さんの隣でおどおどしていた。それに酒田さんは気が付いたのか、僕に声をかけてくれた。


「朝日さん、今日はこの集会に来てくれてありがとうございます。そして勇気をもってこの場に立って頂き、重ね重ね御礼申し上げます。皆さんも、朝日さんの勇気を讃えてどうか拍手をしてください」


 パチパチパチと100人全員が拍手をしてくれた。その音圧が僕を鼓舞してくれる気がした。


「さぁ、朝日さん。貴方が現在置かれている労働環境についてどうか僕に、そして皆さんに教えて頂けないでしょうか?」


 先程の酒田さんの言っていたことを汲みながら自然と沸き上がるディープステートに対する怒りと自分の正義感を武器にして、僕は静かに、そして確実に伝わるように声を発する。


「ぼ、僕は、今工場で働いています。プレス機を使って金属の形を変える作業をしています。1日の生産ノルマを達成するために本来は禁止されている安全装置のついていないプレス機を使用するように指示を受けています」


 舞奈さんに指摘されたことを僕が言うと、僕の話を聞いた100人が「えぇ」とどよめいた。


 僕は続ける。


「僕はそれが当たり前だと思っていました……」


 100人が僕に同情をしてくれているのがわかる。可哀想に思われることはあまり好きではなかったが、ここにいる人達は何だか親身になって僕のことを心配しているように見えた。


「他にも当たり前ではないことを当たり前だと思っていました。いや、思わされていたんです。だけどここに来て、僕は気がつくことができたんです!」


 拍手がおきた。舞奈さんも嬉しそうな表情をして拍手していた。


 僕が前に出た際、酒田さんに促されて行われた拍手ではなく、今度は自分自身の言葉で聴衆から引き起こした拍手になんだかうっとりしてしまった。


 酒田さんも拍手をしながら僕に近付いて、握手を求めてきた。僕は差し出された酒田さんの手を握り、固く握手を交わした。


 酒田さんの持つ不思議な力が僕に伝わってくるようなそんな高揚感がした。すると酒田さんは僕に促す。


「もし宜しければ、朝日さんの職場に新しく入ってきた方達の話もしていただけませんか?」


 僕はハッとした。先程酒田さんが話していた外国人技能実習生というのはデルマン君達のことではないか。


「実は、僕の工場には、新しく外国人技能実習生が3人ほど入ってきまして──」


「えぇぇ!?」

「マジかぁ……」

「なんと!?」

「はぁ、それは……」


 100人が思い思いの感想を口々に発する。しかしここで酒田さんは言った。


「皆さん、勘違いを起こしてはいけません。確かに外国人技能実習制度については良くない政策だと思いますが、日本に来て働きたいという外国人は本来悪い人達ではありません!彼等を甘い言葉で誘惑する日本の政府が良くないんです!確かに移民問題によって犯罪が起きる可能性は高まります。しかし、それは日本政府に騙されたことによる彼等外国人の必死の抵抗なのです。そしてやはり彼等が犯罪に走るようディープステートが彼等をコントロールしているんです!彼等は何も悪くありません!このような施策をとる、ディープステートの言いなりとなる日本政府がダメなのです!!」


 僕は酒田さんの言葉に感動していた。外国人だからといって差別するのはよくない。差別という邪悪な考えを持たせることこそがディープステートの作戦であるのだ。


「皆さんのおかげなんです!皆さんがいるからこの政党があるんです!大変ありがたいことに皆さんのおかげで活動資金もだいぶ集まりました!皆さんの手で日本を救いましょう!!そして今日、勇気を持って告白してくれた朝日さんに皆さん、今一度大きな拍手を!」


 盛大な拍手がおきた。僕は拍手のシャワーを浴びる。酒田さんは僕の手を両手で握り、熱い眼差しを注いでくれた。


「どうかこの勇気を忘れないで、そしてまたここから一歩、我々と共に歩んでいきましょう!」


 僕は酒田さんに先程の席に戻るよう、促されて自席へと戻った。その間にも聴衆達の拍手は鳴り止まない。舞奈さんは拍手をしながら、僕と目が合うと拍手を止め、代わりに手を振り、そしてまた思い出したかのようにして拍手をした。


 集会もおわり、僕は蝉時雨のような拍手の残響を鼓膜に焼き付けながら、講堂から日本家屋へと移動する。置いていた荷物を纏め、少しぼ~っとしていた。

 

 酒田さんは酒造メーカーの3代目だったらしく、風雲児と呼ばれていた実力者のようだ。日本産の葡萄酒、ワインを造り、大成功をおさめた実績があるそうだ。今はその酒造メーカーを4代目に任せて、日本を変えようと政党を立ち上げ、戦っている。


 すごい人だ。酒田さんの演説を思い出していると舞奈さんが声をかけてくれた。


「朝日さん、すっごく格好良かったです!」 


 舞奈さんは仄かに頬を染めていた。


「あ、ありがとうございます……あんなに大勢の前でお話するのは初めてで、緊張したんですけど、なんだか楽しくもあって、その……」


「やっぱり朝日さんに声をかけて良かったです!……それと、あの…もし良かったらこの後もお時間ありますか?」


 モジモジしながら舞奈さんは訊いてきた。僕はそんな舞奈さんに魅とれながら言った。


「時間、あります」


「本当ですか!?」


 僕は頷くと、舞奈さんは嬉しそうにして言った。


「ここへ来る途中、神社があったじゃないですか?」


 頷く僕。


「たぶん今頃縁日をやってると思うんですけど、よかったら一緒に回りませんか?」


 そうだ。今日はデートらしいデートをまだしていない。僕は即答した。


「回りたいです!」


 僕の返事に彼女の顔がパァっと明るくなった。


「早く行きましょっ!?」


 舞奈さんが僕の手を掴んだ。荷物を置いていた部屋から僕らは出ると、廊下を歩いてくる集団を見つけた。先頭を酒田さんが歩いていた。


 集団の中にはどこかで見たことのある人もいる。


 僕と舞奈さんは廊下の端により、彼等が通り過ぎるのをただただ見送ると、先頭にいた酒田さんが振り返り、後ろについていた人達を突き当たりの部屋へ入るように促す。それから僕らの方へやってきた。


「朝日さん、今日は本当にありがとうございました!」


 そう言って、酒田さんは再び僕と握手を交わす。酒田さんは続けて言った。


「朝日さんの工場の件で力になれることがあればいつでも僕に相談しに来てくださいね?」


「はい!」


「告発の際は、違法労働の証拠となる映像や音声なんかがあればベストなんですが……」


「わ、わかりました!」


 酒田さんはニッコリと、それでいて熱い視線を向けてくれた。そして舞奈さんとも目配せをして、集団を案内した突き当たりの部屋へと入っていった。


 舞奈さんは小声で僕に教えてくれた。


「さっきの人達は、この党員の幹部の方達と支援をしてくれた人達です。幹部の方は元衆議院員や元防衛省の人、元自衛官の特殊部隊にいた人等、凄い人達ばかりなんですよ!」


 僕は感心しながら言った。


「元議員の人かぁ…だからどこかで見たことがあるんだ……」


 僕らはこの屋敷から出て、近くの神社へ赴く。舞奈さんとのデートの時間だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る