第4話 セキセイインコ
カイン、カインと硬式野球部が茜空に打ち放つ音が大きく聞こえる。
いや、嘘だ。
僕の心臓の放つ音がすごくて聞こえない。耳鳴りがする。顔が熱い。涙が滲む。
先程、フラフラの足取りで脚立に登った僕は、資料を受け取って落ちた。
それくらいなら別になんともなかったけれど、彼女を巻き込んでしまった。
その時咄嗟に身体を捻ったからか、僕の背には冷たい夕暮れの床が。
僕の上には熱を放つ暖かい彼女の身体があった。
何となく上背投げされた時のような浮遊感を感じて咄嗟に受け身を取ったのが良かったのかもしれない。
「…」
「…」
そしてすぐ目の前には彼女の綺麗で真っ黒で吸い込まれそうな瞳が僕の瞳を心配そうに覗き込んでいた。
辺りには資料がまるで花園に風が吹いて散った花びらのように散らばっていて、未だ何枚かは空を揺蕩っていて、舞い上がった埃と共にそれがいつの間にか差し込んだ春の夕日を乱反射していて、綺羅綺羅と彼女の背景を彩っていた。
それが僕には痛いくらいに儚く感じて、さっきまでのスミレ帽子の罪の色さえ思い出せないくらいの衝動に駆られた。
だから僕は咄嗟に彼女の肩を掴んだ。
舞い落ちる紙が地面に滑る前にと、焦燥を口にした。
「ユユユイちゃんんッッ!!」
「うぇッ!? は、はいぃいッッ!!」
「ここここんな時になんだけど! なんなんだって感じだけどっ!! ぼぼぼーぼッ、ぼーぼぼ僕とっ! つつ付き合ってくれませんか──ッッ!!」
「ひぅッッ!!?」
「…………あれ…?」
今僕は何を言った?
頭真っ白になって、どうした?
いや、何を…言った? 言ってしまった?
「…」
「…」
ああ、僕は告白してしまったんだ。
やってしまったんだ。
達成感なんてなく、後悔しかない。
僕は沈黙に耐えられなくなり、横を向いて目を閉じた。
辺りには、遅れて音が聞こえてきた。
それはさっき聞こえた籠ったような金属音だった。
グラウンドで反響していて、多分この音を聴くだけで大人になってもこの日のことを思い出してしまうんじゃないかって音が聞こえた。
そして遅れて床が僕の右耳の熱を奪っていくような冷たさを覚えた。
このまま背中がくっついてしまうんじゃないかってくらい芯まで凍えてくる。
思いの丈を全て吐き出したせいなのか、はたまた取り返しのつかないことをしでかしてしまったせいなのか、心臓は痛いほど冷たく縮んで音を失くしてしまった。
くるくる、くるくる脳が揺れる。
ぐるぐる、ぐるぐる鳥が空を旋回していた。あれは何の鳥だろうか。
「…」
「…」
資料室に無言が続く。
怖い。胃が痛くなってきた。
すぐに起きて謝罪を口にしないといけないというのに、僕は目を硬く閉ざしたままで、身体が言うことを聞かなくて、口の中の水分が急速に干上がっていくみたいに乾いて、声の出し方すら忘れてしまった。
僕は告白した。
しかも巻き込んでごめんの前に、下着を見た罪の告白の前に、いや、罪だとしたくなかったのかもしれない。OKなんてもらえるかもわからないのに、そんな打算的なことを考えてしまったのかもしれない。いやそれとこれとは違うことだとわかってるのに。
あるいはただただ格好の悪いところを誤魔化したかっただけなのかもしれない。
いや、これは全て幻じゃないだろうか。落ちて脳を揺らしたからこそ見せる──
「しーっ、しーっ、しー…」
するとよくわからない小さな小鳥の囀りが耳に聞こえてきた。それとともにポタリ、僕の頬に暖かい雨が一雫落ちてきた。
灰色に変わった世界に、強張りを解く一つの色が落ちてきた。
ああ、僕はやっぱりやってしまっていたようだ。
あのコンビニの時のように、精一杯謝ろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます