第9話 カカポ

 何が何やらわからないな。


 僕は電気屋さんでスマホを眺めながらそんなことを思っていた。


 おそらくうちの学校で持ってないのは僕くらいじゃないだろうか。


 学校、自宅、学校、図書館、自宅と繰り返してきた僕には必要なんてなかった。


 でもそんな僕にも彼女が出来た。


 四六時中でも一緒に会話出来るならしたいから、なんて不純な動機で持つものじゃないとは思うのだけど、欲しいものは欲しい。


 でも今年は双眼鏡を買ってしまった。

 

 だから僕の財政的にはかなり厳しい。しかも課金しないと手に入れられないものもあると聞く。手に出来ないと思って諦めていた僕が、彼女が出来てしまった事を思うと勘違いで破産しそうな不安もある。



「欲しいの?」


「ん? ん〜あはは…」



 ユイちゃんにそう言われても笑って誤魔化すことしかできない。


 うちは兄が私立に行ったから僕は塾すら行けなかった。弟もいたし。それに対して別に腹を立てるつもりはないし不満なんて思わなかった。


 父さんが一度事業に失敗したから母さんも大変なのはわかってるし、僕はそれでも幸せだし、そこを責めるつもりはない。


 兄さんは昔から僕と違って身体を動かすことが好きだった。高校を卒業してすぐに就職して家を出て行ったから余裕が少しはあるみたいだけど、長年の習慣から遠慮の方が先にくる。


 やっぱり成人してからかな。



「ね、しーくん、あのパソコンは使えないの?」


「ああ、そっか…死ぬほど遅いけど」



 一応兄さんの置き土産の古いデスクトップは僕の部屋にある。母さんに言えばもしかしたら新しいパソコン…は無理だとしてもグラボ…マザーボードとCPUくらいは買ってもいいって言ってくれるかもしれない。


 いや、どうかな。


 進学の費用も気にするなと言われてたけど、気にはしてしまう。何でも銀行の銀行が金利を引き上げたらしく、奨学金の額が変わるらしい。



「じゃあ、お手紙とか…どうかな…?」


「あ、そうだね。うん、嬉しい」


「しーくん昔、字、褒められてたよね」


「そういえば…」



 たしか小学生の頃、担任の先生に褒められたことはあった。まあ、字が上手いんじゃ無くて、四角の中に文字を配置するのが好きなだけだったんだけどね。


 だから別に作者の気持ちなんて全然わからなかったよ。今もやっぱり読み解くのは苦手なんだ。



「でもよく覚えてたね」


「い、いつも見てたから…えへへへ…」


「そ、そっか」



 ヤバい。また照れてしまう。



「ふふ、しーくんの好きなとこ、いっぱい書くね」



 ユイちゃんはそう言って昔みたいに笑った。





 ある日のこと、他クラスとの合同での体育の授業があった。修のクラスと同じだった。


 木陰で休んでいると、走り終わった修が息を整えながら向かってきていた。



「な、澤村とどこまでいった?」


「…修…。そういうことは言わないものじゃない?」



 僕はそう言って修を嗜めた。多分こういうところが自分の面白みの無さだったり空気の読め無さなのかもしれないけれど、誰だって彼女とのことは内緒にしたいと思わないのかな。



「自慢するのが普通だろ。澤村なんだかんだで一番可愛いし」


「それには同意するけど、今となっては何となく複雑だね…」


「そうか? 言わなきゃバレないんだし、ちょっとくらいいいだろ? 教えてくれよ。あっ! あれか椎名、俺のことはもう用済みってことか!」


「ち、違うけど、というかそんな言い方しないでよ」


「ま、なんとなくわかるけどな」


「そ、そうなの?」


「…ばーか、あの順位だよ。みんな噂してんぜ? まあスマホだから椎名には関係ないけどさ。ははっ、でも悪いな、一位譲ってもらって」


「それは修の頑張りでしょ。おめでとう」


「お前ほんと嫌味通じないよな」


「今の嫌味だったの?」


「はぁ、まあいいや。俺も堕とすように頑張りますかね」


「上げるでしょ。それこそ嫌味なんじゃないかな?」


「悪ぃ悪ぃ。ははは」



 そう言って修は目を細めて笑った。


  

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