第3話 意味がない
意味がない、意味がない、意味がない。
全てに意味がない。
僕はそんな悩み事があるにも拘わらず、正に機械的に仕事に取り掛かっていた。心と身体が別々に動いているようだった。そんな機械的に動く僕の身体が、プレス機という機械を操作している。僕の行っている作業は
包丁は食材を切る為にあり、椅子は誰かが座る為にある。僕は何のためにあるのだ?
『見たところお前は、何者にもなれねぇような中途半端な野郎だな……』
そうだよ吾妻さん!僕は誰かを救う英雄でもなければ、人類の役に立つ発見をした偉人にもなれない!かといって、非道を貫く極悪人でもなければ虫けらのようなクズにもなりきれない!
僕は中途半端な人間であり、この機械を操作する交換可能な機械のような人間だ。
それが僕につきまとう漠然とした不安の正体であり、それに気付いた僕は吐き気を慢性的に感じるようになった。
あぁ、気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
僕はプレス機の作業をしながらこのいつも操作するプレス機を眺めた。一回一回ペダルを踏んでプレス機を作動させる。
ガジャンバツン、と音を立てて金属の板が形を変えていく。
オス型とメス型がくっつくその瞬間。
ガジャンバツン
意味のあるモノが生み出せる。
バツン
バツン
バツン
僕は気が付けばプレス機に手を伸ばしていた。
バツン
何かを求めるように、安心を手に入れる為に。
バツン
聞き慣れたいつもの音が聞こえた次の瞬間、
「休憩だよ?」
先輩の加藤さんが声をかけてくれた。加藤さんは50代で大先輩である。
「あ、はい!」
僕は焦ったように返事をして皆から少し遅れて休憩に入った。この場から離れ、後ろを振り返り、止まったプレス機を遠くから少しだけ眺める。僕はそのまま工場をあとにした。
いつものようにスマホをいじって小雪ちゃんの動画を探す。昨日は1日疲労感が抜けなかっただけでなく、動画を見る気力も起きなかった。だから昨日更新されたような小雪ちゃんの動画を漁る目的でスマホをいじりながら駅前のコンビニで昼食を買う為に歩いた。結局小雪ちゃんの新しい動画等は発見することができず、気が付けばコンビニに到着していた。
駅前では何やら演説をしている人がいた。
「外国人を優遇してどうするんですか!?先ずは私達日本人が、安全で住みやすい暮らしを手にしてからでしょう!?」
そうだそうだ、と演説を聞いている民衆が賛同している。
「朝鮮学校に多額の補助金をまいて何を考えている!?その学校では反日教育が行われてるんです!我々の税金で敵を作ってどうするんですか!?そのお金で、生活に困窮する日本人を救うのが国として、いや、同じ日本人として当然のことじゃないですか!?なぜそれができない!?当然のことをしようじゃないですか!?」
汗を流しながら演説をしている人の周りで、昇り旗が風に煽られ、音を立てていた。その旗には『立ち上がれ日本の党』と記されている。
僕はチラリとその演説を聞き、コンビニへと入った。
冷房のきいたコンビニで肌を冷やし、僕はいつものお弁当を買おうとした。しかし、いつもの値段よりも少しだけ値上がりしていることに気が付いた。
「スー……」
手を伸ばした手前、何も掴まず引き戻すのが何となく恥ずかしくなり、一応いつも購入している焼き肉弁当を手に取った。値段が上がり、何故だか手にした時の重みも軽く感じた。
最近コンビニに行くと思うのは、値上げだけでなく、こういった内容量を減らすことをしてくる。この前だってお気に入りの炭酸飲料を買ったら500mlではなく450mlだったし、具沢山カレーカップヌードルが濃厚カップヌードルっていう名前に代わっていて、食べようとしたら具材が減っていることもあった。
僕は手にしたお弁当を置いて、いつもは買わない違うお弁当を持ってレジに並んだ。見慣れない外国人の店員さんにバーコードを読み取って貰って僕はお会計を済ませた。
レジ袋はお金がかかるからお弁当を直に持って、工場に戻ろうとしたがやはり小雪ちゃんの動画を見たい。適当に動画投稿サイトに上がっている椎名町45のミュージックビデオをタップしてイヤホンを両耳につけた。
いつものイントロが流れだし、いざ工場に向かって歩き出そうとすると、僕は違和感を覚える。今まで聴いていた筈の椎名町45の曲が聞き苦しくて堪らなかったのだ。シャカシャカと刺すような高音に、椎名町のメンバー達の甲高い声が僕を苛立たせる。僕はその場に立ち止まり、イヤホンを取り外した。そしてしばらく立ち尽くしていたんだと思う。
それを見ていたのか、女性が声をかけてきた。
「あのー、すみません……」
僕は声をかけてくれた女性と目を合わせた。
「は、はい…なんですか?」
女性は僕を見つめた。
とても綺麗で小雪ちゃんとは違った雰囲気の女性だった。女性は言った。
「あ、あの、演説を聴いていましたよね?」
僕はこんな綺麗な女性に声をかけられ胸を高鳴らせていたと同時に緊張した。何故ならこのコミュニケーションを上手く取らなければ、この女性との関係が切れてしまうかもしれないからだ。
「あ、ああ、まぁ……」
「今お仕事の休憩中ですよね?もし宜しかったらお仕事が終わった後、会えませんか?」
会えませんか?今まで女性にそんな言葉を投げ掛けられたこと等なかった。僕は戸惑いながらも了承する。
「え?あ、い、良いですよ……」
元々明るいその女性の顔がパッと更に明るくなり僕にとっては眩しすぎる笑顔を向けてきた。
「ありがとうございます!じゃ、じゃあ連絡先交換できますか?」
連絡先を交換した僕は夢心地で工場へ戻った。
この前の吾妻さんの出来事といい、今日の出来事といいまるで夢のようだった。僕にもとうとう春が来たのだ。
工場に戻ると、デルマン君の他にも2人程、新しい外国人の従業員が働いていることに気が付いた。だがそんなことはどうでも良い。僕は今、吐き気を感じないし、満たされているのだから。
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