第7話 カワラバト

 次の日から、僕らはお昼休みを野鳥研究会の部室で過ごすことになった。


 ユイちゃんと付き合ったことがクラスに知れ渡っていたんだ。


 どうやら彼女が女子に広めたみたいで、ニヤニヤとした視線や舌打ちするような態度のクラスメイトを前に、アガリ症な僕は震えた。


 そんな僕の手をユイちゃんは取り、逃げてくれた。昨日も思ったけど、彼女は小さな頃と違って自信に溢れていて、僕は情け無い気持ちになった。



「ど、どう?」


「…」



 しかもユイちゃんはいつも学食かコンビニの僕を気遣ってお弁当を作ってきてくれていた。


 偶然にも、僕の好きなものばかりが詰まっていた。



「…美味しくない…かな?」


「す、すごく美味しいよ!」


「っ、はぁぁぁぁ…良かったぁ。ふふ。わたしも食ーべよっと〜」


「……」



 また僕は嘘を重ねてしまった。


 美味しい、と思う。でもまだ二人きりだと緊張して味がわからない。しかもあれだけユイちゃんで致してしまった。その罪悪感がのしかかっていた。



「ああ、でも残念だなぁ」


「仕方ないよ…」



 歯磨きをしてから部室に戻って椅子に掛けた時、ユイちゃんは本当に残念そうに呟いた。


 放課後一緒に帰ろうと頑張って僕から誘ったんだけど、放課後委員会の集まりがあるらしく、すごく残念そうに謝ってきた。


 昨日も一緒には帰ったけど、頭が真っ白でよく覚えていなかったし、付き合ってからする行為や順序や期間なんてよく知らないけど、あまりにも急過ぎると思ったんだ。


 でもユイちゃんは「だって実質14年熟成だし…遅いくらいだと思う」なんて言っていたからそうなのかなとも思ったけど、僕は名目7年だったから何も言い返せなかった。



「じゃあ今日しーくんのお家、行っていい…? お兄さんもう家にいないって言ってたよね」


「…う、うん」



 確かに僕の兄はすぐに就職して家を出て行った。だから今は弟との同部屋から脱却し、一人部屋へと進化していた。



「やた…! じゃあ放課後委員会終わったら連絡す………あ! じゃ、じゃあ駅で待ち合わせしよっ? 初めての待ち合わせだね」


「あ、ああ、うん、わかった」



 スマホのない僕に気づいてそう言い換えてくれたのだろう。優しいな。でも初めてじゃないけど…やっぱり、昔のこと…いや、付き合って初めてって意味かな。



「じゃ〜あ〜、ちょっとだけ、しーしーしよっ?」


「え? あっ!」



 いつの間にか、テーブルの下にユイちゃんは潜り込んでいて、ミカンを啄むメジロのように唇を僕の僕に当ててきた。



「あれ…? んー? すんすん、ん〜? もしかして昨日帰ってから…お漏らししちゃった?」


「お漏らしっ!? いや!? そんなのしてな痛っ……!」



 噛まれた?? なんで??



「勝手にはダメだからね。わ、ひよこみたい。可愛いー。グルーひんふ」


「ああっ!? 丸ごと!? こんなとこ、でっ、ぁぁあああ!!」


「んぽ。えへへ、ユイが大事に立派に育ててあげるね」



 そう言って、まるでアイスキャンディーでも舐めるみたいにして、しながらも鼻息を荒げていた。


 まるで火で炙られた飴玉みたいに蕩けてしまう。


 そして首が別物みたいに動き出した。


 ハトの首振り歩き採食法──歩きながら頭を静止させてよく見て食べものを探し、見つけたらばパクッと食べる。それを連続して行うと首を振って歩いているように見える──みたいにしながら僕の瞳を時折見抜いてきた。


 正直その顔は可愛くはないし、捕食されている気分になるけれど、愛おしい気持ちでいっぱいになって、思わず彼女の頭を撫でた。


 するとユイちゃんはニヘラと笑ってから勢いを増し、僕は声無き声をあげた。


 そうしてすぐに果てた僕に、成果を誇るみたいにして嬉しそうに口を開けたユイちゃん。それをゆっくりと飲み干し、後始末のお掃除をまたし出した。


 僕には何がなんだかわからないけど、後で聞けばスマホで調べれば彼女の当たり前の作法だと言われた。


 ユイちゃんはこっちでも勉強家みたいで、すぐに硬さを取り戻した僕のスパルタ教師だった。


 僕には五限六限を捨てる覚悟だけしか出来なかった。


 何はともあれ、スマホってすごい。


 天国しか載ってないんじゃないだろうか。





 放課後、僕は本屋さんに寄って時間を潰してから駅に向かった。改札でしばらく待っていたら修が駅舎に入ってきた。



「あれ? 修じゃないか…」



 そういえば、彼にはユイちゃんとのことをまだ言ってなかった。なんて言えば良いのかもわからなかったのもあるし、目まぐるしい展開に疲れていたのもあったし、クラスの雰囲気に参っていたのもあった。


 直接お礼をまだしてなかったからちょうど良かったけど、今日は早く帰るって言ってなかったっけ。


「あ…」


 よく見ると、修の後ろに俯きながらトボトボ歩くユイちゃんがいた。

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