第9話 最速の幹部を連れてきたよ、魔王ちゃん


「なぁ、タクト。これ演技なんじゃよな?」

「演技と言ってる」

「下を見ると怖いんじゃが。ワシ高所恐怖症なんじゃが」


俺は今ゴクアークをラスダの村で一番背が高いと言われている建物の上に吊るしていた。


「お前をここから吊るしていればフェルンのやつは助けにやってくるだろ?ノコノコやって来たとこを俺が捕獲する。それまでの辛抱だ。待っていればすぐ終わるさ」


俺はそれからレイナとフローラに目をやった。


「ふたりは今から村の中で噂を流してくれ『夜になるとゴクアークをここから落として処刑する』ってさ」


コクン。


ふたりは頷くと村の方に向かっていった。


「あんのー、タクト。本当に落としたりしないよな?」

「仮に落ちても別に死にはしないだろ?だから最悪落とすよ」


俺は笑顔で答えた。


昼、夕方と時間が流れていったが、フェルンという奴は現れなかった。


夜以外は来ないのは分かっていたからなんの問題もないけど。


夜になっても来ない。


「落とすか」

「まじで?」

「俺が嘘ついたことあったかな。答えはそれで分かるだろ?」


近くにあった剣を手に取った、その時だった。


シュバッ!


右の建物から物陰からこっちに向かってくるのが見えた。


俺に攻撃しようとしていたので避けた。


反撃は、出来そうにない。


(たしかに速い、天界で鍛えた俺と同等の速度、いや。それより速いか)


俺の体を追い越してやっとそいつは止まった。


そして、俺を振り返った。


子供だった。


身長120センチ前後の小さな子供。

褐色の肌で銀髪、盗賊のようなマントを装備した姿だった。


「人間、その剣を下ろせ、ゴクアーク様は殺させない」


「お前がフェルンか?」


「そうだ。ゴクアーク様を解放しろ」


ドスを効かせた声でナイフを俺に向けてくる。


「それはお前の態度次第だな、フェルン」


「じゃあいいや。今から君を倒してゴクアーク様を助けるから」


「それは開戦の合図、ということでいいか?」


子供をなんの言葉もなしにいきなり殴るなんてことはいくら俺でも少し気が引ける。


「最後の質問だ。殴られる準備は出来ているか?」

「私には、触れない!」


シュン!


あまりの速さに消えたように見えた。


俺は右手を指パッチンの形にしながら、上に掲げて、魔法の名前をつぶやく。


「ヘブンズ……」


次の瞬間、俺の目の前にフェルンが出現していた。


「なんの真似?なにしてもあなた如きでは、私の速度には追いつけないっ!」


俺はフェルンを見ろしながら続きの言葉を放った。


「フィールド」


同時に指を弾いた。


その瞬間、時の流れが極めて遅くなった。


「おや?」


ノロノロ。


なんとかナイフを動かそうとしているフェルン。


「驚いたな、この空間で動けるなんて、ヘブンズフィールドは使用者以外の時を極めて遅くする魔法なのに、さすが魔王軍最速、と言ったところか」


ゆっくりと口を開くフェルン。


「体が動かない……」


それ以上の言葉を聞くつもりは無い。


俺はフェルンの前に立つと右手を握った。


「殴る前にひとつ聞いてやろう。フェルン」


「な、なに?」


「なぜ魔王ちゃんの会議に参加しなかった?俺はお前が欠席したことにブチギレているぞ」


「へ?」


キョトンとしたフェルン。


(ん?なんだ、その反応は)


本当に戸惑っているようなフェルン。


今までに見たことがない反応だったので俺も少し困惑した。


「魔王様の会議なら参加しなくていいって聞いたよ。だから参加しなかったんだけど、ダメだったの?」


「その話は誰から聞いた?」


「オッサム・ハゲルンデス」


ふむ。

事情は分かったが、少しばかり教育はしたほうがいいか。



ガチャッ。


会議室に戻ってきた。


「おぉ、よくぞお戻りで、ゴクアーク様!」


ガタッ。


オッサムは立ち上がって俺たちの方に歩いてきた。


「人間たちにたいへんな目には合わされませんでしたか?ゴクアーク様」


オッサムがゴクアークの身を案じていたのだが。


俺はオッサムの肩に手を置いてやった。


「人の身を心配するより、自分の身を心配した方がいいぞ?」


「ひっ!タクト様?!まさかまた私めに暴力を?!」

「今回は俺じゃない」


オッサムがゴクアークの顔に目をやった。


「ゴクアーク様?どうして、そんなに笑顔なのでしょう?」

「いろいろあってのう。オッサムよ。お前とも色々あったのぅ。今日はたいへんな目にあったよ、誰かさんのせいで」


俺はそれ以上のやり取りを聞くことも無く魔王ちゃんの傍に向かった。


定位置に着くとフェルンが魔王ちゃんの前までやってきた。


「ごめんなさい!魔王様!大切な会議に遅れちゃって!」


ぺこっ!


必死に頭を下げるフェルン。


そんなフェルンに対して笑顔を浮かべる魔王ちゃん。


「いいのですよ、フェルンさん、ミスは誰にでもあることです。それに、なにか事情があったのでしょう?」


フェルンはこれまでの事を話し出した。


話を聞いたあと魔王ちゃんが質問した。


「それで、今【聖剣】はどこにあるのですか?」

「今はラスダの村の友達に預かってもらってます。後で取りに行こうと思ってて」

「人間さんの友達?」

「はい!」

「では、ケーキを渡しに行くついでにその剣はそのまま人間さん達にお返ししましょう」


こうしてケーキを配る段階までこぎ着けた俺たち。


俺は魔王ちゃんに目をやった。


「魔王ちゃん、今日はもう会議はお開きにしようか。もう時間だからね」

「うん、兄様!」


俺は魔王ちゃんといっしょに会議室を出ることにした。


出る間際に壁に寄りかかっている、ボロボロのオッサムの姿が見えた。


なにがあったのかはすぐに分かるような状況だったが、結局のところ自業自得なんだよネ。


俺は出ていく直前に久しぶりにホワイトボードの数字を更新した。



現在、会議参加者

5(+死体1、+部外者2)/13(+2)


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