第5話 タチヨタカ
瞼を開けると、すぐそこに彼女はいて、その大きな瞳には涙が滲んでいた。
「ッ…」
逃げ出したい。
でもやらなきゃいけない。
よく見れば、まるであの愛犬の、あの飼犬を亡くした時みたいな顔で、泣いていた時みたいだった。
僕はすぐに起き上がろうと思った。例え原因が僕でも、彼女の涙を拭いたいと思った。
「っご、ごごめん、僕が、変なこと言って! 泣かせて! 僕はそんなつもりじゃなくって!」
「……え?」
「全部無かったことにして…欲しい…です…巻き込んごめん…ハンカチ、あるから」
そう言って立ち上がろうと、彼女の肩を押して身体を起こそうとした時だった。
逆に肩を押さえつけられた。
「うっ!? …え、な、何を…?」
「ち、違うの! わたしもだから…!」
「…?」
そして彼女は、涙を湛えながら小さくはにかんだ。幼い頃に見たきりの懐かしい笑顔だった。
「わたしも昔から…しーくんのこと…好き…なんです」
「しーくんって……」
僕の昔のあだ名だ。親友の修も知らない、幼馴染の彼女が呼んでくれていた二人だけの名前だ。
「嬉しい…嬉しいよぉ……ひっ、く、ひっく、ぐすっ…えへ、えへへ…やっと、ぐすっ、やっと言ってくれた、やっと叶って、嬉しくて泣いちゃった……」
「……信じられない」
「ユイと、お、お付き合い、ぐす、ひっく、して、くれますか?」
これは夢なんじゃ、…ないだろうか。荷物を運ばせ下着を見て打っ倒れて巻き込んで…いや、夢でもいいじゃないか。
「は、はい。よ、よろしく、お願い、申し上げま──んむッ?!」
そして突然僕はキスをされた。
もちろんファーストキスだ。
あれ!? これ夢じゃないッ!?
「んちゅ、ちゅむ、んむ、ん、んちゅ…んはぁ。はぁっ、はぁっ、し、しーくんと、ちゅ、ちゅっ、ずっと、はぁっ、はぁっ、はぁっ、こうしたかったのッ…!」
「はぁっ、はぁっ、ユ、ユイちゃんいきなり何を──」
「しーくん、はぁ、はぁ、もう、いい、よね、はむ、れろ、れろっ、んれろ、んっ、ん」
ユイちゃんはそう言ってカラカラに乾いていた僕の口内に侵入してきた。
「んんっ?!」
下着もそうだったけど、この強烈な刺激に僕は目が眩みそうで、失神しそうになった。
すぐに熱いユイちゃんと冷たい僕の体温の境界線がわからなくなるように口から温度が混ざって広がっていった。意識も遠のきそうで、真っ白になりそうだった。
息の仕方がわからないことに遅れて気付いた。
「ん、はむ……、ん……ちゅる、れる、ちゅっ、ちゅぱっ、んっんっ、んんんっ』
彼女の舌は僕の舌先や歯茎や舌の付け根やらにぞりゅぞりゅとうねりながら猛り狂い、僕の舌を弄ぶかのようで、今まで見てきた穏和な彼女とは全然違った別の生き物みたいで少し怖かった。
僕はオウムのように真似っこで舌を返すだけで精一杯だった。
どれくらいそうしていたかわからないけど、一旦離れて彼女は目を細めてぼんやりと涙交じりの僕の瞳を見た。
そして頬を膨らませていたずらっぽく笑った。
「えへへ…んんーん……」
「ンぶぅぅッ?!」
次の瞬間、彼女によって潤いを取り戻した僕の口内が、突然の洪水に襲われた。どうやら大量の唾液を送り込まれたみたいだ。
「んぐっ!? んっく!?」
その量は大量で、でも不思議と嫌な気はしなくて、僕は溺れてしまいそうで、どうすればいいのかわからなくて、目を瞑りながら咄嗟に彼女の華奢な肩を強く掴んだ。
と思ったらめちゃくちゃ柔らかかった。
おっぱいだった。
失敗だった。
「ンン"ッ!? ぷはっ! はぁっ、はぁ…ふふ」
「ぼっ、ぼめっ、ぼめん」
「…ううん、しーくんも男の子だもんね。ちょっと待っててね…えへへ…」
彼女はそう言って体を起こし、僕の緊張して強張った両手を優しく掴んで腰に回し、制服のブラウスに手をかけた。
ボタンをゆっくりと外す仕草に僕は目を奪われた。その様子を彼女はまるでタチヨタカみたいな瞳で僕を見ていた。
その露わになっていくキメ細かい素肌の様子に、大量の彼女の唾液を忘れたまま、ゴクリと生唾を飲み込もうとして、僕は盛大にせき込んだ。
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